Yondaful Days!

好きな本や映画・音楽についての感想を綴ったブログです。

どんなに離れていても愛することはできる~深田晃司監督『LOVE LIFE』

深田晃司監督は、『よこがお』を結局観に行けなかったのが心残りだったので、今回、他の映画と迷った挙句、上映時間や劇場*1も吟味して観に行くことに。


敬太君

この映画で「序盤に起きる出来事」の破壊力は本当に凄まじい。
公式HPのあらすじで書かれている「悲しい出来事」のことだ。

妙子(木村文乃)が暮らす部屋からは、集合住宅の中央にある広場が⼀望できる。向かいの棟には、再婚した夫・⼆郎(永山絢斗)の両親が住んでいる。小さな問題を抱えつつも、愛する夫と愛する息子・敬太とのかけがえのない幸せな日々。しかし、結婚して1年が経とうとするある日、夫婦を悲しい出来事が襲う。哀しみに打ち沈む妙⼦の前に⼀⼈の男が現れる。失踪した前の夫であり敬太の父親でもあるパク(砂田アトム)だった。再会を機に、ろう者であるパクの身の周りの世話をするようになる妙子。
一方、⼆郎は以前付き合っていた山崎(山崎紘菜)と会っていた。哀しみの先で、妙⼦はどんな「愛」を選択するのか、どんな「人生」を選択するのか……。
映画「LOVE LIFE」公式サイト


自分は、上に書かれているようなあらすじはほとんど知らずに観たが、直前に「週刊文春cinema」の記事を見て、「悲しい出来事」、つまり、敬太君が亡くなることを知ってしまった。


ところが、それを知っていて観ても大変に衝撃を受けた。

ちょうど、先日に起きた実際の事件*2と重なるため、敬太君がキックボードを乗っているのを見て、遠くに行ったらダメだよ。車には気を付けなきゃダメだよ。と、事故に繋がりそうなポイントを警戒して観ている。

しかし、悲劇は突然。

映画だったら、サインがあるだろう、伏線があるだろう、と思っていたが、本当に突然に敬太君が亡くなってしまう。このシーンには、あたふたしてしまった。その後、妙子が、お風呂の水を抜き忘れた自身を責めるが、振り返って「あのとき、こうしていれば、ああしていれば」という後悔が次々と出てきてしまうのは誰だってそうだろう。

先程も触れた、実際の事件をニュースで見た際も、同様に後悔を繰り返すだろうご両親の気持ちが想像できて、やるせない気持ちになった。


話を映画に戻すが、現実ではなく映画なのだから、敬太君の事故死の次のカットはお葬式のシーンでもいいはずなのだ。
それなのに、カメラは淡々と、このあとの警察での事情聴取、検視結果の報告、そして、遺体をどうするかの一悶着で起きる地獄を映す。
さらには、部屋に戻り、夫婦で、なかばボーっとなりながら写真を選ぶ流れまで見せてから、やっとお葬式に。
この一連の場面は本当に辛い。本当に辛いだけに、このあとの映画の内容のメインが敬太君の話ではなく、妙子と二郎それぞれの話にシフトしてしまうのは敬太君に申し訳ないような気持にもなる。が、時間は流れていくもの。そこにとどまることはできないのだから、これもまた正しいのだと思う。


その後の、パク・シンジの葬式での振る舞い、フェリー乗り場でのメッセージは、敬太君に関すること。リビングに置いたオセロ盤はそのままにしてある。妙子の中では敬太君は生き続けている。

「どんなに離れていても、愛することはできる」という「LOVE LIFE」の歌詞に重ねた部分がそこにあるのだろう。

パク・シンジ

そして、パク・シンジ。
葬式に黄色い服で来る非常識人。ひげも剃っておらず、何も言わずに平手打ちをする妙子の元夫。
自分の場合は、「敬太君の死」以外の情報は知らなかったので、この展開に驚いた。
だけでなく、映画の中で妙子への思い入れが強くなっている一観客としては、彼女との釣り合わなさに怒りを感じた。*3


序盤で、妙子と敬太君が手話で話をするシーンがあったので、彼がろう者であることは分かったが、さらに彼が韓国の人(実際には日本人と韓国人のハーフ*4)であることが明かされる。


そして、妙子の勤務先の福祉課に生活保護申請に来るパク。

ろう者、外国籍、ホームレス、さらに、映画を観ているだけだとピンと来なかったが、パクの使う手話は日本手話ではなく韓国手話、ということで、彼にはありとあらゆる「配慮」が必要。
公園に暮らす彼に会いに行った妙子は(パクが突然消えたことを)本当に怒っているが、それを見ていると、パクに対する怒りは減っていく。
劇中で映し出される、妙子の路上生活者への支援を見ていて、自分の中にも支援する側の気持ちになっていっているのかもしれない。
そして猫関連のエピソードを見て、「こいつは駄目な小心者だけど、根はやさしいヤツ」という判断にいったんは落ち着く。猫重要。

二郎

二郎のことは信用していなかった。イケメンは信用できない。*5
話が進み、地震のときに元カノと一緒にいるシーンで、何だよ、と思ってしまった。
このシーンで、一見他人に見えた元カノ・山崎さんが、敬太君の死に深く傷ついていることを知り、それなら慰め役として二郎が適任なのか、と思いつつも、ならキスするなよ、と。


そんな二郎が。パクに向けて背中越しに語るシーンで、やっと、二郎の悩みを知り、パクに対しても優しい気持ちで向き合える彼の良さを知る。(聞こえないパクは猫と戯れている。)

妙子

フェリー乗り場までパクを車に乗せて送るシーン。突然、妙子が「彼を見捨てられない」という。二郎を見直した後の流れだったので、何故そこで二郎を選ばずパクについて行くのか、と暗い気持ちになる。


2人で韓国に渡ってからの場面を見て、妙子は韓国語も喋れることが視聴者に知らされる。やっぱりこの人はすごい、と思ったタイミングで、パクの嘘(父親が危篤という嘘)が明かされる。この「裏切り」でまたも、パクを許せない気持ちになるが、元妻の結婚式で、前妻に叩かれるパクと、前妻との間の子の幸せな様子を見て複雑な気持ちに。観客と同様に呆然とする妙子の雨の中でのダンスのシーンは、ポスターに使われるほど名場面の一つだろう。


ラストシーンで妙子は、二郎に「目を見て話そう」という話をする。
手話は、お互いに向き合っていなければ話せない。風呂場で鏡越しに会話をするパクと妙子のシーンでもそれがよくわかる。
二郎はそれが出来なかった。が、パクとの出会い、また山崎からの指摘を受けて「人と視線を合わせない」という自らの短所を知り、妙子と向き合って話せるようになるのだろう。人は少しずつなら変わっていける。

LOVE LIFE

矢野顕子は、『ひとつだけ』というベストアルバムが好きすぎて、他はあまり聴いていない。『SUPER FOLK SONG』や『LOVE LIFE』は聴いていたが、特に『LOVE LIFE』には思い入れが無く、表題曲も「地味」という印象だった。
今回改めて聴いてみると、メロディーラインが独特だけれど、歌詞の内容はフェイバリットの「David」と同主旨。好きになれる曲だった。


CINRAには、深田晃司監督と矢野顕子のインタビューがある。

深田:その曲に続いてはじまる“LOVE LIFE”を聴いて、とても胸に響いたんです。<どんなに離れていても 愛することはできる>という歌詞ではじまりますけど、「私たちは離れている」ということが前提にあるうえで、それでも愛することを選択している。
ある種のJ-POPのポジティブさには鼻白んでいましたが、この曲のポジティブさには胸を打たれました。

(略)

矢野:商品になる恋愛ソングというのは「私はあなたが好き」ということを歌っていて、そこに「命」の話が入ってくると曲が重くなっちゃいますよね。恋愛だけを歌った曲なら、名曲がいっぱいあるのでそちらをお聴きください、と私は思っています。
私の場合は、サビで「生きていてね」と歌う。「自分を愛してほしい」とか「振り向いてほしい」とか、そんなことは関係ないんです。愛する相手が生きていてくれればそれでいい。

(略)

深田:今回の映画は結果的に家族の物語にもなっていますが、家族を描こうとは思っていなくて、その奥にある「個人」を描きたかったんです。個人が自分自身や他人とどう向きあっていくのか。それが映画の根幹になっています。

矢野顕子は「愛」をどう歌ってきた? 映画『LOVE LIFE』深田晃司監督が、その歌から受け取ったもの | CINRA

この辺りは深い。

矢野顕子は「生きていてくれればそれでいい」と言っているけど、歌詞の終わり方は、「永遠を思う時に/あなたの笑顔抱きしめる/かなしみさえよろこびに変わる」としており、「かなしみ」が前提で「永遠を思う」状況、つまり既に亡くなった相手に向けて歌っているようにも聞こえる。

深田晃司監督の言うように、映画は、ラストシーンだけ観ると「家族の再生の物語」とも見えるが、妙子、二郎、パクだけでなく、山崎や二郎の両親まで、それぞれ「個人」の物語でもあったのは確かだ。

敬太君の身に起きた出来事は悲しい。悲しいけれど、それぞれの個人の中で「よろこびに変わる」何かになっているかもしれない。そういった人生の積み重ね、機微を感じさせる映画だった。


深田晃司監督作品は、見損ねた『よこがお』や『淵に立つ』は、早く観ないと!という気持ちになった。実は、木村文乃は『ファブル』のヨウコというかなり特殊な役でしか見たことが無かったが他も見たい。

そして矢野顕子。今年は(同じピアノ系天才シンガーの)中村佳穂のライブに行って、久しぶりに聴かなくちゃという気持ちになっていたので、積極的に聴き直したい。

参考

この映画は、団地の部屋や公園の位置関係が劇中でとても印象的に使われていた。
以下の記事によればロケ地は東京都八王子市の都営長房アパート。
走ってギリギリ行けない距離ではないので、チャレンジしようか…

www.asahi.com

続き

以下のエントリは、事実上、この話の続きです。
pocari.hatenablog.com

*1:小田急線の下北沢駅に直結した映画館「K2」で観たけど、予告編終了時に近くの居酒屋の店主が店の宣伝と映画マナーを説明する映像が流れるのが良かったです

*2:松戸市で小学1年生の女の子が行方不明になり、川で遺体が見つかった事件。

*3:これはルッキズムがものすごく入っている

*4:自分には、まだミックスとかダブルとかいう言葉がしっくりこないので、よく使われるハーフにという言葉を使う。が、書いていて思ったが、それこそ「あまり知らない」ということだろう。勉強したい部分。

*5:これもルッキズム