Yondaful Days!

好きな本や映画・音楽についての感想を綴ったブログです。

ドラマ『silent』、映画『LOVE LIFE』と当事者キャスティング



今年は、アカデミー賞受賞作品の『コーダ あいのうた』が当事者キャスティングで注目されたのと対照的に、ノミネートで話題になった邦画『ドライブ・マイ・カー』では、手話(韓国手話)を使う役を聴者が演じていて悪い意味で話題になり、「当事者キャスティング」が注目される年だったように思う。

そんな中で10月に始まったばかりのドラマ『silent』は、メインの男性とそれをサポートする女性の二人のろう者を、目黒蓮Snow Man)と夏帆が演じる。当事者キャスティングが注目される中で、これはどうなのだろうか、という問題意識もありながらドラマを見始めた。


silent - フジテレビ

1話を見たが、とても面白かった。中途失聴者役の目黒蓮の演技も、感情の起伏が上手に表現されていてとても良い。
一方、風間俊介が演じる手話教室教師が、「聴者は、ろう者や手話に「善性」を押し付ける」と文句を言う場面があるなど、わざわざメタ的に今回のドラマはそういうドラマではない、と宣言している。
自分は、今後、このドラマを見るにあたって、目黒蓮夏帆の芝居に注目するだろうし、一話を見る限り、(少なくとも自分を騙せる程度には)素晴らしい演技を見せてくれると信じている。本当に2話以降が楽しみだ。


しかし、映画『LOVE LIFE』に関する深田晃司監督と砂田アトムさん(パク役)のインタビュー記事を見ると、誰が演じるのかというのは「重い選択」なのだと改めて知る。聴者がろう者を演じて「難役に挑んだ」と評価されていてはだめなのだということを理解した。

深田:もしかしたら、砂田さんではなく、聴者がパクを演じても、ある程度は評価を受ける可能性はあったかもしれません。なぜなら、映画の鑑賞者や評論家、映画賞の審査員などはマジョリティである聴者が中心であり、手話やろう文化についての知見が必ずしも十分ではないからです。そういった偏った評価軸の中で、マイノリティの役を演じた俳優が「難役に挑んだ」と評価され、ときには俳優賞を受賞し、当事者ではない俳優が演じる状況が肯定されるーーということが歴史上ずっと繰り返されてきました。

もし、『LOVE LIFE』にろう者をキャスティングしないままそれなりの成果を残してしまった場合、この映画の存在自体が今後の作品でプロデューサーや監督などに、当事者をキャスティングしないための“言い訳”に使われていくことになるでしょう。

それではいつまでも、マイノリティの人々が実績を積むチャンスは奪われ続けます。だからこそ、当事者をキャスティングするかしないか、それはとても重い選択だと作り手は自覚するべきで、「次回作でやる」ではダメなんです。聴者側がまずは変わっていかなければいけない。この映画が少しでも良い前例になればと願っています。

ろう者の映画出演を“当たり前”に。当事者キャスティングを阻む「経済」の問題、乗り越えるために必要なこと | ハフポスト アートとカルチャー


なお、先述の通り、自分はドラマを楽しく見たが、一点だけ気になる部分があった。
耳が聴こえない⇒話せなくて辛い/手話ができる⇒話ができる、という構造の部分で、果たしてそんなに単純に考えられるのかと疑問に思った。
特に、中途失聴者と、先天的なろう者とでは、手話に対する感覚が違うのではないかと感じた。*1
別記事になるが、東京国際ろう映画祭代表の牧原依里さんが、過去の類似の設定のドラマについて以下のような指摘をしている。

「ろう者」「難聴者」と一言で言っても、生まれつきか中途失聴か、育った環境や手話・読話を習得した年齢、時代背景など様々だ。その多様な実態に目を向けず、ろう者を、聴者によって作り出された画一的なイメージにあてはめようとする描き方もあると、牧原さんは考える。

ろう者がみな手話ができるわけではありません。かつて日本のろう学校では手話が禁止されており、手話を学べる環境にいたかどうかも大きい。

今は人工内耳をつける子どもも多く、高齢者の中には、口話教育が中心だった時代にろう学校に通い、身振りだけでどうにかコミュニケーションをとっていた人たちもいます。

フィクション作品では手話を使うろう者が多いですが、その人の中にある歴史や生い立ち、文化に一貫性がなく、結びついていないような描写がみられます。一方的な『ろう者像』が作られ、それにより誤解が広まっていかないか危惧しています」

(略)
2004年のドラマ『オレンジデイズ』では、主人公の女性は「4年前に病気で中途失聴者になった」という設定だった。牧原さんは、「もちろん個人によりますが、一般的には中途失聴者は声で話せるので、音声でコミュニケーションをとることが多く、ネイティブな手話を使う人はあまりいないため、違和感があった」と振り返る。
「ろう者役には、ろう者の俳優を」はなぜ日本で定着しないのか。『コーダ』が映画界に残した功績 | ハフポスト アートとカルチャー

これも納得の話だ。


ただ、少し調べてみると、『silent』にも当事者キャスティングはあるということで安心した。
公式HPを見ると夏帆の友人役と、風間俊介の同僚(手話教室教師)役のようだ。

10月にフジテレビ系列で始まる川口春奈さん主演のドラマ「silent(サイレント)」には、ろう者の江副悟史さんと那須映里さんが出演する。過去のテレビドラマでは、ろう者役に知名度の高い聴者のタレントを起用することがあったが、ろう者の文化を理解した当事者ならではの演技が期待される。
ろう者俳優に注目、手話交えた舞台や民放ドラマに起用 : 読売新聞オンライン


こういった記事を読むと、先程の、中途失聴者が使う手話についての違和感の話は、今後の話の展開で払拭されるのかもしれない。
なお、先ほどの記事の牧原依里さんは博報堂に勤めており、博報堂のHPで、その人となりについて触れられるページがあった。

Vol.02 牧原依里 | 言おう言おう! マイ オウン ヴォイス


部署での働き方などの詳しい話があり、以下の部分が特に興味深かった。

聴者が使う手話は、聾者が使う日本手話(聾者の間で言語として形成された手話)ではなく、日本語に添った日本語対応手話(日本語の言葉を手の表現に置き換えて伝える手話)です。手の動きなどは似ているので誤解されがちですが、異なる言語の手話なので、どうしても伝達にズレが生じることもあります。ですから複雑なことはそのまま受け取るのではなく、筆談で二重に確認することもあります。場合によっては日本手話ができる手話通訳士に来ていただき、聾者と聴者がより正確にコミュニケーションができるよう配慮されています。
聾者は日本語を、聴者は手話を学ぶなどお互いに努力し、歩み寄る姿勢があることが会社のよいところだと思います。

日本手話と日本語対応手話の話は、以前も何かの本で読んで混乱した覚えがあるが、聴者と聾者がお互いに手話が出来たとしても手話通訳士が必要な場面もあるということに驚く。
牧原さんが監督を務めたという映画『LISTEN』も面白そうだし、自らを表現し、また表現の幅を広げていこうとされている様子に憧れを感じる。聾者、聴者の歩み寄りが行われているという組織の側にも興味が湧いた。


『silent』に戻るが、いい機会なので、ドラマを見て、色々な立場の人の感想を参考にしながら、自分が当事者(もしくはアライ)として、深田監督が言っていた「聴者側がまず変わっていく」をどのように実践できるのかも考えていきたい。


(追記)『silent』最終回まで見ました↓
pocari.hatenablog.com


参考(過去日記)

pocari.hatenablog.com
pocari.hatenablog.com

*1:視力については、中途失明者で状況が大きく異なると聞く。例えば、自分が失明した時を考えると、今から点字をマスターできるようには思えないし、実際に中途失明者で点字を覚える人は少ないと聞く。