Yondaful Days!

好きな本や映画・音楽についての感想を綴ったブログです。

19世紀のスイス、ドイツに思いを馳せる~『図説 アルプスの少女ハイジ 増補改訂版』

読みたくなる本(小説以外)の条件として、自分は以前から「読みやすい・読み通せそう」という点を重視していた。
さらに最近は、歴史(日本史・世界史問わず)に興味関心が高いことから、「歴史・地理について触れている」本は優先度が上がる。
そして何より、タイトルやテーマに魅力を感じる本が良い。
この本は、そのすべてを満たした本。
例えば、メインの1章(『ハイジ』という物語)では、ハイジの話を、当時の本の挿絵を複数種並べながら振り返る。表紙もその一部ということになるが、挿絵に加えて地図や写真も多く、それだけで圧倒的に読みやすく、また、副題にある通り、スイスの歴史を軽く学べる。


あらすじを改めて辿ると、アニメで見たハイジは、1880年発表の原作『ハイジ』にかなり忠実で、クララが立った!まで含めて原作通りのようだ。
ただし、メインキャラクターで言うと、セントバーナード犬のヨーゼフは原作には登場しない点が異なる。
また、ペーターは、原作では無知で鈍重で、「かわいそうな人物」として描かれているという。原作では、ハイジに「神からの使者」的な役割が与えられ、ペーターは「教育され、救済されるべき存在」とするなど、作者シュピーリが都会から田舎を見る視線と宗教的寓話の意図が入って、このようになっているようだ。
なお、別作者(フランス)による続編では、ハイジとペーターは結婚して多くの子に恵まれているというので、時代や国によって捉え方が異なるのかもしれない。

地理と歴史

驚いたのは、クララのいる街はスイスではなく、ドイツのフランクフルトであるということ。
ハイジのいた「アルムの山」はスイス東部のマイエンフェルト。オーストリアリヒテンシュタインとの国境近くにあってドイツには接しておらず、結構離れている。(ともにライン川の近くにはあるが)
この遠距離をハイジが移動できたのは、スイスを代表する交通機関である鉄道があったから。スイスの鉄道は1847年に開通、マイエンフェルトに鉄道が通ったのは1858年。日本の鉄道が今年150周年で、1872年に新橋~横浜間が開通。その差は14年とはいえ、明治維新による変化が急激だったということがうかがえる。(『ハイジ』は1880年に発表。)


また、おんじは若い頃にナポリに兵隊として行って戦争を経験している。産業革命で精密機械工業がさかんになり、また、観光が有名になるまでのスイスは、大した産業もない貧しい山国。男女ともに外国に出稼ぎで行く中で、スイスは各国に傭兵を送り出す国として有名だったという。
フランス革命のときには、1792年、ルイ16世を警護していた950人のスイス傭兵たちが、民主主義を求めるフランス人たちに殺される構図があった。
そもそも、おじいさんにハイジを預けたデーテ*1も、フランクフルトに出稼ぎに出て、そこで、大金持ちのお嬢さんの遊び相手を探してほしいと頼まれたことが、ハイジが山を下りるきっかけだ。

話はフランクフルトに戻るが、ハイジ発表の1880年当時はドイツも激動。鉄血宰相ビスマルクの全盛期。1870年から始まった普仏戦争に勝利し1871年ドイツ帝国が誕生した直後となる。その後、急成長したドイツ帝国が、第一次世界大戦に大きく関わることになるのだから激動の時代だ。

ハイジとアニメ、日本

ハイジと言えば1974年の『アルプスの少女ハイジ』だが、イタリア、フランス、スペイン、ドイツで特に人気を博し、日本のアニメ作品だと知らずに観ていた人が多いという。ただし、スイスでは作品の描かれ方に違和感があるということで、これまでテレビ放映がされたことはないとのこと。ただし、マイエンフェルトでは多くの外国人観光客向けのサービスがあるという。


一方、日本ではアニメ以前にも古くは1902年から翻訳本の出版があり、戦後は児童文学としてブームになり、色んな挿絵のバージョンで出版されたようだ。面白いのは戦前は少女雑誌の媒体で、「エス」(少女同志の恋愛または恋愛に近い情熱的な友情を意味する)の文化として作品が受け入れられたということ。つまり、ハイジとクララの二人の関係が中心にある物語という受け止め方だ。


なお、増補改訂版には、2019年7月からスイスの博物館で開かれた『スイスのハイジ展』に関する情報の記載があるが、このときの座談会の様子も収められているのが良い。高畑勲宮崎駿とともにアニメ制作時にスイスでのロケハンに同行した小田部洋一、中島順三の二人と高畑かよ子(高畑勲の妻)の3人による鼎談だが、約50年前の話だが最近のことのように話していて不思議な気持ちになる。


少し駆け足になったが、こういう風にして、知っている作品と同時期の世界の歴史がどうなっていたのかを探るのも面白いと思った。
特に、19世紀のスイスとドイツ(激動の時代)について、もっと知りたいと思わせる本だったと思ったら、同レーベルの「ふくろうの本」シリーズでは、オーストリア、スイス、ドイツ、フランスの歴史が「図説」で紹介されている。また、アメリカ児童文学など、この本と同主旨の本も!これは読みたい。

*1:母方のおばさん。ハイジは両親を亡くし、デーテの元で育った