Yondaful Days!

好きな本や映画・音楽についての感想を綴ったブログです。

山に挑む人たち~NHK『激走!日本アルプス大縦断』×ドニ―・アイカー『死に山』

息を飲むような雄大な眺め、漆黒の闇に浮かぶ仲間の灯、

烈風に晒され追いつめられる自分、悲鳴をあげる身体、

絶望的な距離感、何度も折れそうになる自分の心、

目指すのはあの雲の彼方。

日本海/富山湾から太平洋/駿河湾までその距離およそ415Km。

北アルプスから中央アルプス、そして南アルプスを、

自身の足のみで8日間以内に踏破する

Trans Japan Alps Race

日本の大きさを感じ、アルプスの高さを感じ、自分の可能性を感じよう。

TJARとは? | トランスジャパンアルプスレース 2022 | Trans Japan Alps Race 2022

「トランス・ジャパン・アルプス・レース(TJAR)」
日本海富山県)をスタートし、日本アルプスを縦断して太平洋(静岡県)のゴール地点を目指す山岳レースで、全長415km、標高差27,000m、8日以内という条件で、これまでの実績と実技選考(テントの技術、地図読み等)も含めて選ばれた人のみが出場できる。


この過酷なレースのことは、3~4年くらい前にビブリオバトルで関連本が紹介されていて知った。
かなり昔の話だが、ずっと気になっていたのだろう。CMで見かけて、「これはあの時の!」とすぐに思い出し、2週にわたるドキュメンタリー番組『激走!日本アルプス大縦断』を見てみた。*1


実際に見てみると、見る前にはイメージできていなかったことが多数あった。

  • テントや食料は参加者自身で背負って運ぶ必要があり、これがスタート時点で10㎏程度ある。
  • しかも、コースは試走しているものの、明確に示されているわけでなく、道に迷って数キロをロストすることもある。
  • アルプスは尾根を進むことになり、高い標高での景色は格別。しかし滑落の危険がある。
  • また、晴れていれば景色が良いが、ガスってしまうと目の前も見えづらく危険度が増す。そもそも夜も走るレースなので、天気が良くても夜になれば視界は悪い。そしてコンディションは天候に大きく左右され、前回大会は台風の影響で中断。

というようにどこからどう見ても過酷な条件ばかりのレースに見えるが、出場者それぞれに目標があり、順位というよりは、それぞれの目標を達成することに精力を傾け、人生を賭ける、そんなレースだった。
今回見た2022年大会は、大会のレジェンドである望月将吾が一旦は走る意味を見失い、また、大腸がんから復帰した選手が、それぞれ、走る中で挑戦する意味を見出していく、という、ストーリー的にもよく出来過ぎた大会だった。
なお、大会最終盤に南アルプスを走っていた最後尾集団がリタイアを選ばざるを得なくなった台風は、今年、静岡市清水区で大規模な断水を引き起こした台風15号。台風によらないリタイアや関門でのタイムアウトを含め30名参加中10名の途中離脱者がいて、完走できたのは20名だけという、まさにサバイバルレースだった。

死に山

同時期に読んだ『死に山』で、冬のウラル山脈を目指した学生たちの姿は、トランスジャパンアルプスレースの挑戦者たちに重なって見えた。
彼らはトレッキング2級の資格を持っていたが、指導者になれる3級(最高級)の資格を得るには、

  • 最低300キロを走破、うち200キロは難度の高い地域
  • 旅行期間は16日以上、うち8日以上は無人の地域で、6日以上をテントで過ごす

という条件を満足する必要があった。
10人でスタートした彼らのうち1名は途中離脱したが、9名の挑戦者たちを不可解な悲劇が襲う。それがディアトロフ峠事件だ。

世界一不気味な遭難事故《ディアトロフ峠事件》──
その全貌と真相を描く衝撃のノンフィクション!

1959年、冷戦下のソ連ウラル山脈で起きた遭難事故。
登山チーム九名はテントから一キロ半ほども離れた場所で、
この世のものとは思えない凄惨な死に様で発見された。

氷点下の中で衣服をろくに着けておらず、全員が靴を履いていない。
三人は頭蓋骨折などの重傷、女性メンバーの一人は舌を喪失。
遺体の着衣からは異常な濃度の放射線が検出された。

最終報告書は「未知の不可抗力によって死亡」と語るのみ――。
地元住民に「死に山」と名づけられ、事件から50年を経てもなお
インターネットを席巻、われわれを翻弄しつづけるこの事件に、
アメリカ人ドキュメンタリー映画作家が挑む。
彼が到達した驚くべき結末とは…!


この本は、都市伝説化した遭難事故の真相を暴くということで、それだけで面白いが、構成が素晴らしい。
以下の3つの時点が並行に流れ、すべてが「事件の真相」が語られる最終エピソードに収束していく形になるのだ。

  • 1959年1~2月:ウラル工科大学の寮で暮らす9名(男7名、女2名※旅の途中で男1名合流)の20代前半の学生グループ(リーダーはイーゴリ・ディアトロフ)は、旅の準備を終え、鉄道、バス、トラック、スキーと交通手段を変えながら、のちに「ディアトロフ峠」と呼ばれる場所を目指す。
  • 1959年2~5月:ディアトロフ隊が返って来る予定だった2月13日以降になると、メンバーの家族から不安の声があがり、捜索隊が組織される。しかし、捜索は難航し、テント発見、数名ずつの犠牲者の発見など、すべてが終わるのに数か月を要した。
  • 2010年~2013年:作者のトニー・アイカー(米国人)は取材のためにロシアに渡る。現地での協力を受け、グループの生き残りであるユーリ・ユーディーンへのインタビューを行ったあと、事件が起きたディアトロフ峠を目指す。

それぞれのエピソードで、1959年当時のロシア(ソ連)の状況や、2010年代のロシアの人々の考え方に触れること自体が興味深い。
1959年は、フルシチョフが、スターリン(1953年没)時代の文化的抑圧を緩和しようとしていた「雪解け」の時代で、ロシアの若者にとって将来の希望を感じられる時期だったという。
一方で、生き残ったユーディンに2012年に話を聞くと、スターリン共産党支配全般に対して忠誠を表明しながら、事件の真相を政府が隠蔽していると政府に対する不信感を表明する。作者は「ロシア人の遺伝子に刻み込まれている二面性」と評するが、ウクライナ侵攻に対するロシア人の動き(プーチン支持が多数派だったが、部分動員令が出て、多くの人が大急ぎで国外への脱出を図る)を見ていると、何となく理解できる気がする。


さて、ディアトロフたちを追った章が、味気ない記録文書にならないのは、写真の数々があるからだ。
旅の記録を残すスナップ写真という位置づけのものであり、死の直前まで、時におどけたポーズで撮影されている。
このことで、1959年のことでも、フィクショナルな都市伝説の登場人物ではなく、トランスジャパンアルプスレースの挑戦者たちをテレビで見るのと同様に、目標達成に向けて懸命な人間として映って来る。


そんな彼らに何が起きたのか?


これに対してアイカーは中盤でとある仮説を結論づけ、これを読んだ自分は唖然とした。

この2週間、ユーディンにインタビューしたり、事件に関する自分のメモを見返したりしてきて、私は結論に達しつつあった。トレッカーたちがテントから逃げたのは、兵器とも、銃を持った男たちとも、それに関連する陰謀ともなんの関係もない。雪崩の統計データは信じられないほど説得力があった。スキー関連の死亡事故のうち、80%近くは雪崩が原因なのだ。結局、それがいちばん可能性の高い説ではないだろうか。p199

いや、雪男だ、UFOだ、ソ連の新兵器だ、殺人鬼だ、とさんざん煽って「雪崩」とか、それはないでしょう。そんなわけあるか!(怒)


で、当然、「雪崩」が結論ではなかった。おそらくだが、早々に「雪崩」を言い出すような構成にしたのは、アイカーらが、実際にディアトロフ峠を訪れた意味を強調したかったからなのかと思う。つまり、現地を訪れて初めて、テントがあった斜面は、雪崩が発生するような場所ではなかったことが判明したのだった。


そして、真相は…。
(以下、ネタバレを避けたい人は飛ばしてください)



この本が真相として結論付けたのは「超低周波音」だった。
地形および気象の条件を考えると、テントを立てた位置は、超低周波音が発生する絶好の位置だったというのだ。

「まるで目に見えるようです。」ベダードは言った。「みんなでテントに入っていると、風音が強くなってくるのに気がつく…そのうち、南のほうから地面の振動が伝わってくる。風の咆哮が西から東にテントを通り抜けていくように聞こえたでしょう。また地面の振動が伝わってきて、テントも振動しはじめます。今度は北から、貨物列車のような轟音がまた通り抜けていきます…より強力な渦が近づいてくるにつれて、その轟音はどんどん恐ろしい音に変わり、と同時に超低周波音が発生するため、自分の胸腔も振動しはじめます。超低周波音の影響で、パニックや恐怖、呼吸困難を感じるようにもなってきます。生体の共振周波数の波が生成されるからです」

確かに説得力のある真相だが、このオチのつき方を見て名探偵コナンを思い出した。
名探偵コナンに時々ある、コナン君が、突然、トリックの説明に最新技術の解説をしだす流れ。


「真実を知っている」と告白してきた人が、翌日に殺されたり、人が変わったように無口になったりして、「これは何か大きな力が…」と気がついていく…。
そんな陰謀論的な流れをどこかで期待して読んでいたのに、最新技術でぶん殴られたような気持ちになり、「ネッシーいないのか…」とでもいうように、少しガッカリする自分がそこにはいた。


ただ、陰謀論的な話が否定され、原因が明らかになることで、9人の若者の死に改めて焦点が当たる。
『死に山』*2は、その「真相」ではなく、山に挑んだ若者たちそれぞれに目を向けるようになるという意味で良い本だったと思う。
改めて亡くなった9人のご冥福をお祈りしたい。


最後に改めてTJARについて

ここで終わらせたら、『死に山』の感想のマクラのためにTJARを取り上げたようになってしまうので、改めて戻る。
集英社オンラインに、番組プロデューサーが自ら語っている記事が、レースの魅力を伝えている。
shueisha.online
shueisha.online


番組を見ていると、遭難事故を想起させるような場面が出てきて、何度も「無事でいてほしい」と祈るような気持ちになった。
記事にあるような「幻覚」もその一つだ。

そもそも、通常の登山者なら踏破するのにコースタイムで1か月以上を要するこのコース。選手たちはただでさえ睡眠時間を削って進むしかないのだが、予定よりペースが遅いなどの事態に陥ると、ほとんど眠れなくなる。
そうなると、冒頭で掲げた幻覚のお出ましだ。

「山中を白い軽トラックが走り回る」
「女子高生の集団が手招きをしているので寄っていくと崖」
「ないはずの山小屋が林立」
「人の顔がびっしり刻まれた石」
「見たことのない奇怪な漢字で埋め尽くされる家の壁」
「右足と左足がそれぞれ人格を持って語りかけてくる」

と枚挙に暇がない。
幻覚だけで済めばよいが、判断能力が弱まると、何度も同じルートを行き来する者や、道ばたの草を何十分と、突っつき続ける者まで現れる。

そんな、まさに「死に山」級のレースに挑戦するのが、筋骨隆々のアスリートではなく、見栄えも世代も自分と変わらないような人たちであるのが驚きで、より強く一人一人に共感してしまうところだ。記事でも、まさにそこが魅力と書かれていたが、他のプロスポーツを見るよりも深く自分の人生に重ねて感じ、味わうことのできた番組だった。


ちょうど自分も、今年は3年ぶりに出場する湘南国際マラソンを12月に控えている。
番組で見た彼らの強い意志を受け取り、自分なりの目標を達成できるように頑張りたい。

なお、TJARの関連本はいくつかあるので読んでみたい。

*1:なお、後編を見た日は、チャリダーが「乗鞍ヒルクライム」特集で、こちらも熱かった。特に年の近い49歳の猪野学が頑張っている姿が熱い!うじきつよしは64歳!

*2:なお、タイトルの『死に山』が素晴らしい。原題の「dead mountain」は、原住民マンシ族がディアトロフ峠を指す「ホラチャフリ」の言葉の意味で、通常だったら「死の山」と訳すだろうし、実際、本文中にも「死の山」で出てくるが、「不気味」さを取れば明らかに「死に山」が正解だろう。