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人口減少と「男性の育児休業取得」~メアリー・C・ブリントン『縛られる日本人』

人口減少が進む日本。なぜ出生率も幸福度も低いのか。日本、アメリカ、スウェーデンで子育て世代にインタビュー調査を行いデータとあわせて分析すると、「規範」に縛られる日本の若い男女の姿が見えてきた。日本人は家族を大切にしているのか、日本の男性はなぜ育児休業をとらないのか、日本の職場のなにが問題か、スウェーデンアメリカに学べることは――。アメリカを代表する日本専門家による緊急書き下ろし。

狙いを広げ過ぎず、メッセージはシンプル。
人口減少への危機感からスタートする話なのに、この本が狙う原因と解決策のメインは「男性の育児休業取得」に絞られる。
それだけ聞くと、疑問に感じてしまうが、それこそが重要であることがよくわかる本になっていた。


目次は以下の通り。

序章 日本の驚くべき現実
第1章 日本が「家族を大切にする社会」だという神話
第2章 日本では男性が育児休業を取れないという神話
第3章 なぜ男性の育児休業が重要なのか
第4章 日本の職場慣行のなにが問題なのか
第5章 スウェーデンアメリカに学べること
第6章 「社畜」から「開拓者」へ―どうすれば社会規範は変わるのか


日本を研究する米国人が著者というところも興味深いが、この本の一番の特徴は、「日本と外国の違い」という切り口ではないところ。
もっと言うと、「日本とアメリカとスウェーデンの違い」という観点から日本人の特殊性に迫るという点。
この3者の比較というところがポイントなのだが、この3者の違いを端的に表現した部分を引用する。

共働き・共育てモデルの支援に関して、日本が「社会政策は強力だが、社会規範が脆弱」で、アメリカが「社会政策は脆弱だが、社会規範が強力」だとすれば、「社会政策と社会規範の両方が強力なのがスウェーデンだ。p201

それでは、具体的に何が違うのかについて主に5章から引用していく。

日本とアメリカの違い

政策面でのサポートがほとんどない(育休は会社との交渉で取るしかない、保育料が高すぎる等)アメリカの出生率が日本より高い理由については、こうまとめられている。

第一に、第1章で指摘したように、私たちが話を聞いたアメリカの若い世代は、家族の定義を広く考えていて、核家族のメンバーだけでなく、それ以外の家族や親戚、友人、近所の人たちなどを含む支援ネットワークを築いている場合が多い。この点は、人々が結婚して子どもをもつことを後押しする効果がある。第二に、アメリカでは、ジェンダー本質主義的な発想、つまり男性の役割は主として稼ぎ手で、女性の役割は主としてケアの担い手だという考え方が日本よりも弱い。そのため、アメリカのカップルは共働き・共育てモデルを柔軟に実践しやすい。そして第三に、本章で述べてきたように、アメリカのほうが労働市場流動性が高く、少なくとも一部の教育レベルの高い層にとっては、家庭生活とのバランスが取れた働き方を雇用主と交渉しやすい。p200


このうち、一点目については具体的な例が、1章にインタビュー調査の結果としてまとめられている。

  • 家族とはどのようなものか
    • 男女のカップルと少なくとも一人の子どもで構成されると考える人がほとんど。(日本)
    • ペットや友人関係も含む。養子を採ることも考える。友人夫婦や親戚、自分たちの親などの力を借りて、育児や介護を行う。(アメリカ)
  • 子どもが幸せに育つために母親と父親が必要か/「父親と母親の両方がいる家庭」以外の家族形態
    • 父親には父親の役割があり、母親には母親の役割がある。両方がいる方がよい/シングルマザーは望ましくない(父・母がいない家族形態として思い浮かぶのはシングルマザーだけ!)(日本)
    • 父親と母親にそれぞれ異なる役割があるとは考えない。母親と父親の両方が必ずしも必要とは考えない。/シングルマザー、シングルファザー同性カップルでも適切な子育てができる。(アメリカ)


例えば、インタビューの質問の中で「父親と母親の両方がいる家庭」以外の家族形態を問われて、日本人のほとんどが、シングルマザーを想定したのに対して、アメリカ人はシングルマザー、シングルファザー同性カップルを思い浮かべたというところが典型的だが、このあたりの基本的な部分が、タイトルで言われている、日本人が「縛られている」部分だ。
友人関係についても、アメリカ人は「夫の友人」「妻の友人」ではなく、「夫婦の友人」をどんどん増やしていくのに対して、日本人の場合は、ほかの夫婦と親しくするのを躊躇すると答える人がいる。「家族の問題」を夫婦内で抱えてしまうことで、どんどん生きづらくなってしまう。この辺も実感に合っている。
アメリカと日本との違いである「社会規範」の持つ力の大きさが理解できる。

日本とスウェーデンの違い

最初に書いた通り、日本とスウェーデンの共通点は「社会政策は強力」という部分だ。
全く知らなかったことだが、日本の女性向けと男性向けの育児休業制度はスウェーデンよりも充実しているという。
それにもかかわらず、制度の使い方がここまで異なる(スウェーデンでは男性の90%が育児休業を取得する)のはなぜか。
長いが引用する。

スウェーデンでは男性の育児休業制度が導入されてからの歴史が長いため、男性たちが制度を利用することに慣れているからなのか。それもひとつの理由ではあるだろうが、それだけではない。見落としてはならないのは、スウェーデン政府が意識的に、女性の職業生活を支援し、同時に夫婦が望む数の子どもをもてるようにすることを目指してきたという点だ。スウェーデン政府は、共働き・共育てモデルを広めることこそ、二つの目標を同時に達成するうえで有効だと、早い段階で気づいていた。そして、そうしたモデルを確立するための取り組みの一環として、女性だけでなく、男性も仕事と家庭を両立できるようにする政策を採用してきた。
それに対し、日本の両立支援政策は、女性に仕事と家庭を両立する方法を教えることに終始してきた。男性稼ぎ手モデルを改めず、男性の人生が職場の規範に大きく左右される状況も変えようとしてこなかった。このように政策上の動機が異なるために、日本とスウェーデンの現状に大きな違いが生まれているのだ。スウェーデンでは、日本よりも男性の育児休業取得率が高く、家庭と職場でジェンダー平等が進展している結果として、日本よりも大幅に高い出生率を維持できている。p208-209

つまり、政策の意図や、別の制度との組み合わせ*1が異なれば、政策の効果も全く変わってくる。このあとでも述べられているように、日本の政策は「男性稼ぎ手モデルを維持するべく設計され、企業の現場で実践」されている。
逆らえない異動や単身赴任などの悪習と多くの「社畜」に支えられる「男性稼ぎ手モデル」を中心とした社会規範を変えないと、制度だけ用意されてもなかなか利用できない、というのは本当によくわかる。

問題点を踏まえた政策提案

この本が非常に上手くまとまっているのは、5章までの内容を踏まえて第6章で、社会規範を変えるための政策提案がなされていることだ。

  1. 子どもを保育園に入れづらい状況をできる限り解消する
  2. 既婚者の税制を変更する
  3. さらなる法改正により、男性の家庭生活への参加を促す(→男性の育児休暇の義務付け)
  4. ジェンダー中立的な平等を目指す

個別には、具体的な政策主体や政策内容、効果がまとめられているがここでは割愛するが、4点目の「ジェンダー中立的な平等」についてだけ、少し触れる。

いわゆる「ジェンダー平等」を達成するアプローチは2種類あり、女性を男性に近づけてもいいし、男性を女性に近づけてもいい。日本で取られてきたのは前者の政策で、日本の女性たちは、男性のように有償労働を行い、そのうえで、家庭での無償労働としての家事と育児の責任を果たすことも求められている。
これについての作者の文章は冷静でいて熱い。以下に引用する。

日本の女性は男性に近づくために最大限の変化を遂げてきたが、日本の男性は女性に近づくための変化をほとんど遂げていない。本書の記述を通して理解してもらえていると願っているが、私は変化の遅さを理由に日本の男性たちを「非難」したいとは思っていない。日本の厳しい労働環境、雇用主が男性社員の職業生活を(ひいては家庭生活も)強力にコントロールする状況、そして、そのような夫の状況に合わせて妻がみずからの職業生活と家庭生活を調整しなくてはならない現実は、日本社会全体にとって不健全ではないか…私が心配しているのはこの点だ。
この状況がいったい誰の得になるのか。日本の社会のあり方は非常にゆっくりとしか変わっておらず、現状が安定した均衡状態になっているように思える。このような状態は、家族や個人、そして社会全体に恩恵をもたらしているのか。それとも、この状態は、賛同者が減り続けている社会規範により支えられているにすぎないのか。
(略)
いま必要なのは、男性がもう少し女性のようになることを促すしくみだ。私がこのようなことを主張するのは、私の国であるアメリカも、ジェンダーのバランスが取れたジェンダー平等ではなく、男性的なジェンダー平等に向かっているように思えるからでもある。
(略)
第1章で述べたように、アメリカは日本よりも家族にやさしい社会だと言えるかもしれない。その一因は、アメリカ人のほうが家族の定義を広く考えていることにある。その点は、これからも変わらないだろう。しかし、日本の職場とアメリカの職場はいずれも、いまや多数派である共働き夫婦のニーズに合わせて、北欧諸国のような共働き・共育てモデルをもっと支援すべきだ。私の最後の政策提案の土台には、そうした認識がある。p250


実は、自分の職場でも、今年、直属の部下の男性社員が育児休暇*2を取った。
「育児休暇制度を利用したい」と言われて、会社でも「多様な働き方」を推進しているし、ここで断ることはできないな、と思いつつも、他の社員へのしわ寄せにばかり頭が行ってしまい、3か月の申し出については2か月に短縮してもらった。
というように、男性が長期の育児休暇を取ることに否定的な気持ちもあったのだが、事前に、この本を読んでいれば、制度の目指すところや社内の雰囲気づくりという意義にも自覚的になり、もっと育児休暇制度の活用を後押しするような気持ちになれたのかなと思う。


コロナのおかげでテレワークが進み、テレビ会議の背後に聞こえる泣き声などを通して、職場に「家庭」が漏れ出す副次的効果も生まれている気がする。
とはいえ、長時間労働そのものは大きく変わっておらず、この本で繰り返し書かれているように、職場慣行がジェンダー平等を妨げている部分は否定できない。
そんな中で、男性の育児休暇取得が「ジェンダー中立」的な平等の第一歩なのだということがよくわかった。
身の回りでは少しずつ良くなっている実感もあるが、もっとジェンダー平等を土台とした少子化対策が既定路線になっていくように、政治や社会に広く目を向けていきたいと思う。

*1:ノルウェースウェーデンの「父親クォータ」制度(夫婦に認められる合計の育児休業期間の一部を夫しか取得できないものとする)や、スウェーデンでのスピード・プレミアムという第二子出産を促す制度など興味深い制度がいくつか紹介されていた

*2:育児休業は、「国が法律で定めた公的制度」で、育児休暇は会社の制度だということを初めて理解しました。しっかりとした育児休暇制度のある会社に勤めている自分は恵まれていることがわかりました。