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子どもからみる親権~榊原富士子・池田清貴『親権と子ども』

いわゆる「共同親権」の問題に関心があり読んでみた一冊。


元々は将棋の橋本崇載八段(ハッシーと言われて親しまれていた)が、2021年の4月に突然、引退を発表し、その後、原因が「子どもの連れ去り」(親権をめぐるトラブル)だとわかってから、この問題に特に興味を持ってはいた。
「子どもの連れ去り」と書くと、善悪が明確な問題のように見えるが、「連れ去られた側」(大抵は夫)が「共同親権」を求める構図は、DVから避難した妻子を父親が再び支配下に入れようとする構図とも重なる。第三者からはどちらが正しいか見分けられない上に、法律上のテクニカルな問題を含んでいる(そして法律関係は苦手意識が強い)ため、たびたび話題に上がってもほぼスルーしていた。


改めて興味を持ったのは、共同親権に対する反対賛成の色分けが、ネット上の左右の論陣と基本的に一致することを不思議に感じたということが大きい。
具体的には、保守の側に立つ人が、共同親権を推進していることが多く、リベラル側*1は、その流れに反対しているという傾向がある。
こういった対立関係の中で、自分はリベラル側に立つこと(保守側の意見に反発を感じること)が多いが、項目別に問題を考えていく必要があるだろうという意味で、少し勉強してみようと、基本となりそうな本を手に取った。
対立する両派の出した本もいくつかあることも分かっていたが、まずは、あまり色がついていないものを選んだ。

目次は以下の通り。

序章 なぜ、いま親権なのか
1 親権とは何か
 (親の権利なのか/ 誰が親権者か?/ 親権の内容/ 親権者に禁じられていること/ 親権の制限と終了)
2 離婚と子ども
 (離婚と親権/ 親権と監護権は、どのように決まるのか/ 養育費/ 面会交流/ 海外における離婚と親権)
3 親権と虐待
 (親権と虐待の境界/ 虐待への対応と親権/ 親権の制限、未成年後見
終章 子どもからみた親権

虐待児童を救うために必要な関係者の連携

まず、共同親権の問題とは無関係の論点から。

この本には法律の説明をするために、具体的なケース(架空のケース)が示されているが、3章の「親権と虐待」では、虐待を受けたケンジ君を救うプロセスが非常に具体的に書かれている。
この過程で、非常に多くの機関や人々が緊密に連携してやっと一人の子どもが救われる方向に向かうことが示される。
逆に言えば、このうちの一者がサボると上手く行かない。その大変さに驚いた。

  • 保護のあと
    • 父母と児童相談所の協議を取り持つ家裁調査官
    • 里親と保育園、ヘルパーと家庭、虐待児童の兄弟とその保育園をつなぐ子育て支援

また、このケースでは、ケンジは里親に預けられることになる。
虐待を受けるなどして、家庭での養育を受けられない子どもの最後のよりどころになるのが、「社会的擁護」(里親や児童養護施設)となるが、ここでも虐待が行われることがある、という話も辛い。
一方で、近年は、国の施策として、より家庭的な養育を実現するために(児童養護施設より)里親への委託が促進されているという。こうなると、里親制度についても興味が湧いてくる。
今回、親権の議論をする中で分かりにくく感じたのは、身近にない職業や立場について、具体的なイメージを持ちにくいということにも原因があると思う。
ちょうど里親制度や特別養子縁組については、漫画家の古泉智浩の本が気になっていたので読んでみたい。

海外との制度の違いから見たあるべき方向

共同親権の問題を考える上で、参考になるのは、海外における離婚と親権について。
ここでは、海外の制度におおむね共通する点について、日本との違いも含めて以下のように整理されている。
これを見ると、日本の現在の制度では、不足しているものが数多くあるようだ。

  • (1)欧米、東アジアで方式は異なるが、離婚成立に裁判所が関わるかたちをとる。夫婦の一方のみからの届出だけで離婚できる*2のは日本のみ。
  • (2)養育費、面会交流、子どもの教育、宗教、治療などの決定について合意書を提出することが離婚を認める要件になっている。
  • (3)一定の別居期間があることにより離婚を認める「破たん主義」が採用されており、日本のように子どものことを話し合う前に、互いの責任を追及して非難し合う必要がない。
  • (4)多くの国で、離婚慰謝料がなく、裁判の過程で父母の関係をより悪化させる要因が少ない。
  • (5)離婚後は共同親権が原則だが、単独親権を選ぶこともできる。単独親権のみしか選べない国は日本だけ。
  • (6)離婚後の子どもの利益を守るための仕組みが複数ある。
  • (7)離婚後の親子の面会交流の継続が子どもにとって望ましいという社会のコンセンサスがある。行政や民間の支援があるので、面会の頻度は日本よりも高い。
  • (8)DVのケースは特別な配慮がなされている。DV被害者への接近を禁止する保護命令制度など。

単独親権か共同親権か、という観点のみで見ると、「離婚後は単独親権」という日本の制度は特殊で、共同親権への移行が自然ということになる。
しかし、この本全体を貫く考え方として「子どもの視点」で見た場合に、以下が言えるのかと思う。(この本は、この種の価値判断まで書かず、淡々としているため、あくまで自分が読んだ印象)

  • そもそも「円満離婚」となりにくい日本の離婚制度自体に問題点がある(1、2、3、4)
  • 日本以外の国では、制度として、子どもの気持ちが尊重される仕組みが組み込まれている(2、5、6、7、8)
  • 日本以外の国では、養育費の未払いやDVのケースへの特別な配慮など、身勝手な親による悪影響が生じないように慎重に設計されている(5、8)

つまり、これらの問題をまとめて解決の方向にもっていく必要があり、離婚後の単独親権か共同親権かだけを議論するのは意味がない。日本の現状(単独親権)が、別居親の面会交流を阻んでおり、それが子どもの希望に反しているのであれば、それもまた大きな問題である、ということだと理解した。

法解釈の変化と民法の改正(1)懲戒権

本を読んで、法律の条文を考える上で様々なケースを考えておく必要があることに目まいがしたが、解説を読む中で、時代による法解釈や法律自体の変化があるということがとてもよく分かった。
まず、親権者の子どもに対する「体罰」について、民法では親権者に「懲戒権」というものを認めているため、2011年までその扱いが微妙だった、という部分を興味深く読んだ。2011年改正前の民法では以下のように書かれている。

改正前
第一項 親権を行う者は、必要な範囲内で自らその子を懲戒し、又は家庭裁判所の許可を得て、これを懲戒場に入れることができる。
第二項 子を懲戒場に入れる期間は、六箇月以下の範囲内で、家庭裁判所が定める。ただし、この期間は、親権を行う者の請求によって、いつでも短縮することができる。

改正後
第820条
親権を行う者は、子の利益のために子の監護及び教育をする権利を有し、義務を負う。
第822条
親権を行う者は、第820条の規定による監護及び教育に必要な範囲内でその子を懲戒することができる。

820条で縛っているので、実質上、いわゆる体罰を正当化できなくなったが、改正後も822条に「懲戒権」の言葉は残った。なお、削除された「懲戒場」は1948年に廃止された「矯正院」という場所を想定していたが、現在、それにあたるものはない。
さらに、昨年の国会で、民法改正案が成立し、820条は削除されることになった。流れを見ると、2011年まで、普通に存在していたのが不思議ではある。

今回の改正で822条は削除され、現行の821条を822条とし、821条に新たに「親権を行う者は、前条の規定による監護及び教育をするにあたっては、子の人格を尊重するとともに、その年齢および発達の程度に配慮しなければならず、かつ、体罰その他の子の心身の健全な発達に有害な影響を及ぼす言動をしてはならない」とする子どもの人格の尊重に関する規定を新設する。
親権者による懲戒権の規定を削除 民法改正案が成立へ | 教育新聞

なお、昨年成立した民法改正には、子が生まれた時期から父親を推定する「嫡出推定制度」の見直しや女性の再婚禁止期間の廃止が含まれるが、これも重要な内容だ。

法解釈の変化と民法の改正(2)親権について

また、共同親権の議論に関連して、離婚後の親権者の考え方についての時代変化の説明(p78~)が興味深かった。

  • 戦前の家制度下では、離婚後は原則として父が親権者(ただし、母は監護者にはなりえた)
  • 戦後は家制度はなくなったが、1947年の民法全面改正後も父親が親権者の割合が多かった(5割が父、4割が母)
  • その後、核家族化、専業主婦化が進み、子育ては母の役割という「母親優先原則」が定着し、1966年に父母の割合が逆転した。昭和40年代は「三歳児神話」が信じられていたこともあり、「乳幼児は母が親権者」が定着した。
  • アメリカでは1970年代、日本では1980年代に無原則に母親優先を認めることは「子の利益」に反するという批判が出るようになった。
  • とはいえ、親権者の割合は母親とすることが8割以上と多く、現在も微増中である。理由としては裁判所が基準とする「主たる監護者」を考えると実質的に母親になることが多いためである。

このあたりが、単独親権の仕組みにおける「母親優遇」と映るという部分もあるのだろう。
本の中では、共同親権を主張する議員による「親子断絶防止法案」の動きについても記載があった。なお、この本には、共同親権VS単独親権という話題にほとんどコメントしていないが、ここだけは法案の問題点を挙げ、釘を刺している。

  • 2014年に設立された超党派の親子断絶防止議員連盟から公表された法案が「親子断絶防止法」
  • 法案の目的は「父母の離婚等の後における子と父母の継続的な関係の維持等の促進を図り、もって子の利益に資すること」にあり、国や地方自治体の施策実施義務をうたうもの。
  • 問題点①親子関係の継続として「面会交流」を取り上げているが、もう一つの重要な柱である「養育費」にほとんど言及がない
  • 問題点②面会交流の実施につき同居親にのみ義務を課す
  • 問題点③子どもの権利条約を引用しながら、面会交流の実現の責任を父母(個人)にあるとしているが、子どもの権利条約は、個人に義務を課すものではなく、国に子どもの権利を尊重することを義務づけている
  • 問題点④虐待や暴力のあるケースへの特別の配慮の条項が抽象的なものにとどまる

問題点①については、現状の酷さ(実質的に母子家庭に非常に不利で、養育費を「諦める」ケースが多い)は本を読んで改めて知ったが、行政による徴収や立て替え払い制度という海外事例(p121)を読むと、親権云々の議論よりもまずここを改めるべきではと感じた。
なお、「親子断絶防止法」の問題点についても、前に整理した内容と同じ書き方になるが、「子どもの権利」「子どもの視点」を重視する、この本のスタンスに立ち戻るとわかりやすい。
共同親権を主張する側には「母親の権利に対して、父親(別居親)の権利が認められにくいので、それを改めたい」という気持ちが強く出ており、何かと「子どもの権利条約」が持ち出されるが、「子どもの権利」の皮を被ってはいるが、実質的に「別居親の権利」を主張しているという点が問題視されている(と読んだ)。

何度も書くように、この本にはイデオロギー的な部分がほとんどないが、共同親権に反対する立場の駒崎弘樹さんは、「親子断絶防止議連」が名を変えた「共同養育支援議連」の問題点を以下のように書いている。

共同養育支援議連は、元々は親子断絶防止議連と言って、妻に子連れ別居された主に夫の、「子どもに会いたいけど会えない。なんとかしてほしい」という要望を受け、結成されました。
親子断絶防止議連は、「離婚後も、夫が子どもに会えるように、別れても親権を持てるように制度を変えよう」ということを目指して、親子断絶防止法を作ろうとしました。
しかしその取り組みは頓挫。ネーミングも共同養育支援議連とマイルドにし、柴山会長のもと、再起動しました。
彼らは、基本的には、離婚後に子どもに会えない(と言っている)父親側の救済を目指しています。そして、離婚後も父親(注1)が妻子に関与できるように、「離婚後共同親権」を導入しようとしています。
離婚後共同親権というのは、離婚後も別れた夫が、子どもに関する重要事項決定権を持ち続けられる仕組みです。重要事項とは、どの学校に進学するか、どこに引っ越すか、病気をどんなふうに治療するか等です。
共同養育支援議連の、何がヤバいのか | 親子の課題を解決する社会起業家│駒崎弘樹公式サイト

記事はDV防止法の改正について、DV加害者を助ける方向に進む部分があることを懸念した内容だが、共同親権も同様の問題があるとしている。
駒崎さんの指摘する離婚後共同親権の問題点は、以下の本をベースにしたもののようで、こちらも読んでみたい。

子どもからみた親権

本の終章では「子どもからみた親権」として、一番最後に、この本のスタンスを改めて表明している。ここからも離婚後の共同親権VS単独親権という争いの、その先を見据えた内容を目指した本であることがわかる。最終的にあるべき姿を知っておき、何を最も大切にするかを再確認するという意味で、最初に読む本としては、これを選んでとても良かったと思う。

(略)このような親子の関係とは異なり、「親権」はあくまで、一つの法制度である。そして、それが子どもの人権を保障するためのものであるとすれば、その目的に資する限り、親権のあり方も現在のかたちにこだわる必要はない。親権を、その呼び方も含め、どのようなものとして位置づけるのか、親権を誰が持つこととするか、親権の中身をどのように構成するか、どのように親権を終了させるかなどに関し、いろいろなあり方があり得る。
もっと言えば、そうした親権のあり方を、一つに決める必要もないのかもしれない。子どもの人権の保障のために、多様で選択的な親権のあり方を探ることも考えられる。多様性は、社会の、次なる時代の、力の源でもあるからだ。

*1:保守/リベラルという言葉は「いわゆる」を付けた言い方がいいかもしれない。対立を煽る下品な言い方ではネトウヨサヨク

*2:どういう意味だろう?と思ったら、理屈としては実際にできるという…これは直した方がいいのでは?→勝手に離婚届を出されたとき|家庭裁判所で対応します