Yondaful Days!

好きな本や映画・音楽についての感想を綴ったブログです。

個人的好みから外れた「絶対安全コナン」~『名探偵コナン 黒鉄の魚影』

公開時期から少し遅れて4/29に観てきました!

総評

展開が早く、隙なくまとまって面白かった。登場人物の豪華さとテンポだけで言えば、コナン映画の中でもベストと言えるかもしれない。
灰原がさらわれて本題に入るのも早く、映画恒例の「楽しく華やかな(でも無駄な)部分」がホエールウォッチングくらいに抑えられていた。(博士のクイズも早かった)
この結果、灰原救出という、わかりやすい最終ゴールが早期に提示され、ストーリーを追いやすい映画になった。
一方、救出の是非にかかわらず敵の手に渡ればゲームエンドの「老若認証」システムも、これまでのコナン作品に親しんだことのある誰もが、その危険性(コナンと灰原の正体を知られてしまう)を認識できるという意味で、優れたアイデアだった。


また、全体を通して、灰原のコナンに向けた想いについて丁寧に説明するような映画になっていて、灰原をより深く理解できた。
正直、「灰原によるコナン救出」の際の人工呼吸シーン*1についても、クールな灰原なら別に何も気にしないでしょ、と思っていた。が、灰原は、陸に戻ってから蘭に「キスを戻す」くらい気にしているということが分かり、微かな恋心を知った。*2
その意味で、2人の関係性について、これまで以上に深く確認できた。


が、個人的に求める理想像と比べて、コナン映画の潜在能力をフルに発揮できていたかと言えば、足りなかった感がある。
その原因を考えてみた。

「そうはならんやろ!」が少ない

これに尽きる。
人によって感覚が全然違うだろうし、自分もかつては煩わしいと思っていた部分だが、コナン映画は、「そうはならんやろ!」と突っ込みを入れながら観る映画だと思っている。
しかし、今回、すべてがやや現実寄りで、自分の言い方でいう「ボカンコナン」の破天荒な部分が少なかった。
今回、突っ込みを入れた非現実的なシーンは、ホテルの4階?から飛び降りてピンガを仕留めようとする蘭のシーンくらいで、最後の赤井秀一の狙撃ですら、いつもと比べると現実的だった。
踏み外せば死ぬ高所で格闘を繰り広げたり、異常な長距離からピンポイント過ぎる的に狙撃したり、巨大サッカーボールを使って何が起きたのか理解できないままに大勢を救ったり、地球外から攻撃されたり…という、これまでのコナン映画の定番である「普通じゃないシーン」が少なかった。
恒例のボカンボカンの爆発シーンはあるにはあったが、それですら、皆が退避を済ませたあとの爆発、という、どこかに気を遣っているのか?と勘ぐってしまうくらい、安全に終わってしまった。


そもそも、今回は灰原救出がメインストーリーということで、『沈黙の15分』で、99.9%無理な状態から脱出(救出)するようなクライマックスを期待してしまったところもある。
そう考えると、今回の映画は、コナン映画の「角」を矯めて牛を殺してしまった「絶対安全コナン」とでもいうべき作品になっていると感じられた。

ダメ過ぎる黒ずくめの組織、適切過ぎる博士の発明

常に言われることだが、そもそも組織内部の対立もあるのに、潜入され過ぎ。
今回も、水無、安室がいて、さらに、ベルモットまでがコナンに肩入れしている状態。
普通の映画なら、ベルモットの企みがギリギリでばれて絶体絶命に…というようなシーンが描かれるが、それもないので、観客は、ただただ安心して時を過ごすことが出来る。


また、映画で描かれる危機に対して、阿笠博士が、「適切過ぎる、使い勝手が良過ぎる発明品」を作ってくれている。
そのため、発明品が登場した場面でクライマックスに向けた気持ちの準備が出来てしまう。


結局、これらが「そうはならんやろ」を繰り出さなくても事件が解決してしまうことの一因にもなっている。

「老若認証」システムのアイデアが中途半端

「老若認証」システムは、コナン映画のアイデアとしては素晴らしいけど、国レベルでの運用を考えると、個人のプライバシーの無い中国でしか使えない。
これがインターポールで採用されて、しかも複数国間で監視カメラの情報を共有するという、さらにあり得ない状態になっているのが理解しがたい。(黒の組織側が開発したのなら理解しやすい)
このような国家間相互監視(+情報共有)を可能にする危険なシステムについて、パシフィック・ブイ職員が得意気に説明し、警察が「素晴らしい」と絶賛する流れは非現実的過ぎる。さすがにコナン*3は「いや、そんなシステムは…」と監視社会の息苦しさについて意見を挟もうとしていたが、結局、映画の中でその問題点が明示的に扱われないのはおかし過ぎる。


また、開発者の直美・アルジェントが、差別のない社会を目指していながら、どうしてこのディストピアシステムを開発してしまうのか、その理屈も理解できなかった。さらに、このあとも彼女が「老若認証」システムの研究を続ければ、黒ずくめの組織を含む世界中の犯罪組織によって同じ事件が繰り返されるだろう。
ディープフェイクによる誤認逮捕などの問題には触れられていたが、そもそもの倫理面の問題が払拭できないシステムと言える。そのことを伝えて、彼女が研究を断念するラストになった方が良い気がした。

使われない伏線

パシフィック・ブイの中で、クジラの声が聴こえてくるシーンがある。
この場面から、クライマックスではクジラが関係してくるものだと勝手に思っていた。
昨年は、平家物語を題材とした、アニメ『平家物語』や『犬王』のクライマックスでクジラの大群が押し寄せる場面(原作古典準拠)があり、どちらも名場面となっていた。
「もう、これは勝てない…」という状況から、クジラの大群によって命が救われる、という、まさに平家物語と同様のシーンが入っていれば、「そうはならんやろ」欲を満たすことが出来たし、殺伐とし過ぎない映画になっていたように思う。(観光船船長も何かしてくれそうな雰囲気があった…)


それ以外も、通常はエントランスが水中に隠れているというパシフィック・ブイの特殊構造や、特徴的な円環構造の施設での潮力発電など、後半に使われると勝手に思い込んでいた設定が多数あった。それだけに、最小限で済ませたクライマックスは残念に感じられた。

最後に

今回、注釈が必要なキャラクターが多過ぎるためか、タイトル後の「いつもの部分」(俺は高校生探偵・工藤新一…から始まる説明部分)では、赤井、安室は当然、水無怜奈の正体まですべて説明してくれる親切仕様になっていたが、実際には、それ以外にも説明されず、映画の中でもスルーされる「謎」があり、次回以降に持ち越しになっている。


例えば、黒の組織No2のラムは、今回「顔出し」をしている。
あれ?少し前まで、これも今回登場する黒田兵衛警視(隻眼)を含む3人で、誰がラムなのか?という話が進んでいたんじゃ?と思ってしまったが、原作、アニメでは既にラムの正体は判明しているという。*4


そしてベルモット。彼女は、黒の組織の内部にいながら、灰原とコナンの正体を知っており、「老若認証」システムが無くても彼女の気持ち一つで、コナン達は絶対絶命のピンチに陥る。そろそろ彼女の話に踏み込まないと、黒ずくめの組織が絡む話は、また「絶対安全コナン」になってしまう。


映画のみを観ている(自分のような)ファンがこれらの謎全てを理解して臨むのは難しいので、黒の組織を扱った劇場版は今後難しい気がした。(もしくは、俺は高校生探偵・工藤新一…のあとに10分くらい事情説明を挟むようにする…)


総評に戻るが、直後の印象は「面白い灰原映画」だったが、文章にまとめながら「好みのポイント」を辿っていくと、『黒鉄の魚影』は個人的好みから外れた作品だった。なお、その視点による近年作品のベストは『緋色の弾丸』な気がしてきて、ネタバレサイトであらすじを確認したところ、司法取引の証人保護プログラム等かなり難しい内容が肝になっており驚いた。今回の映画は、難しさを感じさせないように難易度レベルの調整が入ったのかもしれない。


来年は、平次とキッド。
鈴木財団が、いつも以上に本気を出して、派手に暴れて派手に壊れる、夢のような新施設を作って、犯罪者を引き寄せてくれることを祈っています。

*1:ベタ過ぎる…。80年代の少女漫画?と思いましたが、それ以上に、人工呼吸時には鼻をつまむ必要があるよね、というのが気になってしまいました

*2:ここら辺の感覚は、原作やこれまでの映画をしっかり見ているコナンファンと違うのかもしれない。「灰原とコナンのキスシーンだけで100点」という感想も見かける

*3:このような国家機密に近い捜査システムに関して、ただの小学生に丁寧に説明するなよ…と、ここに関しては「そうはならんやろ」と突っ込んでしまった。

*4:候補者3人の顔を見返して、「顔」から誰がラムなのかはわかりました。