Yondaful Days!

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自民党総裁選の勉強に~河野太郎『日本を前に進める』×中島岳志『自民党 価値とリスクのマトリクス』

河野太郎自民党総裁選に立候補した。
news.yahoo.co.jp

はっきり言って、臨時国会召集を拒否していて総裁選モードになっている自民党全体がダメなのだが、この総裁選で選ばれた人が次の日本の首相になると考えると無視はできない。
さて、河野太郎といえばこの動画。いわゆる「次の質問どうぞ」会見だ。(6分40秒あたりから)

www.youtube.com


そして、河野太郎Twitterを多用する一方で容赦なくブロックすることでも知られる。
そういう人がよりによって「温もりのある国へ」(本書帯)とはチャンチャラおかしい。
…おかしいのだけれども、自分にとっての河野太郎は、やはり2000年代(自民党下野の前)に上を意識せずに積極的にブログで自説を展開し、情報発信していた頃のイメージが強い。
また、自分がずっと参加していた湘南国際マラソンの実行委員長を長く務めていたこともあり、ベルマーレの支援も含めて、継続的に地域スポーツに携わっている点も魅力的に映る。
したがって、プラス・マイナスの両方を感じる、自分にとっては少し特別なタイプの政治家。これまでその著作を読んでいなかったのはむしろ意外だが、総裁選立候補を見越して出版されたこの本を読んでみた。

河野太郎『日本を前に進める』

菅さんのような叩き上げではなく、いわゆる世襲議員ではあるが、生い立ちの部分はなかなかに波乱万丈で面白い。慶応中等部からエスカレートで慶応大学に進学と聞くと、お坊ちゃんな感じだが、そこからのアメリカ留学の話が激動だ。
1981年慶応大学入学後すぐに退学→ニューヨークの私立高校→アメリカでの大学受験→ジョージタウン大学入学→大統領予備選にボランティア参加→米国議会インターン→大学3年でポーランド留学→1985年12月に卒業。
…濃密すぎる。
その後、富士ゼロックスに入社し、途中、日本端子に移るも10年近く会社勤めも経験したあと、1995年から政治の道に入る。


父・河野洋平の生体肝移植(河野太郎がドナーになり移植に成功)のエピソードは、自分が河野太郎に抱くイメージをよく表している。
一つ目に、「美談」として報道しないでほしいというマスコミへの依頼の話。ドナーになるのはリスクがあるのにもかかわらず、C型肝炎患者を家族に持つ人に、ドナー候補としてのプレッシャーを与えることになってしまうというのが理由だ。
もう一つは、それまで反対だった臓器移植法改正の話に対する「転向」。もともとは「人の死の定義」に踏み込むものということで反対していたが、生体移植のリスクを考えると、脳死からの移植を増やした方がいいから賛成に回ったという。
河野太郎は、自らの体験に基づき合理的に物事を判断することを重んじるタイプで、問題があれば柔軟に自分の意見を変える政治家だと理解している。
このことは、時には信念を潜めておくという形としても現れるようで、これが逆に不信を生む。本の中でもエネルギー政策の項で、以下のように重鎮からアドバイスをもらったという話が書かれている。

そろそろ君も外で吠えているだけでなく、閣僚になって実際に物事を実現してみるべきだ。河野太郎も政治家としての常識がある、チームプレーができる、ということを証明してみろ。閣僚になっても閣内での議論は自由だ。ただ君もよくわかっているように、対外的には内閣の方針を言わなければいけない。納得できないところもあるかもしれないが、それは君が総理になったときにやればいい(p134)

総裁選を進める中で、原発政策や女系天皇の考え方など、いくつかの主張を「封印」した形になっているのが、まさにそれなのだろう。


本の目次は以下の通りで、3章以降は個別政策について思いが述べられており、いずれも主張としては筋が通っているように思える。

第一章 政治家・河野太郎の原点
    富士ゼロックスに入社しデジタルに開眼
第二章 父と私――生体肝移植をめぐって
    生体肝移植を美談とするのは危険
第三章 新しい国際秩序にどう対処するのか――安全保障戦略
    ポストコロナ時代こそ日本の存在価値が生きてくる
第四章 防災4.0
    感染症対策
第五章 エネルギー革命を起爆剤
    日本の再生可能エネルギー外交を宣言
第六章 国民にわかる社会保障
    新しい年金制度
第七章 必要とされる教育を
    子どもの貧困をなくす
第八章 温もりを大切にするデジタル化
    データの力で温かく信頼される政治を

ただし、特に経済政策など、個別具体の目玉政策があるわけではない点は不満で、総理大臣としての俯瞰的な視点にも欠ける。
総裁選出馬を決めてから発表した政策でもその点は同じだ。
また、冒頭に挙げた「次の質問どうぞ」やブロックの乱発から考えると、結局この人は自分で合理的に考えるのは得意だが、意見が異なったり理解が浅い人を説得したり、教え諭すことが嫌いなのだろうということがよくわかる。あくまで「俺の考えは正しいはずだから言う通りにしろ」というタイプだ。


なお、本の「はじめに」では、保守主義の説明として、以下のように示しているのは共感できる。

昨今、「保守主義者」を名乗る一部の人々が、排他主義的な外国批判を繰り返していますが、これが保守主義とはまったく相容れない活動であることは言うまでもありません。また、自由貿易を否定し、国を閉ざし、保護主義で競争力のない産業を守ることも、決して保守ではありません。

また、本の中で名前の出る政治家では、初当選後お世話になった議員として岸田さんが出るが、菅首相は「おわりに」で少しだけ、安倍さんは全く出ず。麻生さんは書かれていたか忘れてしまったが、これもほとんど記憶に残らず。
「はじめに」の「一部の人々」が直接安倍さんのことを指しているとは思わないが、全体の印象として、安倍さん、麻生さんの強い影響下にないことを改めて確認して安心した。それだけに、結局安倍さんに仁義を切る形になっている現在の状況はいただけない。
www.asahi.com

中島岳志自民党 価値とリスクのマトリクス』

さて、河野さんの本は面白く読んだが、候補者同士の主張を比較しようとしても、結局政策が似通ってしまい、違いが判らない、となることもしばしばだ。特に新聞報道は「政局」以外では、やれメタルが好きだとか、バナナがおやつに入るかとかそういうものしか話題にせず、ニュースがむしろ目を曇らせる。
その意味では、中島岳志さんのこの本は非常にわかりやすいだけでなく、政治家を見る視点が整理された。

この本は、過去の著作やインタビューを読み込んで、自民党の9人の有力政治家・首相候補を4つのマトリクスのどこに入るのかを整理する内容だ。(以下のマトリクスは中島岳志さんの別記事からの引用)
対象は、安倍晋三石破茂菅義偉野田聖子河野太郎岸田文雄加藤勝信小渕優子小泉進次郎
読む前からどこに入るのか分かっている人もいるが、そこに来るのか!と発見のある人もいて、クイズのように読むこともできる。
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リベラルの対立軸はパターナル。リベラル保守による現実主義|保守と立憲 世界によって私が変えられないために|中島岳志|cakes(ケイクス)

今回、首相候補に名前を連ねている人では高市さんが入っていないが、それ以外は菅さん安倍さんも含めて揃っている。2019年の本だが、コロナについての言及がないくらいで今読んでも全く問題ない。

このマトリクスで、改めて自分の政治志向を考えると、縦軸については、以前は、よりリスクの「個人化」の方に目が向いていたが、勉強していく中で、より「社会化」に重きをおくようになった。ただ、縦軸については結局バランスが必要ということになるので、考え方が合理的かどうかが重要だ。
横軸については、右側に偏るのが何より許せない。それは、「人権」という観点を入れた場合に不合理だからだ。したがって今回の候補者では、当然、高市さんが選出されないでほしいと思っている。


本の中で印象的だったのは岸田さんだ。
菅さんが一冊しか著作がないのは知っていたが、岸田さんはゼロ冊だということ(2019年段階。実際には2020年の総裁選出馬のタイミングで2冊出版)で、この本では分析に苦労している。限られたインタビューなどから導かれた結論は、「常に主張が曖昧」ということでマトリクスのⅠⅡⅢⅣのどれにも入らず「中央」!これは確かにイメージには近い。(なお、石破さん、河野さんは当然「Ⅲ」となる)
今回の岸田さんは、最初に出馬表明をし、政策も分かりやすいものを挙げ、いわゆる「二階おろし」は菅さんが出馬を諦めるきっかけとなった。「バナナはおかしに…」の質問に真面目に答える必要はないと思うが、Youtubeで質問に答える仕掛けも面白い。
ただ、モリカケ再調査をすぐに撤回するなど、菅さん以上に安倍さんの掌の上の総理大臣になることが目に見えているのが厳しい。


また、今回も出馬できなそうな野田聖子さん、そして小渕優子さんら女性二人は、自民党の男社会でやっていく苦労も見て取れ、興味深く読んだ。二人の女性がマトリクスの「Ⅱ」に入る中、今回出馬している高市さんは真逆の「Ⅳ」であるというのは皮肉だ。


加藤勝信さんは、菅さんと同様、安倍さんあっての加藤さんということや、これも菅さん同様、人事を握って人を動かす(忖度政治を誘導する)政治家だということがよく分かった一方で、子どもの貧困の解決に力を入れている政治家であることを初めて知った。(マトリクスはⅠとⅡの間)
小泉進次郎が、農業の構造改革に力を入れていたこと等、それぞれの政治家がどのようなことを志向してきたかも一通り確認することが出来たのも有意義だった。


また、最終章に自民党政治の流れの総括がある。
以前は「Ⅱ」に入る自民党議員も多かったが、一度下野して以降は、立憲民主との差別化を図るという意識から自民党議員全体が右下にスライドしたという話はなるほどと思わされる。「右」過ぎる自民党憲法草案が、民主党政権のときに作られていることはその象徴だろう。


現在立候補を表明している岸田、河野、高市の中では、首相として違和感がないのは岸田さんだ。しかし、安倍さんの顔があまりにチラつき過ぎる。
したがって、(石破さんが現段階で意向を示していないが)やはり希望としては河野-石破ラインの「左側」で、安倍さん(麻生さん)が仕切る自民党政治の流れを断ち切ってほしい。
しかし、中島岳志さんのマトリクスでは表現されていない「説明能力」「合意形成」の部分が、実際には総理大臣に強く求められる部分だ。
特に、(コロナ分科会の尾身さんが繰り返し指摘する通り)政治家のメッセージの出し方は、新型コロナウイルス対策の重要な要素を占め、菅さんに最も欠けていた部分だ。河野さんも同様にここが相当に怪しい。
河野さんは、当然、こういった自身の弱点を自覚しているはずなので、自民党内部や対官僚に向けた(恫喝ではなく)「説得」ベースの合意形成や、国民への丁寧な説明に力を入れてほしい。そして、合理的な説明を是とする河野太郎なら、前言を撤回し、モリカケ桜の再調査もやってくれるはずだと信じたい。(信じるしかない)

次に読む本

中島岳志さんの、この分かりやすさはとても魅力なので、近作は読みたい。
また中島岳志さんが名著と推す野田聖子さんの本や、岸田さんの本。特に、今回、色々な政治家のエピソードで「加藤の乱」の話が何度も出てきたが、岸田さんの本ではそこにもページを割かれているとのことで期待だ。