Yondaful Days!

好きな本や映画・音楽についての感想を綴ったブログです。

軽い気持ちで読んだら歴史的名作でした~高木彬光『成吉思汗の秘密』


またもや『鎌倉殿』関連の読書。

『成吉思汗の秘密』というタイトルからは、昔流行した『人麻呂の暗号』を思い出すが、この本は名探偵が登場するタイプのミステリであることが大きな特徴だ。
それどころか、ここで登場する名探偵・神津恭介は、明智小五郎江戸川乱歩)、金田一耕助横溝正史)と並んで「日本三大名探偵」と称されるという。
それなのに、このトリッキーな内容。

兄・頼朝に追われ、あっけなく非業の死を遂げた、源義経。一方、成人し、出世するまでの生い立ちは謎に満ちた大陸の英雄・成吉思汗。病床の神津恭介が、義経=成吉思汗という大胆な仮説を証明するべく、一人二役の大トリックに挑む、歴史推理小説の傑作。

つまり、病床の名探偵が時間つぶしのために歴史的な謎に目を付け、アームチェア・ディテクティブならぬ、ベッド・ディテクティブ形式でストーリーが展開する。
全体を通して言えば、「義経=成吉思汗」説は、それなりに説得力のある内容になっていると納得して終わる。これはあらすじから想定した通りの内容なのだが、読後の満足度は想定していたものを大きく超えていた。
その理由は以下の通り。

構成が巧い

一人二役のトリックが成立するか否か」を調査の目的とし、まず二人の英雄が同時期の活動がないことを確認することからスタートする。

次に、源義経が、奥州衣川で戦死して「いない」ことを証明する。
この辺りは、源平の戦いから義経の人生のレビューになっているので、歴史のおさらいにもちょうど良い。ましてや、現在、『鎌倉殿の13人』『平家物語』『ギケイキ』などを集中的に履修中なので、少し触れる程度でも、しっかり思い出せてとても効率が良い。
さらに、「衣川」以降の義経が辿ったと思われる、宮古や八戸に、義経の史跡や地名がいくつもあることが示される。この辺りまで読むと、義経が衣川で死んでおらず、岩手県側から北に向かったのは事実ではないかと、どんどん説得されていく。(いわゆる北行伝承)
義経はその後、蝦夷地を経て、モンゴルに入ることになるが、そこら辺からは状況証拠の積み重ねになり、やや都合の良い事実の積み重ねっぽくはなる。
ただし、ここも、宋→元→明→清という中国史のレビュー等が入るので、気の利いた世界史の授業を受けている感じ。黄金で栄えた奥州藤原氏の「黄金」がどこから来たのかという話も、とても刺激的な内容だ。

反論がわかりやすい

全16章構成のこの本だが、10章から13章にかけて、神津恭介の友人の歴史学者によって徹底的に反論される。いわく、「義経=成吉思汗」説は、徳川時代から始まって、これまで4回繰り返されてきており、歴史学者にとっては「あり得ない話」であることが証明されているのだ、と。ここで、改めて論点を整理しながら、「伝説」が成立した歴史的沿革が説明される。
ここで面白いのは、今残っている歴史的文書や史跡がすべて正しいわけではない、という当たり前の事実。このあたりは、ストーリーとしての歴史の面白さとは別に、「歴史」とはどういうものかというメタ的な視点から歴史を楽しむことができる。

事実とのリンクが多い

読む前に全く想定していなかったが、この本がエキサイティングなのは、実際に起きたこととのリンクが比較的多く、単純なフィクションと言い切れない部分。

まず、そもそも「義経=成吉思汗」説に手を付けるきっかけとなったのは、1951年にイギリスで出版された実在の探偵小説『時の娘』にある。この本はベッド・ディテクティヴによる歴史ミステリでリチャード三世を題材にしている。ワトソン役の作家・松下研三が、それをヒントに、病床の神津恭介に提案したというのが物語の始まりて、松下研三は、「義経=成吉思汗」説のミステリ小説を『時の息子』というタイトルで出そうとしていた。

また、物語のラストである15章は、1957年に実際に起きたある事件を使って物語をうまくまとめている。実際、本をまとめるぞ!という時期に起きた事件とのことだから、作者自身あとがきに書いているが、運命的なものを感じたに違いない。

そして、15章までで出版されたこの本に対して、説を補強するような読み解きが作家の仁科東子(仁科美紀)から出されたことをきっかけに、16章が追加されている。16章は、神津恭介と直接話をするかたちで仁科東子自身が登場し、持論を展開するのだが、ここも非常に読みごたえがある。

さらに、全く別の面から興味深く感じるのは頻出する「今度の戦争」という表現だ。特に、この表現は、元寇の話のところで多く使われる。たとえばこんな風に。

ただ、この蒙古帝国との和戦の決は、たとえば今度の戦争で、米英両国に宣戦したような、国家の運命を賭ける決断だったのだろう。そういう大問題は、十八の青年が決断するには、あまりにも重大きわまる事柄だが…。
(略)でも、今度の戦争中に、歯の浮くようなお世辞をならびたてたごますり学者がいたでしょう。つまり元寇役では、敵が北からやって来たから、北条氏がこれを撃退した。今度は敵が東からやって来るのだから、東条氏がこれを守るのだと、まるで、ごろあわせのような議論をならべた人間がいたでしょう。

この本が出版された1958年当時は、終戦から13年。
ちょうど、今現在2022年から11年前の2011年の震災を思い出すのと同じようなスパンだ。この中で繰り出される「今度の戦争」論は、(集中して語られるのは元寇の部分だけだが)とても刺激的だった。

おまけが楽しい

本書には、あとがき2編と制作裏話的な「成吉思汗余話」。さらには「お忘れですか?モンゴルに渡った義経です」というタイトルで、高木彬光と成吉思汗の対談(!)が収められており、本書の推理の答え合わせがされている。
さらには、島田荘司の寄稿も良い。デビュー作にあたる『占星術殺人事件』で御手洗潔と石岡が後半にいたるまで室内を動かないままに物語が進行するのは、『成吉思汗の秘密』の影響が大きいというエピソードも、この作品の偉大さを感じさせる。
解説(推理小説研究科・山前譲)には、『成吉思汗の秘密』の江戸川乱歩評もあり、読む前は、『鎌倉殿の13人』つながりで読んでみるか、という軽い気持ちだった自分を責めたくなるほどだ。


名探偵神津恭介が歴史の謎に挑むシリーズは、このあと『邪馬台国の秘密』『古代天皇の秘密』があるというので、こちらも是非読んで、「日本三大名探偵」の活躍を味わいたい。
また、唐突だが、それらのテーマも含めて、星野之宣の「宗像教授」シリーズを読みたくなってきた。『宗像教授伝奇考』では元寇関連の話で、義経=成吉思汗伝説にも触れているとのこと。『宗像教授異考録』は完全に未読。
イロモノかと思ったら歴史的傑作に当たって大変満足しました。