Yondaful Days!

好きな本や映画・音楽についての感想を綴ったブログです。

悪人が裁かれない嫌な事件~『そして陰謀が教授を潰した ~青山学院春木教授事件 四十五年目の真実~』

教授による教え子強姦事件は有罪か、無実か。

本作は、1973年に青山学院で起きた「教授による女子学生強姦事件」の真相を、
元新聞記者である著者が執念をもって追いかけた45年の集大成となるノンフィクション。

青山学院法学部・春木猛教授(当時63歳)が、教え子の同大文学部4年生の女子学生へ、3度に亘る強制猥褻・強姦致傷の容疑で逮捕される。

春木教授は懲役3年の実刑が確定し、一応の決着とされるが、
教授自身は終生「冤罪」を訴え、無念のまま亡くなった――

事件当時、新聞記者だった早瀬氏は、事件の裏にある、
女子学生の不可解な言動や、学内派閥争い、バブル期の不動産をめぐる動きなど、
きな臭いものを感じ、45年かけて地道に取材を続けます。

有罪なのか、冤罪なのか、
事件だったのか、罠だったのか……。

本書は、その取材の記録と、
早瀬氏なりの「事件の真相」に迫る作品。

小説家の姫野カオルコ氏による文庫解説も必読です。

このあとに読んだ本の体感速度が、かなりハイスピードだったこともあり、それと比較すると、特に終盤が退屈でなかなか進まない読書となった。
しかし、この本の成り立ちを考えると、それも当然のことだと考え直した。


こういった実事件についてのルポルタージュは、通常数年前=十数年前の事件の真相に迫るものが多いだろうが、そもそも、この事件は1973年で、自分は1974年生まれだから生まれる前の事件。
しかも、あらすじにある通り捕まった春木猛教授は当時63歳で、1994年にすでに亡くなっている。本の出版は2018年ということで、亡くなって24年後に改めて冤罪を訴えた本ということになる。
したがって、「予想外の展開」が生じるわけはなく、この事件が冤罪であることも、その冤罪を誰が仕掛けたかも、前半である程度整理して示されており、だから後半が退屈に感じてしまう。


この事件については、数年おきにいくつかの雑誌が取り上げ、記事になっていたが、それらの記者の取材資料(いわばバトン)を受け取った*1元新聞記者の早瀬圭一が、背後関係をさらに精査したのが、この本の功績であり、この本の単行本のときのタイトルが『老いぼれ記者魂』だった理由なのだ。
そういった「この本の読み方」を、姫野カオルコの文庫巻末解説を読んでからやっとわかった。


繰り返すが、著者の早瀬氏が追究したのは「何が起こったか」ではなく「なぜ事件関係者がこのように動いたか」である。そのために、情実入学、地上げ、学内派閥争いの詳しい状況について詳しく調べてある。
そして、事件の「被害者」とされた、当時女子大生のT・A子さんが、何故、教授を陥れるような行動をとり、「嘘」をついたのか、という、事件の根源に行き着く、というのが、この本のクライマックスに当たる。


解説の姫野カオルコは、事件当時中学生で、ニュースで取り上げられるぼんやりした情報から春木教授が「罰されるべき人間」としてとらえていたという。
そういう人にとっては「45年目の真実」には意味があり、当時の自分を反省したりすることにも繋がるだろう。
しかし、この事件自体が初耳である自分のような人間からすると、ひたすらに春木猛教授が気の毒であり、春木教授を陥れた人間たちに腹が立って仕方がなく終わる本である。
この本では悪人は罰されないし、そもそも彼らも亡くなってしまった。
姫野カオルコは、解説で、本書のことを徹頭徹尾「腹の立つ本」と書いているが、まさにそのとおりだ。

終始腹を立てて読了したあとには、鳥肌の立つ落胆に包まれる。
正直に規則を守って生活している市民には見えぬところで、一部のだれかは、司法さえも操作しているのか。良心が鮮やかに抜けているほうが、労なく快適な生活を送れるのか。そうなのか。そうなのだろう。

1973年当時と比べて、勿論、状況が改善していると信じたいが、司法関係者の人から「こんな事件、こんな法判断はいまではありえない」と言ってほしい。

*1:『チ。』のように。