Yondaful Days!

好きな本や映画・音楽についての感想を綴ったブログです。

ツール・ド・フランス2022前半×近藤史恵『エデン』

AmazonプライムのJSPORTS(お試し期間無料)にも登録し、ジロ・デ・イタリアの振り返りとツール・ド・フランスの追っかけを始めた。 

ジロ・デ・イタリアも約3週間かかるレースなので、休息日にまとめて7~9レースくらいを振り返る番組(休息日TV、1時間くらい)を観て全体を抑え、その後、ツール・ド・フランスは、数日遅れのデイリーハイライトを見ている。
1ステージ(1日分)を15分程度*1で見られるデイリー・ハイライトは、自分にとってちょうどよい長さで、これを見ていくことでやっとレースの見方が少しずつ分かってきた。
最初は、有力選手の名前を覚えることが重要だろうと思って、そこが気になっていたが、それに加えて、チーム名とジャージを覚えないと、そもそも実況が何を喋っているのかがわからない。
それもあり、今はレースを見れば見るほど知識が増え面白さも倍増している状況にある。


現在、ツール・ド・フランスを第9ステージまでを見た段階で、一番面白かったのは第7ステージ。
最後に24%という恐ろしい坂のあるコースで、ジャージが好きなチーム「ボーラ」のケムナが逃げ切りを狙い、そこにアタックをかけた「ユンボ・ヴィスマ」のヴィンゲゴーが、坂でヘトヘトになったケムナを追い越すも、残りわずかで「UAEチーム・エミレーツ」のポガチャルが追い抜くという展開。
番組の実況では、抜かれるケムナを「生まれたての小鹿のよう」と形容していたが、とにかく激坂がすごすぎて、そこまで力を貯めていた選手と、使い切ってしまった選手の差が強烈なレースだった。
ポガチャルは23歳という若さで大会2連覇の注目選手で、顔もカッコいい。第9ステージまででは、ポガチャルが総合1位(マイヨ・ジョーヌ)で、強さを見せつけている。今後もポガチャルを軸にレースを見ることになると思うが、このあと、「チーム」の力がどういう風に総合優勝争いに関わってくるのか楽しみだ。

news.jsports.co.jp



さて、『エデン』は、そんな、ツール・ド・フランスが舞台になっている。

サクリファイス』から3年。
チカ(白石誓)は、日本のチーム・オッジ→スペインのサントス・カンタンを経て、今はフランスのチームであるパート・ピカルディに所属している27歳。
エースのミッコ・コルホネンを支えるアシストとして初のツール・ド・フランス!というその直前に、スポンサーの今季撤退が告げられる波乱の幕開け。

そして、この小説で、自転車ロードレース界の期待の若手として登場するのが二コラ・ラフォン。(ただし24歳というからすでにポガチャルよりも年上だ。ポガチャルが、いかに突出した選手であるかがよくわかる。)

ツール・ド・フランスで長らくフランス人の総合優勝者が出ていないこともあり、フランス人であるニコラへの期待も大きい。ただ、二コラは、スターを気取るタイプでも、ガツガツしているタイプでもなく、チカとも仲良くなる。(なお、ポガチャルはスロベニア人)

あれから三年──。白石誓は唯一の日本人選手として世界最高峰の舞台、ツール・ド・フランスに挑む。しかし、スポンサー獲得をめぐる駆け引きで監督と対立。競合チームの若きエースにまつわる黒い噂には動揺を隠せない。そして、友情が新たな惨劇を招く……。目指すゴールは「楽園」なのか? 前作『サクリファイス』を上回る興奮と感動、熱い想いが疾走する3000kmの人間ドラマ!


この『エデン』は、「黒い噂」と「惨劇」の真相が明かされ、ミステリとしての種明かしが終わったあとで、チカがまたひとつ成長を見せる。
その部分に感動した。
サクリファイス』も似た構造になってはいたが、最後、二コラの引退を撤回させようと説得するチカは覚悟が違う。

ぼくはひとりでここまできたんじゃないんだ。今まで何人の日本人自転車選手が、ツールに出たいと夢見たことだろう。その夢を見て走っただれかに触発されて、またその夢を見る選手がいる。そうやって、夢は受け継がれて、ぼくのところにやってきた。たまたまぼくのところで、花開いただけだ。そして、ぼくの後にも夢は続く。今度はきっとツールでステージ優勝を果たしたいと夢見る選手が出てくる。(略)
何人もの選手が、チームの関係者が、スタッフが、スポンサーが、フランス人の勝利を望んだはずだ。何人もの有望新人に夢を託したはずだ。それでもその夢は叶えられず、別の者に手渡されていき、きみの手に渡ったんだ。(略)総合優勝するかもしれないフランス人を応援する喜びを、みんなに与えた。今、フランス人の夢は、きみの手にある。咲かせようとする努力すらせずに、手放すのは不遜だよ。p304

この考え方は、最近の「日本人代表として」というより「楽しむ」ことを尊重する近年の五輪選手の考え方からすると、少し時代遅れの部分もあるかもしれない。しかし、あれほど勝つことにこだわりが無かったチカが二コラを説得する言葉として出てくると泣けてくる。
このあと、チカは、こういった周囲の期待や、それに応えなくちゃという気持ちを「呪い」とも言い、ツール・ド・フランスの舞台を、そういった「呪い」を背負った過酷な「楽園」と形容している。
プロスポーツの華やかな部分と過酷な部分をミステリというかたちで読ませるこのシリーズは本当に面白い。そして、何より実際のレースで毎日かわりがわり登場するステージ優勝者(時に「復活」のステージ優勝ということで涙を流す選手もいる)を見ながら、彼らにも、多くの「呪い」があるのだろう、と想像させる格好の副読本になっている。


余談だが、レースを見ていると、日本では考えられないレース中の選手と観客の近さに驚きっぱなしだが、今年のツール・ド・フランスでも第5ステージの石畳区間で、観客との衝突の事故(頸椎骨折)が起きてしまった。これは本当に残念なこと。
これは選手と観客の信頼関係の話だが、レース中でも、選手同士の信頼関係で成立している暗黙のルールがいくつかあるようで、そのあたりも勉強しながらレースを楽しみたい。

the-ans.jp

*1:Youtubeで見ることのできるデイリーハイライトは5分ほどだが、これだと結果のみしかわからない。コースと展開を最小限で知るにはどうしても15分程度は必要となる