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水木しげる『神秘家列伝 其ノ壱』

神秘家列伝〈其ノ壱〉 (角川ソフィア文庫)

神秘家列伝〈其ノ壱〉 (角川ソフィア文庫)

古今東西、類い希なる異人たちの半生が、巨匠のペンで蘇る。
登場するのは、スウェーデンボルグ、ミラレパ、マカンダル、明恵

これは面白い。

  • 500kmも離れたストックホルムの大火事の様子を事細かに言い当て(スウェーデンボルグ千里眼)、カントやユングからも一目置かれたスウェーデンボルグ。(科学者としての功績も大きく、人類史上初めての合理的な航空機のデザインを考案し、その模型は、現在もスミソニアン博物館に展示されているという。)
  • 修行によって空を飛ぶこともできるようになったチベットのミラレパ。
  • 世界初の黒人共和国として独立したハイチの国民の心を支えたマカンダル。(ブードゥー教の成立に大きくかかわる人物)
  • 北条泰時の時代に、夢について研究し続けた僧・明恵(みょうえ)。(「あかあかや あかあかあかや あかあかや あかあかあかや あかあかや月」という短歌でも有名。)

面白いのは、彼らの伝記的事実だけではない。
ところどころに挟まる、ナビゲータ役のネズミ男、あるいは作者水木しげるの分析がめっぽう面白いのである。
たとえば、つのだじろう*1であれば、「死後の世界はこうなっているのだよ。」「だからスウェーデンボルグの行ったことも不思議ではないのだ。」というスタンスでの説明が挟まるだろう。これは、90年代末期、一世を風靡?した漫画『MMR』と似たスタンスだ。あくまで霊界ありきで話が進められる。
それに対し、水木しげるは、一歩引いた立場で、偉人たちの言動を論じる。あとがきでもこう書かれている。

私は昔から神秘好きではあったけれども、どうも百パーセント信じられないものだから、もっぱら観察をしていたわけだが、どうしたわけか(少しボケたのかもしれないが)だんだんと神秘的なものを、ある程度信ずるようになってきた。

読者は、常に、自分のスタンスを確認しながら(視点のスイッチをしながら)冷静に興味を深めていくことができる。MMRを読むとき、突飛な論理展開についていけずに、もはや笑いながら突っ込み続けるしかないのとは大きな違いだ。
なお、水木しげるネズミ男の出番が少ないミラレパの回は、他に比べて退屈に感じた。やはり彼らの登場がテンポアップと視点のスイッチに大きく役立っていたことが推測される。
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どの話も面白く読んだが、特に、マカンダルと明恵の話がよかった。
マカンダルの話は白人に虐げられた黒人の歴史ということで、ブルース発祥の物語と重なる部分があった。ブードゥー教もブルースも、アフリカ文化に端を発するが、純粋なアフリカ文化ではなく、奴隷制度の中で生まれていったものだ。
明恵の話は、(おそらく水木しげるの趣味だと思うが)性欲と戦う明恵の描写が複数回登場し、人間くさくて好感を持てた。(『グミ・チョコレート・パイン』を思い出した。)
ネズミ男いわく「聖者とか仏教徒が、性欲をおさえきれなくて、それを何かにすりかえて“聖者”ぶるのは、私は賛成しない。(略)それはエライわけでもなんでもない。(略)聖者ほどスケベなんだと私は思う。」ということだそうだ。
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現在、「ゲゲゲの鬼太郎」の関連で、書店店頭には絵本や文庫の漫画などが多数ならんでいるが、ときを同じくして、自分にも水木しげるブームがやってきた。まずは、神秘家列伝の続きがもう少し読みたい。

*1:『うしろの百太郎』や『恐怖新聞』で有名。小中学校時代は繰り返し読んだ。