Yondaful Days!

好きな本や映画・音楽についての感想を綴ったブログです。

現在起きているのは「漸進的なジェノサイド」の総決算~岡真理『ガザとは何か』

地獄とは、人々が苦しんでいるところのことではない。
人が苦しんでいるのを誰も見ようとしないところのことだ。
マンスール・アル=ハッラージュ)
p102

「GWに積読本を消化しないと!」という、小さな気持ちから読み始めた本だったが、強烈な読書体験だった。
本は、10/7の奇襲攻撃に端を発するイスラエルのガザへの攻撃を受けて行われた、京都大学(10/20)、早稲田大学(10/23)での緊急講演を2部構成で納めたもの。
パレスチナ関連については、基本知識は色々なところで目にし耳にし、それなりに把握していると思っていたが、この本を読んで、やっとそれらが有機的に繋がった感じがした。目から鱗とはこのことだ。


自分にとっての「鱗」ポイントは3つある。

(1)ガザの完全封鎖

この本で繰り返され、最も印象的だった歴史的事実は、2007年から始まったガザに対する完全封鎖の状況。
本文から長めに引用するが、ここだけ読んでも辛くなる。自分が何を見過ごしていたのかを突きつけられて愕然とする。

完全封鎖されたガザは「世界最大の野外監獄」と言われます。完全封鎖というのは、単に物が入ってこなくて物不足になるとかいう、そんなレベルの話ではありません。占領者が自らの都合のいいように、なんでも自分たちの意のままに決めているということです。
230万の人間が、占領者に服従しなければならない、そういう状況に生まれてからずっと置かれている。今、この講演会場には大学生の方々がたくさんおられますが、ガザの同じ年代の若者たちは物心ついてから、ずっとガザに閉じ込められているんです。それを世界はこの16年見捨てているわけです。この世界最大の野外監獄の中で、パレスチナ人が「生き地獄」と言われるような状況の中で苦しんでいても、世界は痛くも痒くもない。ずっと放置している。何か凄まじい攻撃が起きた時だけ話題にして、停戦したら、もう忘れる。その繰り返しです。そこでイスラエルによる戦争犯罪が行われても、問題にしない
p84

  • 電気の使用も制限
  • 水道水は飲料に不適
  • 乳幼児の過半数が栄養失調
  • 失業率は46%(世界最高)
  • 排水ポンプも稼働できず、冬季は毎年洪水が起きる

これらの状況が、イスラエルによる完全封鎖によって生じている。
しかもそれが2007年から16年以上もの間、続いている。今回、物資不足が問題になって、「栄養失調が起きているなんてひどい!」と思ったが、何のことはない。物資の搬出入の制限は16年続いていることで、今回これまでよりも入口を絞っただけのことだったのだ。


また、理解が進み、衝撃を受けたのは「封鎖」に至る経緯。

  • 2007年の完全封鎖まで
    • 2005年:ガザからイスラエルの全入植地が撤退
    • 2006年:パレスチナ立法評議会選挙でハマースが勝利
    • アメリカ(やEU)はファタハをけしかけてクーデターを画策させるが、内戦はハマースが勝利
    • 内戦での分裂により、ガザはハマース政権、西岸はファタハ政権という二重政権に

そして、アメリカやイスラエルがテロ組織とみなすハマースを政権与党に選んだパレスチナ人に対する集団懲罰として、2007年、ガザに対する完全封鎖が始まります。p76

この流れは、ファタハとハマースの位置づけがよくわかる出来事であり、特にアメリカや国際社会の関わり方にはとてもショックを受けた。
完全封鎖を生み出したのは、思い通りに行かなかった選挙結果に対する「懲罰」なのだと読める。(なお、「集団懲罰」は国際法違反)
抜粋して書き出しながら、「おかし過ぎるだろう…」と驚愕している。

(2)占領と民族浄化

それでは2007年の完全封鎖前はどうだったのか。この本では、封鎖前の2005年に、ガザの政治経済の研究者であるサラ・ロイさん(ユダヤアメリカ人)によって書かれたエッセイが引用されている。

過去35年のあいだ占領が意味してきたのは、追放と離散でした。家族の分断、軍の統制によって組織的に否定される人権、市民権、法的・政治的・経済的権利でした。何千人もの人々に対する拷問、何万エーカーもの土地の収用、7000以上におよぶパレスチナ人の家の破壊、パレスチナ人の土地に不法なイスラエル人の入植地を建設し、過去10年間に入植者の人口が倍増したこと、パレスチナ人の経済をまず切り崩し、そして今は破壊していること、封鎖、外出禁止、地理的に分断し住民を孤立させること、集団懲罰などでした。(略)

占領とはひとつの民族が他の民族によって支配され、剥奪されるということです。彼らの財産が破壊され、彼らの魂が破壊されるということなのです。占領がその核心において目指すのは、パレスチナ人が自分たちの存在を決定する権利、自分自身の家で日常生活を送る権利を否定することで、彼らの人間性をも否定し去ることです。占領とは辱めです。絶望です。
p154


京都大学での講演(第1部)では、京都在住のパレスチナ人の方も話をしており、この中で、占領下の生活についても触れられている。

十年前に日本に来る前はヨルダン川西岸に住んでいました。生まれた時からずっと軍事占領下で生きてきました。(略)
検問所を通らねばならないため、車で20分しかかからない大学までの道のりを2時間かけて通い、毎日毎日、人間性を否定され、顔の前に銃を突きつけられ、「名前は? なぜここに来た?」と問いただされました。ただ私がパレスチナで生まれ、私の家族がパレスチナ人だからという、ただそれだけの理由で。子供の頃からずっとそうでした。
p104

占領というのは、つまりこういうことなのだ、と、自分の認識を改めた。
かつて日本も他国を占領下に置いており、ガザに比べれば短い期間ではあるが、同様の状態を強いていたのだろう、ということも含め。


そして民族浄化
1948年に、イスラエルパレスチナ人に対して意図的な、組織的かつ計画的な民族浄化を行った。(「ナクバ」と呼ばれる)
ただ、それは75年も前のことで、ジェノサイドや民族浄化は、現代ではもはや起き得ないものと思っていた。しかし、今回のような事態*1が生じてしまうと、イスラエルは、政府高官自らが公言する通り「第二のナクバ」を行おうとしていると理解するしかない。


占領下の地域を完全封鎖した上で、抵抗が生じたら、それを口実に民族浄化としか言えない無差別攻撃を進める状況。これは「戦争」とはとても言えない。

(3)ガザとは実験場

本の中では、タイトルの質問「ガザとは何か」に対して複数の回答が出されている。
その中でも一番心に響いたのは早稲田大学講義(第2章)でのこの言葉だ。

ガザは実験場です
2007年当時で150万人以上の人間を狭い場所に閉じ込めて、経済基盤を破壊して、ライフラインは最低限しか供給せず、命を繋ぐのがやっとという状況にとどめおいて、何年かに一度大規模に殺戮し、社会インフラを破壊し、そういうことを16年間続けた時、世界はこれに対してどうするのかという実験です。
そして、分かったこと---世界は何もしない
ガザでパレスチナ人が生きようが死のうが、世界は何の痛痒も感じない。彼らが殺されている時だけ顔をしかめてみせるだけ。だから、なるべく攻撃が世界のニュースにならないように、できるだけ短期間におさめるのが得策ということになる。
p142

著者の岡さんの専門は文学で、自ら「今、私たちが何よりも必要としているのは、”文学”の言葉ではないかと思います」(p144)という通り、「実験場」というのは文学的表現であり、中立的な言葉ではないかもしれない。しかし、ここまでのガザの歴史を改めて振り返ると、むしろ状況を正確に表している表現と感じられる。
実験というのは実験する者が外側に存在し、実験状況は、外側の人の匙加減だということ。実験場の中の住人に責任を求めること自体が誤りだろう。


もちろん報道の問題も大きい。さも問題の本質を語っているように、「暴力の連鎖」「憎しみの連鎖」「テロと報復の連鎖」という言葉でまとめる報道は目くらましだ、ということがよくわかった。
今起きているのは、もちろん「戦争」では全くない。75年前からじわじわと続く「漸進的なジェノサイド」の総決算のようなもの(p102)なのだ。

国際社会は何をすべきか。私たちは何をすべきか。

国際社会は何をすべきかについて、この本では「人道支援ではなく、政治的解決を」と繰り返す。日本は、今回も15億円の人道支援をすぐに表明したが、これに対して「私たちは怒らなければならない」という。

もちろん、今生きていくためにはそうした人道支援は不可欠です。でも、封鎖や占領という政治的問題に取り組まずに、パレスチナ人が違法な占領や封鎖のもとでなんとか死なずに生きていけるように人道支援をするというのは、これは、封鎖や占領と共犯することです。だから、政治的な解決をしなければいけないんです。
p180

これまで、パレスチナ問題は、その歴史の長さから、難しく、すぐに答えが出せないものと思っていた。しかし、それは「憎しみの連鎖」という常套句に惑わされていたに過ぎず、すぐに行わなくてはならないことは、ある程度明確だ。
イスラエル国際法にしたがわせること。それが出来ないなら、国際法の意味がないし、ウクライナの戦争など、他の国際問題の対処にも影響する。


ちょうどアメリカでは反イスラエルのデモが拡大しているが、この本を読んで、その気持ちがとてもよくわかったし、親イスラエルの代表的な国での抗議活動には勇気づけられる。
なお、自分も何か連帯できる部分はないかと、登戸で開催されている「パレスチナ あたたかい家」展(Palestine,Our Warm House)にも参加して少しですがグッズを買ったりお金を落としてきた。
早い時間から人が絶えず、少しでも何かできないかと思いを同じくする人がたくさんいることに、ここでも勇気づけられた。
(犬はきなこさんというそうです。↓)


本の最後に質疑応答が収められており、その中で「私たちにできることは何か」という質問がある。
これに対して岡さんは「何ができるかというより、何をしなければならないか」だと少し修正した上で、たくさんあるが、最も基本的なことは正しく知ること、としている。
今回、『ガザとは何か』を読んで、パレスチナを読み解くための強固な視点を得ることができた。これをもとに、改めて他の本を読み勉強しておきたい。そして、色々な形で支援もしていきたい。


*1:南に逃げろと呼びかけながら避難ルートを攻撃。さらにはラファに集めてラファを爆撃。