Yondaful Days!

好きな本や映画・音楽についての感想を綴ったブログです。

イスラエルは何故ガザ虐殺で正当性を主張できるのか?~ダニー・ネフセタイ『国のために死ぬのはすばらしい?』

ここ最近は、イスラエルパレスチナ関連のニュースが「酷い」。
停戦終了後、戦闘、というより、イスラエルによる一方的な攻撃の舞台はガザ地区北部から南部に移り、これまでの累計死者数は1万7千人を超えるという。

ウクライナの戦争でもそういう側面はあったが、今回、報道やSNSで毎日のようにパレスチナ側の犠牲者の映像を目にする。
そんな中では、「イスラエルは、何をどう考えて、このジェノサイド*1を正当だと思っているのだろうか」と考えてしまう。
病院への攻撃も酷いし、公文書館の破壊も酷い。
そして何より、「ハマス戦闘員1名につき民間人2名を死亡させている巻き添え」を「良い割合」だと、人命というより工場での生産のように評するのは、いくら何でもあり得ない。

www.asahi.com

news.yahoo.co.jp


もうひとつ「ありえない」と感じるのは、アメリカの姿勢。
即時停戦を求める決議案に対して、アメリカが拒否権を行使して決議案が否決。ロシアがそれを非難するという、「いつも」と反対の状況が生じている。  

そして、8日午後、日本時間の9日午前6時前から決議案の採決が行われ、15か国のうち、日本やフランスなど13か国が賛成、イギリスが棄権しましたが、常任理事国アメリカが拒否権を行使し、決議案は否決されました。

(略)
アメリカが拒否権を行使したことについて、ロシアのポリャンスキー国連次席大使は「きょうは中東史上、暗黒の日のひとつとなったと言っても過言ではない。アメリカは紛争地での停戦の呼びかけをまたもや阻止し、何千人もの民間人や彼らを助けようとしている国連職員に対して、文字通り死刑宣告を下した」と強く非難しました。
安保理 ガザ地区の停戦決議 アメリカ拒否権で否決 | NHK | 国連安全保障理事会

このようなイスラエルパレスチナの経緯については、勿論、日々の報道の中で解説されるものでは到底足りず、しっかり勉強する必要を感じている。
しかし、それとは別に、イスラエル人は何故ここまで自分たちの正当性を主張できるのか?という疑問から、以下の本を読んでみた。

イスラエルの元空軍兵士だった著者が、退役後、バックパッカーとなってアジア諸国を放浪の旅に出た。
日本の土を踏んだのは1979年10月、以来40年近くを日本で暮らしている。

家具作家の著者は、「世の中を良くすることも物づくりをする人間の使命である」という信条をもち、戦乱の絶えない祖国イスラエルを批判、「3.11」後の日本で脱原発の道を進むことを願い、活動をつづけている。

本書は2部構成で、第1部は「イスラエル出身の私が日本で家具作家になった理由」として、著者の生い立ち、イスラエル愛国心教育、軍隊経験を中心に、日本で根を下ろすまでを描いた。

第2部は「私はなぜ脱原発と平和を訴えるのか」として、本業の家具製作のかたわら、平和運動脱原発の活動を通して仲間と出会い、イスラエルと日本のより良い未来のための提言をまとめた。

Amazonあらすじ)

あらすじに書いてある通り、この本の前半部は、生まれる前の家族の話から始まり、退役後の半年~2年間を自由に過ごす「退役旅」の途中で日本を訪れたことをきっかけに、日本に移住し、家具職人になる半生について書かれている。


この中では、イスラエル人のアイデンティティに触れる教育・思想の話が非常に勉強になった。
一番印象に残っているのは、本の冒頭でも紹介があるゴルダ・メイアの発言。

「私たちがされたことが明らかになった今、私たちが何をしても、世界の誰一人として私たちを批判する権利はない」

1961年に行われた、ホロコーストに深く関与したナチスのアドルフ・アイヒマンを裁いた裁判(アイヒマン裁判)後に、当時の外務大臣で、1969-74年には首相(イスラエル初の女性首相)となるゴルダ・メイア*2の発言だ。
この発言の影響は現在までずっと続いており、パレスチナの人々への差別や迫害への非難を受けても、イスラエルは外部からの批判に一切耳を貸さない国になった一因だという。

このような、国民としての意識の共有があった上で、イスラエル人は、子ども時代から愛国教育を受ける。

私たちイスラエルの子どもは、「相手を嫌っているのはイスラエル側ではなく、アラブ側である」「戦争を望んでいるアラブ人と違い、私たちユダヤ人は平和を愛する優れた民族である」「悪者のアラブ人は和平交渉も不可能だし、彼らの言うこともけっして信用できない」と信じ込まされている。それは学校の教育だけでなく、家庭や地域、メディアで接する情報の積み重ねによって、固い"信念"が作りあげられるのだ。
さらに、イスラエルの子どもたちが就学前から教え込まれる二つの物語がある。私たちが受ける教育の中では、マサダとテルハイの教訓が強調されてきた。それは「捕虜になってはいけない、最後まで戦い続ける」、「国のために死ぬのはすばらしい」というもの。

国のために多くの犠牲者を出したマサダの戦い(73)、テルハイの戦い(1920)での教えも広く行き届き、イスラエルでは「戦死」が最も栄誉ある死とされている。反対に「自殺」は恥ずべきものとされ、家族でも死因を伏せていたため、父を自殺で亡くしたダニーさん(著者)は、死後2年半経ってガールフレンドから父の死の原因を知ったという。
さらに、イスラエルでは小学校の頃から勉強する旧約聖書では、ユダヤ人が他より優れた神に選ばれし民族であることを学び、軍隊に入ったときに配られる「軍隊仕様」の旧約聖書の冒頭にある「旧約聖書を勉強することによって、私たちユダヤ民族の起源とつながることになり、これによってより良い民族と軍隊を作ることができる」という言葉に鼓舞され、立派なユダヤ人が育っていく。

なお、これらの「兵役」についてはイスラエルでは次のようになっている。

  • 高校卒業後に、男性は3年、女性は2年の兵役に就く
  • 退役後も男性は年に一ヶ月の予備役がだいたい45歳まで続く。戦争が起きた場合は45歳までの全ての男性が招集される。
  • したがって、22歳から45歳までのほぼ全てのイスラエル人男性は毎年一ヶ月間、家を空けている。

つまり、家族で過ごしていると、「今日は予備役でお父さんは家にいないよ」ということも普通で、子どもも兵役を身近に感じることになり、戦争への抵抗感がなくなっていくという。

なお、「予備役」という仕組みはこれまであまり意識していなかったが、韓国でも2年弱の兵役後に、予備役として8年間は、1年に2日間の訓練、その後の10年間も民防衛隊で年に一度簡単な訓練を受けるというので、約20年間の服務義務を果たさなければならないようだ。*3

話は戻るが、ダニーさんの本にも「軍隊仕様」の旧約聖書について言及があった通り、イスラエルでは、宗教と軍事には強い結びつきがあると言える。
イスラム教に対しては、「聖戦」というキーワードも含め「宗教と戦争の結びつきが強い」という悪いイメージがあるが、ユダヤ教はそれ以上ということなのかもしれない。


これに関連して、先日のTBS「報道特集」で、「ユダヤ教超正統派」の特集があった。
newsdig.tbs.co.jp

彼らは、ユダヤ教の教えを守るため以下のように行動を律している。

  • 肉用と乳製品用でシンク、食器を分ける
  • 安息日(土曜日)は電子機器の電源を切る
  • メールはOKだが、インターネットやテレビは見ることができない
  • メール以外の情報は、街なかの壁新聞から情報を取る。

彼らの生活は祈りと共にあり、中には、1日あたり3~4時間祈る人もいるという。祈りの中心はイスラエル軍の全面勝利、ハマス根絶で、通常考える「宗教の祈り」のイメージと異なる。(パレスチナ連帯を願う超正統派もいるが、ごく一部のようだ)

さらに、国際法といえども人定法であり、神が与えた教えが上位に来るため、結果として、国際法を無視した行動も賞賛する。
ただし、彼らには、宗教的活動のための兵役免除の仕組みもあるというから、外部からの批判も多く、イスラエルの中心的存在とは言えないグループなのだろう。
しかし、重要なのは、多産が奨励されているため、出生率が6.7人と、イスラエル平均の3倍もあるということ。
したがって、現在は人口の16%だが、2065年までに1/3を占めると想定されているということで、全く無視できない存在だ。


ネタニヤフ政権は、政権維持のために、極右政党支持者やユダヤ教超正統派にも配慮する必要があり、「和平」の方向に舵を取れば「弱腰」と言われるから、本人が考えているよりも、どんどん右方向に旋回しているようにも見える。
アメリカも、バイデン本人の考えというよりは、支持者への目配せから、イスラエル支持の立場を取り下げることが出来ないのだろう。*4


本の後半では、ダニーさんは、日本の現状をイスラエルと重ねてみて、日本の将来に危機感を抱き、反戦や反原発の活動を始める。


確かに、こういった(悪いとわかっていても止められない)柔軟性を欠く政治判断や、軍国主義的な考え方、軍隊的な教育への要望は、日本国内でも見られるし、周辺国を下に見て日本は優れた国だ、と考える人は、かなりの数いることも確かだ。
しかし、そうだとしても、今回のパレスチナへの仕打ちはやはり酷過ぎるし、さすがに日本もここまではしない!


…と思っていた。
が、別の本の文章を見て、日本人も同じだった、と思ってしまった。

たびたび深刻な人権侵害が指摘される入管について、私はずっと不思議に思っていた。入管の背後に誰か黒幕がいて、その人物に指示されて問題が起きているならわかりやすい。だが、どうやらそうではないらしい。

実際は、入管に勤めると多くの人は職場の雰囲気に染まってしまうようなのだ。そして、その体質に耐えられない人たちは辞めていく。児玉は入管の体質を「入管文化」と呼んでいる。日本は敗戦後も旧植民地時代の朝鮮半島の人々を長崎の大村入管に収容した。そして、その悪しき文化はいまだに受け継がれ、連綿と続いているという。

佐々涼子『ボーダー 移民と難民』p115

そうだった。


自分も日本の入管の状況を本で読み、ニュース映像で見て、「何故?」と思っていたのだった。
イスラエルパレスチナに対する仕打ちに対して感じるのと同じように。


入管を支持する人達に言わせれば、在留資格のない外国人は絶対悪で、入管が正義。
善人に見える外国人がいても、それは「偽装難民」だ、と決めつける。
その空気にしたがって国は入管法改正案を通し、排外主義的な発言を繰り返す与党政治家は何の処分も受けない。
ここだけ取り出してみれば、現在のイスラエルパレスチナに対する考えと大きく変わらないようにも見える。
現在の日本の教育は、そこまで間違っていないし、全体数で言えば、いわゆる「右派」が絶対多数とは思えないのだが、今の与党である自民党の空気がそうさせているのだろうか。


最初の疑問に戻るが、確かに、イスラエルは国として「ガザ虐殺で正当性を主張」しているように見える。
それは、日本が国として「難民を受け入れようとしない」のと同じことなのかもしれない。
つまり、政権維持などの目的のために、国としての主張が、大多数の国民の意見を代表しているというよりは、右寄りの国民への配慮によって成立しているという要素も無視できないだろう。
ただし、イスラエルには「右寄り」に世論が傾きやすい条件が揃っているということは言える。特に、教育、政治は大きい。
日本がそういう方向に進まないように、国内政治にも危機感を持って見続ける必要がある。

これから読む本

スタート地点のイスラエルから大きく離れて、改めて宿題が増えてしまった気がするが、日本の状況との比較から言っても、国としての主張は、国内の政治状況や宗教的背景なども抑えておかなければ理解しにくいものであることを改めて感じた。

イスラエルについては、基礎的な勉強が不足しているし、短いスパンで、さらに状況が大きく変化する可能性もあり、年内にも、もう少し本や映像作品を見て見識を深めたい。


*1:民族浄化」という言葉も用いられる。個人的な感覚では「民族浄化」の方が字面の意味がわかるので「苛烈」な言葉にも聴こえるが、この言葉を「ジェノサイド」の言葉を優ソフトに言いかえていると非難する人もいる。難しい。

*2:ゴルダ・メイアについては伝記映画もあるようなので観てみたい。

*3:https://www.konest.com/contents/korean_life_detail.html?id=557

*4:なお、キリスト教シオニズムという考え方を最近、知った。シオニズムユダヤ教独自の考えと思っていたが、福音派の人たちは、ユダヤ人がパレスチナに移住することを良しとするようだ。