Yondaful Days!

好きな本や映画・音楽についての感想を綴ったブログです。

「日本の恥」としての入管~織田朝日『となりの難民』

「難民」という言葉を聞いて、あなたは何を思い浮かべますか?
外国で住む場所がなくなった人? それとも、どこか遠い国にあるキャンプの人たち?
じつは、日本にも難民がいるんだよ。子どもだって難民になってしまうことがある。
そう、世界の難民の半分は、子どもたちなんだって。
【 全国学図書館協議会 選定図書 】

名古屋出入国在留管理局(名古屋市)に収容されていたスリランカ人女性、ウィシュマ・サンダマリさん(当時33歳)が死亡した問題をめぐって、国会でももめている入管法「改正」について、基本的知識を得るべく、まずは中高生向けのこの本を読んでみた。
この本は、支援者の立場から入管施設に収容されているたちの話を聞くことの多い織田朝日さんが、実際に見聞きした多数の具体例をもとに入管施設の問題点を整理したものとなっている。
Amazonのレビューでは、法制度的な面からの解説が少ないので、「感情論」という批判を書いている人もいるが、入管施設に関心を持ってもらおうという作者の主旨からすれば問題ないと言える。
そういった「感情論」も込みで施設収容者の方の話を繰り返し読む限り、入管施設の一番の問題点は「無期限収容」にあると感じた。

半年で出られるのか、1年なのか、3年なのかだれにもわからない。せめて、それさえわかっていれば1年がんばろうと目標になり、気持ちを強くもつこともできます。
この無期限収容が、なにも展望がもてず、収容者が精神的にまいってしまう最大の原因といえるでしょう。無期限収容に関しては、人種差別撤廃や自由権といった観点から、国際人権機関から注意を受けており、国際社会においては非難の対象です。p112


この本自体は2019年11月の出版だが、つい最近(2021年4月)も複数の国連専門家から共同書簡という形で批判を受けており、この中でも「収容期間の上限の欠如」についての問題が指摘されている。

まさに前代未聞の事態だ。法務省出入国在留管理庁(以下「入管」)が今国会に提出した入管法「改正」案に対し、「国際法違反」であるとして、国連の特別報告者3人と、国連人権理事会の恣意的拘禁作業部会が共同書簡を日本政府に送付したのである。さらに、この共同書簡は、国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)のウェブサイトでも公開されたのだ。

「日本の恥」となった入管―国連専門家らが連名で批判、入管法「改正」案は国際人権基準を満たさず(志葉玲) - 個人 - Yahoo!ニュース

この記事を見ると、そもそも「出入国管理における収容は「最後の手段」としてのみ行われるべき」とされ、収容という行為自体の問題が指摘されている。

これらの批判に対する入管庁のHPのQ&Aを見ると、例えば「強制退去の必要性」の項目には以下のように書かれており、「ごく一部ですが」と注意書きをつけながらも、基本的に「犯罪者」として収容者を取り扱うという考え方をベースとして施設が運営されていることがわかる。

日本に在留する外国人の中には,ごく一部ですが,他人名義の旅券を用いるなどして不法に日本に入国した人,就労許可がないのに就労(不法就労)している人,許可された在留期間を超えて日本に滞在している人(※),日本の刑法等で定める様々な犯罪を行い,相当期間の実刑判決を受ける人たちがいます。

当庁の役割の一つは,このような日本のルールに違反し,日本への在留を認めることが好ましくない外国人を,法令に基づいた手続により強制的に国外に退去させることです。

(※)これらの行為は,不法入国,不法残留,資格外活動などの入管法上の退去を強制する理由となるだけでなく,犯罪として処罰の対象にもなります。

入管法改正案Q&A | 出入国在留管理庁

ただ、ウィシュマさんの事例もそうだが、「ちょっとしたつまづき」からオーバーステイになってしまう人も多く、特に、コロナ禍での失職や就職難は、それに拍車をかけることは間違いない。
なお、「難民」は、「国籍国の保護を受けることができない者またはそのような恐怖を有するためにその国籍国の保護を受けることを望まない者」(p82)であり、ウィシュマさんのように、かつてDVを受けていた相手がスリランカに待っており、脅迫を受けているというケースは難民認定に当たりそうだ。
しかし日本の難民認定は、この本の副題にもある通り1%以下。もう少し突っ込んだ数字を見ると0.5%以下ということで基本的には認定されない。
そういった人向けに「在留特別許可(在特)」という制度もあるようだが、近年、許可が絞られていて、これを受けるのも難しいようだ。(在特は判断基準が曖昧で、法務大臣から「恩恵」的に授けられるものと位置づけられている。しかも、近年、数が絞られている理由が五輪のためと噂されている)

「人」の問題

ただ、本でいくつもの事例を読むにつけ、最大の問題は「人」の問題であるように思える。

「俺は人間じゃないのか?虫なのか?俺の子どもたちも虫なのか!?俺はなにも悪いことなどしていない!」(p38:クルド人のトーマさん)

こういった事例以外も、入管の職員からの暴言、暴力、医療放置など、職員が人権意識のある人だったら起きない問題が多数あり、このような施設が、2018年12月の入管法改正で「庁」にグレードアップしたこと自体に疑問を感じる。
本の中では「懲罰房」と呼ばれる部屋(正式名称は保護室)についても触れられている。「職員になんらかの抗議や反抗の意を示した場合、あるいは自殺未遂をした場合、罰として閉じ込められる部屋」とのことで、ここに入れるとなると、多数の職員から押さえつけられ、以下の動画でも実際の様子を確認できる。
www.youtube.com


こうなると、入管施設職員がどのような人たちなのか気になるが、まともな感覚を持った人もいるようだ。(ただし辞めている)

元職員の男性は待ち合わせ場所にジャンパー姿で現れた。入管収容施設で働いていたが、被収容者に対する処遇や医療提供体制を「おかしい」と感じていたという。少し前まで働いていたが、身元を特定される恐れがあるため、詳細な勤務期間は明らかにできない。外国人の人権問題を長年扱っている支援者に自ら連絡し、少しでも現場の改善につながればと記者の取材に応じた。

元職員が収容施設で働き始めて最初に驚いたのは、先輩職員たちが収容されている外国人のことを「ガラ」と呼んでいたことだった。「ガラが、ガラが、と言っているので何のことかと思ったら、被収容者のことだったんです。同僚に意味を尋ねると、『身柄のガラのことだろう』と言われました」と語った。

mainichi.jp

記事(有料記事で最後まで読めないが)にも書かれている通り、人間を「モノ」扱いする入管施設の空気がよくわかる。ラジオ番組「荻上チキのSession」でも、入管施設における悪い意味での「体育会系」ノリについて指摘されていたが、入管施設に勤める人ほど、難民申請者の出身国の状況について勉強し、その状況について身を寄せて考えられるような人であってほしい。
ただ、ウィシュマさんの件についても既に報告書内容の改ざんが明らかになっているし、あまりに対応が不誠実で、現時点では全く信用がおけない官庁という印象だ。このような状況下で、入管庁に権限が集中していることは明らかにおかしいと思う。

まとめ

今回詳しく触れなかったが、強行採決が噂される入管法「改正」案は、国連含め広く指摘されるような人権的な問題に特に手をつけず、ひたすら「強制退去」をやりやすくする内容。
先日の記者会見で、菅首相が、東京五輪に来日するマスコミ関係者をどのようにするかという江川紹子さんの質問に対して「強制退去」という言葉を使っていたが、どうしても政府全体から人権軽視の空気を感じてしまう。

菅首相:まず私から申し上げます。前回の質問の際に、えぇ、マスコミの方が…たしか3万人ぐらい来られるというような話だったと思います。

いまそうした方の…入国者と言うんですかね。そうしたものを精査しまして、この間出た数字よりも遥かに少なくなると思いますし、そうした行動も制限をする。そしてそれに反することについては、強制的に退去を命じる。そうしたことを含めていま検討しております。

【緊急事態宣言】東京オリンピック「やるなら医療への負荷」考えてと尾身氏がクギ。菅首相は会見冒頭で触れず | Business Insider Japan

東京五輪には難民選手団の参加も予定されており、開催されるかどうかは別として、今から東京五輪というこの時期に、国連から非難されている法改正を強行採決でやるというのは最悪のタイミングで、馬鹿なのかな、とさえ思う。
コロナ対策、入管法改正案、東京五輪(の強行開催)。このすべてに共通するのは、日本が駄目な国であることが世界に丸わかりになってしまう、ということ。自民党の政治家やその支持者など、保守的な人ほど、「日本の恥」に敏感なはずで、今の政府の政策はそれを増幅する方向に向かっているように思えてならない。
逆にいえば、菅首相が方向転換をして、少しでも、隠蔽のない、科学的・論理的な説明をするような姿勢を見せれば、支持率も回復する。菅首相が壊れたレコードのように繰り返す「国民の命と健康を守っていく」ことを達成するためには、国民が政府を信頼することがまず第一ではないかと思う。