Yondaful Days!

好きな本や映画・音楽についての感想を綴ったブログです。

ミステリ要素の配合が巧い短編集~古矢永塔子『ずっとそこにいるつもり?』


5編から成る短編集で、共通するのは、作中で伏せられていたことが、○○だと思っていたら実は××だった、という一種の叙述トリック
ただ、どれも日常生活の中での人間関係を扱っており、事件要素、謎解き要素はゼロで、ミステリを読んでいる感じがしないまま、最後に種が明かされる。
先日読んだばかりの古谷田奈月『フィールダー』(傑作!)に続いて「こや」繋がりの著者は、『七度笑えば、恋の味』(文庫化の際に『初恋食堂』に改題)で小学館主催の第1回「日本おいしい小説大賞」受賞というミステリとは関係のない経歴をお持ちで、やっぱりミステリ畑の人ではないからなのか、日常とミステリ要素のバランスが絶妙だと感じた。


冒頭に挙げたように、「○○だと思っていたら実は××だった」という作品集なのだが、「○○だと思っていたら」とい部分に、いずれも、ある種のステレオタイプが利用されており、そこが上手い。
中でも1編目「あなたのママじゃない」と5編目の「まだあの場所にいる」は秀逸なだけでなく、大好きな話だった。
「あなたのママじゃない」は、最後まで読むと、仲良し夫婦の話かと思っていたら、共に夢を追いながら結婚した夫婦のうち、片方だけが軌道に乗り、もう片方は生活のために夢を諦めるかどうかという決断に迫られる話であることがわかる。
そこにさらに従来の男女の役割の逆転(つまり妻が稼いで夫が家事をこなす)が加わると、男性側が辛くなってしまうというのは、よくわかる。ちょうど先日観たフランス製作の映画でほぼ同じテーマ(かつ同じシチュエーション)を扱っており、「理想の男性像(有害な男らしさ)に苦しめられる男性」というのは世界共通の話だ。
ただ、見かけとしては、嫁姑問題がテーマだとミスリーディングさせて話が展開し、最終的には嫁姑問題も上手い着地を見せる。前向きに終わるので読後感もよく、あの映画より全然完成度が高いじゃないかと感じた。(ネタバレになるので映画名は伏せます)


5編目「まだあの場所にいる」は、女子校での教員生活15年目の女性高校教師が主人公。
問題児のいるクラスに入ってきた転入生をめぐる一悶着の話なのだが、これもルッキズムというメインテーマがありながら、語り手の教師の母娘関係や、高校生時代の辛い思い出話が挟まれて、最終的には、まだとどまっていたあの場所から、自分を解放するという前向きな終わり方で、締め方もすがすがしい。

彼女のダンスが終わったら、迎えに行かなくてはいけない。もう取り壊された旧校舎の、薄暗いトイレでうずくまっている自分を。この手でドアをこじ開けて、外に連れ出してやらなければいけない。
観客がどよめく。倉橋美月が、信じられないほどの軽やかさで跳躍する。ははっ、と西条が笑う。こんな場所で、若くはない女ふたりが並んで涙ぐんでいる姿は、きっと滑稽だろう。それでも杏子は、もう恥ずかしいとは思いたくなかった。


一番緻密に作られているのは、かつてコンビを組んでいた漫画家の相棒が8年ぶりに戻ってきて…という3編目「デイドリームビリーバー」。これは読後に最初に戻って読み返したくなる話で、意図されているミスリードの通りに読まされて、意図通りに驚かされた。これもお気に入り。

なお、短編集だが、表題作はなく、5編に共通するテーマとして出会いや別れ、変化を『ずっとそこにいるつもり?』に込めているのだろう。もちろん5編目の「まだあの場所にいる」とも呼応している。*1

これから読む本

せっかくこの本に出会ったので、次は、これまで興味が無かった「日本おいしい小説大賞」の本も読んでみたい。基本的に新人発掘の場ということで、これまで3回の受賞者とも経歴が面白い。第2回受賞作『私のカレーを食べてください』、第3回『百年厨房』、ともに、ガイドやレシピ本としての実用性もあるようで、興味が湧いてきました。


*1:ということで巧いタイトルなのだが、どうしても岡村靖幸『どんなことをして欲しいの僕に』の語りの部分を思い出してしまう。(最終的にパンツの中でバタフライをしたくなっちゃう曲)