Yondaful Days!

好きな本や映画・音楽についての感想を綴ったブログです。

中村靖彦『狂牛病−人類への警鐘−』★★★★☆

狂牛病―人類への警鐘 (岩波新書)
以前読んだ『ウォータービジネス』が、2004年度日経BPBizTech図書賞にも輝いた中村靖彦氏の2001年の著書。
これは非常に面白かった。今年は、例年になく新書を多く読んだ年だと思うが、その中でも一番。先日の『原発事故はなぜくり返すのか』も良かったが、やや説教くさい。こちらは、エンターテインメント小説とも勝負できる面白さだ。面白い理由を考えてみると、以下の3つが挙げられる。

1.わかりやすいメッセージ(主張)
2.構成の妙
3.本人による綿密な取材

これらについて、作者のメッセージの部分に焦点を当てて説明してみたい。
日本における狂牛病の最初の発生が2001年9月であり、そのことにも言及しているこの本が刊行されたのが1ヶ月後の10月であることを考えると、発売当時は、相当に注目された本のはずだ。そういう注目度の高かった"狂牛病"というテーマは、一つの病理学的現象として「科学的」ではあるが、料理の仕方によって、いくらでも読者に不安を与えられる「週刊誌的」性質も持っている。
例えば、副題にもなっている「狂牛病という病気自体が、進歩しすぎた人間社会へ警鐘を鳴らしている」という言葉は、それだけ聞けば、いかにも「週刊誌的」だが、綿密な取材に裏付けられた本書の中で言及があると違和感無く受け入れられる。つまり、メッセージというのはそれだけで存在価値があるわけでなく、前提となる資料があってこそ生きるものだ、ということを始めに確認しておきたい。
一方で、メッセージが無く、科学的な記述に終始すれば、単なる調査報告書になってしまい、読みにくい。つまり、メッセージの内容以前に、この本自体、バランスが取れた本である、ということがまずいえる。
肝心の内容についてだが、本の中では、狂牛病についての詳しい説明以外に、中村靖彦氏の持論とも言える二つの主張が何度も登場する。
一つ目は、「共食いに対する嫌悪」である。狂牛病という病気は、餌となる肉骨粉を通じて、まず牛の間に広まったわけだが、これは共食いにほかならない。実際には、(牛は草食動物だから)食べる側の必要性ではなく、屑肉処分時の効率性・コスト重視により生まれたリサイクル技術という性格が強い。パプアニューギニアの食人部族の間に広まったクールー病という名のCJD(クロイツフェルト・ヤコブ病)について取り上げているのも、「共食い」は危険だということを念押ししたかったからだろう。
二つ目は、高度にシステム化された現代の「食」への不安感である。これは、構成の妙ということにもつながるのだが、第7章で、突然狂牛病の話題から離れ、1章まるまる「大丈夫か?現代の食」として取り上げていることにも良く現れている。他の著作を見ても、ライフワークとして追っかけているテーマなのだろう。先日、上野にある、高度にシステム化されたラーメン屋(笑。→一蘭のこと。)に行ったばかりの僕としては、興味が尽きない話題である。
ところで、10章もあると、新書であっても途中がつらくなるのが普通なのだが、この本は全くそういうことが無かった。それは、前述したとおり、取材と主張のバランスが取れているだけでなく、飽きさせない構成にしようという意図が感じられる。(7章で変化球を投げていることなど。)著者がNHK出身と言うことを考えれば、テレビで培った技術なのかもしれない。
 
今日は、この本の面白さがどこら辺にあるかということを考えてみました。中身については、また日を改めて書きたいと思います。