Yondaful Days!

好きな本や映画・音楽についての感想を綴ったブログです。

歌野晶午『葉桜の季節に君を想うということ』

葉桜の季節に君を想うということ (文春文庫)

葉桜の季節に君を想うということ (文春文庫)

素敵にだまされたい人にオススメ。


個人的に、年末から小説モードが続いており、年を明けてから読んだのも、伊坂幸太郎ラッシュライフ』、古川日出男『LOVE』*1、そして、カズオ・イシグロ『私を離さないで』と、新書専門の自分としては異例のハイペース。(現実逃避モードか?)そして、この3冊の評価は、ツーベース、スリーベース、場外ホームランという感じで、非常に『葉桜』には分の悪い状況ではあった。そして、あまり期待はしていなかった故に、嬉しい大誤算だった。


新本格」が流行していた90年代頃、大学生だった自分も、その手の本を読み漁っていた*2のだが、流行ゆえに、新本格には批判的な声も多かった。中でも自分がよく目にしたのは「人物が描けていない」というもの。
たいがいの本は面白く読み進めることのできる自分としては、その批判が、具体的にどの作品に向けられているか、分からなかったが、歌野晶午のデビュー作『長い家の殺人』に出会った時に「ああ、この本のことか。」と思ってしまったのだった。内容を全く覚えていないので、細かな指摘はできないが、読後感として「トリックの為の小説」「人間が生きておらず、キャラクターとして配置されている」という印象が強かったのだ。
その後、新本格から離れたこともあり、歌野晶午の作品もそれ以上読まず、氏に対する印象は、「人物が描けていない」作家で固定して、10年以上経った。


最近になって、ブックガイド的に参考にしているキノベス*3で、2003年の番外に、歌野晶午の『葉桜』を見つけた。思い返すと『このミス』でも上位にランクしているのを見て、「意外」に感じた覚えがあるため、逆に気になり、図書館で予約。今回、実際に読んでみることになったわけだ。


読み始める。
いきなり、男性視点のセックスシーンから始まり、描写も大げさで悪印象。その後、読み進めるも、安易に殺人が起きる展開と、台詞中心のストーリー展開に辟易。『わたしを離さないで』のあとだけに、とにかく人物が薄っぺらく感じてしょうがない。
「だが、このミス、キノベスでの高評価を考えると、この本には「何か」があるのだろう」、その気持ちが、自分に頁をめくらせた。
構成上、時代の異なる複数の話が平行に進むが、前述の二冊、伊坂幸太郎ラッシュライフ』や古川日出男『LOVE』なんかに比べてもシンプルで、逆に、どう驚かせてくれるのか期待は高まった。


そして、終盤での「ひとこと」にやられた。
今まで自分が読んでいた部分は何だったのだ?と、足元の地面がなくなるような衝撃。久しぶりにこういう感覚に陥った。
予想外の方向からの打撃で、こんなやり方もあったのか、と感心しきりだった。
(以下ネタバレモードに入ります)



(完全にネタバレです)




(新鮮な驚きを感じたい方は、是非、本書を読んでみてください)

葉桜の季節に君を想うということ (文春文庫)

葉桜の季節に君を想うということ (文春文庫)




正直言って、叙述トリックが含まれることは当初から想定していたし、Amazonレビューで、それをほのめかすコメントがあったことから、警戒はしていた。また、最近読んだ作品の中に、平行して複数進むストーリーのうち、ひとつのストーリーの時間をミスリードさせる展開を持ったものがあっただけに、「時間」関係も気にはしていた。主人公が恋心を抱く麻宮さくらが、主人公の敵にあたる、という展開も予想通りではあった。
しかし、まさか、こう来るとは思わなかった。そして、その可能性に全く気づかないのが、自分の偏見であり、認識不足であり、ほとんどの読者が驚きとともに反省せざるを得ないというのが、この作品の肝である。
すなわち、

  • ヤクザとやりあう物語の主人公は20代、30代の若者である
  • 60代、70代は恋愛をしない
  • 60代、70代はアイドルを追わない
  • 60代、70代は、高校は勿論、大学にも通わないし、サークルには入らない

歌野晶午のミスディレクションが巧かったということもあるが、読者の誤った固定観念を、そのまま利用する騙し方が、いわば「社会派」的で面白い。
そして、こういったテーマを、そのまま表現したタイトルが秀逸。

花が散った桜は世間からお払い箱なんだよ。せいぜい、葉っぱが若い五月くらいまでかな、見てもらえるのは。だがそのあとも桜は生きている。今も濃い緑の葉を茂らせている。そして、あともう少しすると紅葉だ。
(略)
赤もあれば黄色もある。楓や銀杏ほど鮮やかではなく、沈んだような色をしている。だから目に映えず、みんな見逃しているのかもしれないが、しかし花見の頃を思い出してみろ。日本に桜の木がどれだけある。どれだけ見て、どれだけ褒め称えた。なのに花が散ったら完全に無視だ。色が汚いとけなすならまだしも、紅葉している事実すら知らない。ちょっとひどくないか。
P408

個人的な評価としては、やはり薄っぺらい印象もある*4のだが、このタイトルと、どんでん返しがあれば、多少の瑕は気にならない。決してハッピーエンドではないが、清清しいエンディングには、元気をもらえた。

花が見たいやつは花を見て愉快に騒げばいい。一生のうちにはそういう季節もある。
葉を見る気がないのなら見なくてもいい。
しかし今も桜は生きていると俺はしっている。赤や黄に色づいた桜の葉は、木枯らしが吹いても、そう簡単に散りはしない。

こんな70歳になりたい。
そのためには、とにもかくにも「今」の積み重ねが大事なのだろう。

*1:伊坂幸太郎古川日出男は、ともに感想をまだ書いていません。タイミングが悪かったのです。

*2:当時の贔屓の作家は、綾辻行人竹本健治法月綸太郎など

*3:紀伊国屋書店スタッフが選ぶ年毎のベストで2003年から続く

*4:テーマの掘り下げ方も不十分。本気でやれば、もっと「社会派」的な作品にできたはず。