Yondaful Days!

好きな本や映画・音楽についての感想を綴ったブログです。

古川日出男『サマーバケーションEP』

サマーバケーションEP

サマーバケーションEP

仲俣暁生×佐々木敦対談に影響されてすぐに読んだ本Part2。
これはツボ。
森見登美彦太陽の塔』もよかったが、やはり文体自体が独特なのは、七面倒くさい説明をしなくても区別できる点で素晴らしい。

そして僕は変わるものを見ます。沈んだ川のかわりに、地上の高さに現れた井の頭線の電車。それは僕たちを追い越すように、僕たちの背後から−井の頭公園のほうからです−来ました。来て、東京の東をめざして、走りぬけます。銀色の車体です。ぎらぎらしています。陽光を、反射して。
長い編成です。
何輌もあります
僕は数えません。
数えずに、歩いて、歩きながら追いぬかれます。
(P88)

そして、初めは、この表現、独特で面白いからチェック!なんて思いながら読んでいた文章も、次第に気にならなくなり物語世界に没頭できるのがマジック。短い文であれば真似することは誰にでもできる文体だが、長文続けて、青さ、若さ、わざとらしさを感じさせないのは、かなりの筆力があるということなのだろう。
会話文と地の文の割合はサインカーブのように変化し、会話文100%で物語が進むところも多い。そこら辺の割合が計算しつくされているようだ。
と、やっぱり七面倒くさいことを書いたが、やはり、このシンプルなストーリーに惹かれる。そもそも、フェイバリットに銀林みのる『鉄塔武蔵野線』は外せない自分からすると、夏の東京を舞台に、特に意味も無い目的(井の頭公園→海)に向かって、ひたすら歩く、という設定だけでノックアウトだ。しかも、オマージュなのか、この小説にも思わせぶりに鉄塔が登場する。(P179〜182pあたり。北堀線だが。)
勿論、知っている場所も多数登場するので嬉しくなるという気持ちもある。映画のロケ地なんかだと「聖地巡礼」という言い方をするのかもしれないが、舞台となった場所を訪れるイベントが自然発生するというのは、とても納得のいくことだ。*1
また、テンポのよさも絶妙で、「さすがに小学生は、途中で飽きちゃうよな」と思うと、パーティーから小学生が抜け、「このまま徒歩で進むのも、相当退屈だぞ」と思うと、自転車の中学生8人が後ろに乗れと登場する、など、微妙な変化が上手く配置されている。

ところで、自分も大学生の頃、歩いて海まで行ったことがある。正確には、マラソン大会参加の練習がてら、ジョギングで、多摩川の河口までだ。「里程標」でいうと「海まで23km」のあたりからだが、残念なことに多摩川の河口は開けていない。これぞ海!という風景には、(海まで0kmという地点に行き着いても)堤防上道路からは拝めなかったのだった。結局、過度に疲労していたため、川を離れて海を見に行く気にもなれず、電車で帰ったが、今思えば、あれは結構いい思い出だ。結局かなわなかったが「あそこに行くと何が見えるのだろう」という単純な好奇心が自分を満たしていた。楽しい思い出は、そのときが楽しいというよりも、何かその先を楽しみにしているときにこそつくられるのかもしれない。
そういう意味では、物語の終わらせ方が物語の価値を決めるのではなく、物語のゴールの予感こそが、物語の価値を決めるのだと思う。『鉄塔武蔵野線』も『サマーバケーションEP』も、その点、とても上手く出来ているし、自分が大好きなタイプの小説だ。*2


多摩川の「海から0km地点」はここでした。

*1:以前、コメント欄でid:hanemimiさんより、そういったイベントがあったとの情報あり。http://d.hatena.ne.jp/rararapocari/20071012#c1192307466

*2:と思ったら、『鉄塔武蔵野線』の完全版とでも呼ぶべきものが、最近文庫版で出版されたことを知る。これは永久保存版として購入!