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コンパクトにまとまった「入れ替わりもの」〜川端志季『宇宙を駆けるよだか』全3巻

かわいくて素直な性格のあゆみは大好きな人と恋人同士になったばかり。だが、初デートに向かう途中で同じクラスの然子の自殺を目撃し、意識を失ってしまう。目が覚めると、あゆみは醜い容姿の然子と身体が入れ替わっていて…。
容姿も性格もまったく違うふたりの運命が、奇妙にねじれながら交錯していく――。
Amazonあらすじ)


「入れ替わりもの」という定番ネタで、最近ではこの流れを汲んだ押見修造『ぼくは麻里のなか』という傑作(連載中)があるのにもかかわらず、素直に楽しめました。また、3巻という短さも内容に合っていたし、スマッシュヒットです。以下の感想はネタバレありです!
(ネタバレ注意)



重要な「つかみ」

まず、起承転結の「起」が最高です。

  1. あゆみは、最近彼氏が出来たばかりの「可愛い」女子高生だった
  2. …にもかかわらず何故か「可愛くない」然子と入れ替わってしまった
  3. でも、誰も自分のことを分かってくれない
  4. 然子の母親はもとから協力的でない
  5. 彼氏のしろちゃんも理解してくれない
  6. 唯一事情をわかってくれる然子は敵対的


このように、第一話で、「逃げ道ナシ」の状況が生まれ、「これから他人の体のままで生きていくしかないのか…」という絶望的な気持ちになります。非常に辛い第一話ですが、一番下まで落ちてしまったあとは上がるしかないので、漫画全体のイメージが「ポジティブ」なのは、第一回の設定ゆえだとも言えます。
なお、挙げた中では特に4、5、6が効いています。この部分に「救い」を感じられたら、漫画全体が緊張感のないつまらないもの、都合がいいだけの漫画となっていたかもしれませんが、4、5、6があることで逃げ道を絶たれることになります。

「ルール」がしっかりしている

デスノート』が傑作である理由も結局ここがポイントだと思うのですが、漫画内のルールがしっかりしていることが、展開上の驚きを生みます。今回のようなSF設定が入る場合は、何が現実世界と違って、何が現実世界と変わらないのか、が明確になっている必要がありますが、それだけでなく、そのルールが物語の鍵となっていると、謎が解けたときのカタルシスが大きいわけです。
この漫画では、第1巻の最後(5話)で、入れ替わりの方法と合わせて、「入れ替わった二人が元に戻ろうとするとどちらも死んでしまう」というルールが明らかにされ、このことが、主人公のあゆみ(然子の姿)をさらに絶望させます。しかし、ラストでは、結局、このルールの「穴」を見つけ出 して、物語が解決に向かうというのが素晴らしいと思うのです。
ここで引き合いに出したいのは、映画化もされた『orange』。現実とはわずかに異なるSF設定があって、それを元に物語が膨らみ、ラストはハッピーエンド、というのは同じ。同じなのですが、そのエンディングを迎えるのは最初から自明で、問題はそこではない、ということを全く分かっていない漫画で、逆に驚かされました。
問題は、どのような過程を経て、つまり、物語内のルールをどのように利用してエンディングに向かうのか、であって、そこが、SF設定の醍醐味なのです。
その点、『宇宙を駆けるよだか』は正しいSF漫画だと思います。

「よだか」の扱いに成功している

タイトルにある「よだか」は、宮沢賢治よだかの星』でも知られる通り、容姿が醜いとされる鳥。
主人公が「醜い」場合は、読者からは同情される傾向にあり、物語を進めるのは難しくないでしょう。
しかし、主人公が容姿端麗で、それを妬む「容姿の不細工な」相手が出てきた場合、その扱いによっては、読者は、後者を贔屓してしまい、主人公に反感を覚えることになります。特に、「優れている側」が「劣っている側」を説得しようとするシーンで、主人公の「上から目線」が感じられると、それまで積み上げてきた主人公への共感は全て崩れ去ってしまいます。逆に、「劣っている側」が簡単に説得させられてしまうとリアリティがありません。*1
3巻の天文台での「説得」シーンは、そういう危険な舞台設定だったのです。
しかし、まず、3人の説得に対する然子(あゆみの姿)の折れなさっぷりが読者の心を打ちます。

あたしが間違ってる前提で話進めないでよ
あんたらゴチャゴチャうるさいけどさ
なーんもわかってない
この顔に生まれてきても同じこと言えんの?
主導権は常に外見が優れた人間にある
あんたら美形はいいわよね
キレイごと並べてればそれで正義になれるんだから


(然子の姿のあゆみに対して)
ねぇその体で生きてみて
苦しかったでしょ?
本音言いなよ
可愛い姿を取り戻したいって…


アンタに経験ある!?
すれ違いざま他人にブスって言われたこと!
アンタに経験ある!?
肩がぶつかっただけでバイ菌呼ばわりされたこと!
消えたかったわよ
どこにも逃げ場なんてないし味方もいなかった


そして、説得メンバーの3人か一枚岩ではなく、火賀が少し冷めた目線で見ているのも上手いです。(3人ともが純粋まっすぐ君であれば、読者は彼らに距離を感じてしまうでしょう)
何より、結局3人では説得し切れないという結果はとても良いと思いました。結局、然子の心を動かしたのは、一番彼女と長く時間を過ごしている人物…彼女の母親だったのです。この展開はとても納得が行きます。


さらに、物語が収束した後のエピローグが特に良いと思いました。
あゆみをナンパしてきて断られた男性に、然子が「ブス」と言われるシーンです。
この物語のメッセージを考えてみましょう。

  • 外見が劣っている人は心が美しい、もしくは、外見が劣っている人ほど心が屈折している

という話では勿論ありません。

  • 世界に絶望し、屈折している人でも、心を入れ替えれば、世界(他人)が変わる

という話でもありません。

  • 世界(他人)は急に変わらない。ただ、自分を支えてくれる人がいることに気づけば、世界の捉え方が変わってくる

これが、作品のメッセージに近いと言えそうです。通りすがりに「ブス!」と言われることに、然子はこれまで苦しんできたし、もうしばらくは苦しむのでしょう。(あゆみ達がそういう経験と無縁であるのも変わりません)
しかし、言われたことをフォローしてくれる友人が、家族がいることに気が付けたことで、然子は少しずつ自分を回復していけます。勿論、あゆみも、「ブス」と言われる然子の気持ちを思いやることができるようになりました。
それこそがこの話の一番のメッセージです。それがしっかり伝わるだけでも、作品として成功していると思うのです。

ダメな点

一方で、長編初めてというのが分かるような気がする点もありました。大きく2つ挙げると以下の通りです。

  • しろちゃん、然子母の性格が序盤と終盤で変化し過ぎ。(然子母は、1巻では虐待親のように描かれている)
  • ストーリー上のワンアイデアに長けているものの、それを長編で適切な長さに伸ばせない。例えば、(後日談的4コマ漫画でフォローはしているが)最後の入れ替わり2回を短く簡単に描き過ぎ。
  • 「結局、然子の悩みは、本人の思い込みで、クラスメイトも母親もそんなに悪い人ではなかった」というのが真実のように描かれているのは、3巻続ける中で、少しずつ生じた問題を無理矢理そこに押し込めている感じがしてしまった。


中でもやはり、しろちゃんの問題は大きいと思います。
3巻を通してみると、しろちゃんは「魅力的な人間」に描けていません。故に火賀君がフラれて、あゆみとしろちゃんがくっつくラストは納得しづらいと思うわけです。


この物語を経て成長したのは誰かと問われれば、まずは然子とあゆみでしょう。
特にあゆみが、然子の気持ちに、然子の姿で向き合えたのは、この漫画ならではです。火賀君からの公開告白を受けて、他の女子から「火賀君と釣り合わないよね」「ブスって自覚ないのかなぁ」と言われたあとの独白がターニングポイント。

あの人たちの言葉の意味が理解できた
…と同時に私は…
人と自分を比べるという事を知ってしまった
今まで自分は自分でしかなく人は人でしかなかった
人と比べて見た目が勝るとか劣るという見方をしたことがなかった


劣等感
羞恥
屈辱


今の私は…ブスなんだ


恥ずかしい!!
火賀君は…
可愛い人を見た後
私を見て何を感じるのかな
今までなんで平気でいられたんだろう
なんで気づかなかったんだろう
海根さんが命をかけてまで捨てたかった体…


逆に、そうやって落ち込んだ(急に容姿のことを気にしだした)あゆみを救ったのは、しろちゃんではなく火賀君でした。(2巻)
そして、最初に入れ替わりに気づいてあげられたのも火賀君でした。(1巻)
物語を通して、ずっとあゆみのために行動してくれている火賀君がいたので、読者も安心して物語を見守ることができたのです。
1、2巻の間、しろちゃんは何をやっていたのかと言えば、2人を元に戻す方法を知るために、然子(あゆみの姿)の言いなりになって、キスまでしていました。しかも、あゆみ(然子の姿)に見られているという、これ以上に人を傷つけることはないような大失態までして・・・。
この流れは、勿論、読者を騙すという演出上の理由もあるわけですが、3巻になって彼の本心がわかってもすぐに飲み込みにくいと思います。
さらに問題なのは、4人を元に戻そうとする彼のアイデア。然子を騙して「4人シャッフル」を敢行しようという、「基本的に然子の気持ちはどうでもいい」という考え方は、もともと博愛主義だというしろちゃんの性格と全く合致しません。(元々は、然子に対しても気を配り本気で心配できる人だったので、然子からも好かれたのです)
結局、3巻を通して一番共感できないのは、しろちゃんなのに、彼が最後に選ばれるというのは、これが3巻完結漫画だから、まだ「そういうこともあるのか」で済ませられるが、9巻完結漫画なら暴動が起きるレベルの暴挙だと思うわけです。


と書いていたら、どんどんしろちゃんのことが許せなくなってきました。(笑)
この漫画で言うと、火賀君が「いい人」なので、彼が「本命」で問題ないような気がします。最後の解決へのアイデア出しは、ハカセ君みたいな人に担当してもらって、あゆみの相手は一人に絞った方がラストが飲み込みやすいです。


ということで、少女漫画的には最も重要な要素でイマイチなところもありましたが、とても面白い漫画でした。
夏の新海誠の映画『君の名は』は、「入れ替わりもの」だということで、こちらも楽しみにしています。

*1:最近読んだ漫画ではレタスバーガーの「詩礼ちゃん」のエピソードが近い内容になります