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深海生物と共依存〜宇仁田ゆみ『うさぎドロップ(9)』

うさぎドロップ 9 (Feelコミックス)

うさぎドロップ 9 (Feelコミックス)

深海(しんかい)は、一般的に海面下 200 m より深い海を指すが、厳密な定義は存在しない。
深海は光合成に必要な太陽光が届かないため、表層とは環境や生態系が大きく異なる。高水圧・低水温・暗黒・低酸素状態などの過酷な環境条件に適応するため、生物は独自の進化を遂げており、表層の生物からは想像できないほど特異な形態・生態を持つものも存在する。また、性質の相異から表層と深海の海水は混合せず、ほぼ独立した海水循環システムが存在する。
深海 -Wikipedia

8巻読後の気持ちは「こんな方向に物語を進めてもまとまるわけがない!」という憤り。
しかし、9巻を読んでみると色んなところに納得が行き、むしろ、第2部は、ずっとこのラストに向かって突き進んできたのだと、全体の展開を受け入れた。いわば腑に落ちた。

宗一について

この巻で明らかにされる、りんの父親は宗一(おじいちゃん)ではないという「出生の秘密」。これによって、宗一が「愛人」に「隠し子」をつくる、という、漫画全体の中ではリアリティが無くて浮いてしまう設定の説明がつくようになる。
と同時に、困った正子を見捨てられなかった宗一の優しさは、りんを引き取った大吉の優しさと呼応することがわかってくる。血は争えないというが、宗一と大吉は同じことをしている。

正子について

正子の過去について改めて想像してみる。妊娠がわかったとき、正子は一旦は産まないことを決めるも、宗一の説得を受ける。意固地な正子のことだから、かなり言い争いもしただろうが、最終的には宗一が責任を持って育てるということになる。一度は産まないと決めた子どもへの感情は複雑で、だから大吉にも「いないはずの子」と自分の責任は無いように振る舞ったのだろう。
産まれてしまえば、自分の子なので可愛いに違いなく、5歳までは「お手伝い」という立場で、りんの世話を続ける。しかし漫画が売れ始めて「お手伝い」も出来ないことになる。産むときと漫画が売れ始めたときの2度、正子はりんを選択する、つまり、りんにとっての「母親」となる機会があったが、どちらの場面でも仕事を選んだ。
そんなときに宗一が亡くなった。ここで正子が引き取るべきだろうとも思うが、2度に渡る苦渋の決断はなかなか覆らない。悩み、苦しみは深くなりながらもより一層漫画に打ち込むようになる。
そう考えると、理解しづらかった正子という人物の人間っぽい部分が浮き上がってくる。

りんと莢子(さやこ)

しかし、物語全体が腑に落ちるようになったのは、正子のことが理由ではない。やはり1番の理由は、りんにある。
りんが「普通じゃない」という視点に立つと、この物語は途端に受け入れやすくなる。
この物語を理解するには、りんは主人公だから、快活で、感情の揺れ動きが激しく、優しい人物なのだろう、という勝手な先入観を一旦捨て去るべきなのだ。安原と竹内の男子2人の会話から考えれば、周りの人から見たりんは、本当の気持ちを表に出さず、いつも冷静沈着で、かなりとっつきづらい人物だということが想像できる。
だから、7巻の感想にも書いた通り、りんの友達は麗奈とコウキしかいない。コウキのことを好きだった中学生時代(6巻)には、手芸部の先輩やクラスメイトと話す様子が描かれているし、携帯電話にも彼女たちが登録されているが、コウキを恋愛対象と見なくなった高校時代のシーンでは、麗奈とコウキ以外でりんに話しかけているのは、安原と紅璃、竹内君くらい。それ以外の交友関係は皆無。
りんは深海のシェルターに引きこもっている。麗奈とコウキにはシェルターのドアを開けるが、その他の人間に向けて、りんがそれを開けることは無い。それが、麗奈とコウキがりんの「変さ」に気がつかない理由だ。


そもそも。りんの恋愛に対する感覚が、普通と違いすぎる。9巻では相談した正子に、大吉のことを「それってほんとの『好き』なの?」と聞かれてこう答えている。

比べるものがないから…
よくわからないです…
こういう…
なんていうか…
強めの気持ちは初めてだから
ただ、前好きだった人への気持ちは
今思えばもう少しふわっとしてました
(Episode54)

その「ふわっとしている方」が「普通の好き」です!
りんが感じる「輪郭がはっきりしている」もの(8巻p64)は、しがらみを纏った恩義というか義理人情みたいなもので、それは「好き」とは違うもの。大吉に向けた感謝と申し訳なさが入り混じった感情を、恋愛と勘違いしてしまっているのだ。


そういう、一般常識とずれたりんの思いは、この9巻でどんどん暴走していく。

たとえばこのまま…
ずーっと、ずーっと
娘みたいな顔でおばあちゃんになるまで
うちに居座るとか…
それじゃダメなのかな…
(Episode52 p81)

もう娘でも何でもいいよ…
ダイキチのとこにお嫁さん来ても
赤ちゃん生まれても
一生ここに居座ってやる!!
(Episode53 p100)

この、ついていけない感じ、主人公なのに、自分とは恋愛に対する感覚が全く違うという感じに似ているのは、よしながふみ「愛すべき娘たち」の3話目に登場する「莢子(さやこ)」くらいだ。『うさぎドロップ』は、第1部の印象があるから、第2部の最初のりんは「少し大人びた高校生」程度にしか思わないが、9巻まで読めば、りんが「莢子(さやこ)」級に変な人であることが分かる。

変な人ランキング

さて、変な人は、りんだけなのだろうか。作中の代表的なキャラクターの変な人ランキングを、海の底深くに行けば行くほど変、という形で考えてみた。

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(海面)モテ、欲望に忠実

麗奈


コウキママ
コウキ
正子

〜〜〜これより下は日光が届かない深海〜〜〜
大吉
りん

(海底)自己犠牲的、精神的引きこもり

                                                                                            • -

普通の人は自分の外側に趣味や興味の対象があり、そこからの光をエネルギーに変えて日々暮らしている。若い頃は特にそれが強く、年齢問わず「恋愛」は、生きる力を与えてくれる外界からの光にあたるかもしれない。つまり生きるためには光合成が必要だ。
しかし、中学時代には、まだ海面近くにいたりんは、どんどん深くに沈み、日光の当たらない深海にまで来てしまっている。
安原から映画に誘われたことについて麗奈に次のようにぼやくが、意味が分からなすぎる。外からの光を浴びようという気が全くない。自分の知っているものだけに囲われて暮らしたいのだろう。

お互い
よく知りもしないのに…
意味がわからないんだよね…
(8巻、Episode49)

最初に引用した深海生物に例えると、高水圧・低水温・暗黒・低酸素状態などの過酷な環境条件に適応するため、生物は独自の進化を遂げ、光合成をせずに暮らしていけるようになる。りんがまさにその状態といえる。

大吉と深海

さて、変なキャラランキングでは、りんに次ぐ順位としているが、大吉もやはり普通じゃない。

この10年…
もしもの時には
りんを正子さんのもとに
返す覚悟は常にあった…
それでも俺がりんを育てるって決めてたし
りんもそれを望んだ…
けど…
りんの気持ちがあんなことになってるなら
このかたちは揺らぐかもしれない…
(Episode53)

りん…お前気付いてないのか?
お前のその気持ちを尊重したら
俺たちは一緒に暮らせなくなっちまうんだぞ!
程度は知らねーけど
お前はもう正子さんと歩み寄ってるだろう…?
お前を…
正子さんのもとに…
返すことに…
(Episode53 p125)

ホントはじいさんの子じゃないとか…言えないだろ?
お前にとってはじいさんが唯一つながってる糸だったんだから
つながりがあって初めて
俺っていう知らんおっさんとでも何とか暮らしていけるんだよ
(Episode54 p148)

この9巻になると、大吉がりんを正子に取られるのが心配でならないということがよく分かる。「ちょっとお母さんち行ってきます」の置き手紙を見たとき、大吉は自分の気持ちをやり過ごそうとするが、結局我慢できずに家を駆け出してしまう。


また、りんを引き取ってからの大吉はほとんど飲み会に行ったことがないというエピソードは、大吉が他の何よりも、りんを優先に考えていることが分かる。分かるが、もう高校生なのに、「片時も一人では置いておけない」という感覚は少し異常だ。
そして、その行為は、りんにも「私がいるから、10年間、外に飲みにもいかなかったんだ…」と思わせている。背負わせている。
4巻まで、あれだけ子育ては「犠牲」の上に成り立つのか?という疑問を持っていたにも関わらず、自らが一番犠牲になっている。そしてそれを子どもに気づかれている。この部分は、明確に子育てにおける失敗といえると思う。


りんからの直接の告白に対して、大吉は「それは俺にとって一番残酷なこと」と言っているが、確かにこれもまた大吉の本心なのだろう。しかしそれは大吉の半分。
卒業式のあとの会話シーンで大吉は一人二役を演じるが、「残酷なこと」と言っていたのは、その片側である(子の成長を望む)親の部分。大吉の真意はりんと一致しており、「りんを手放したくない」という一心だ。
だから、9巻の最後に至るまで大吉がずっとコウキに期待していたのは、りんをシェルターから出すのではなくシェルターを広げるためで、りんとの世界を既知のもので完結させてしまいたかったのではないだろうか。
大吉は、りんと比べると、ずっと常識人として描かれてきているから、その本心はよくわからない。しかし、1巻では海面近くにいた大吉は、りんと同様に海の底深くに向かって進んでいるとしか考えられない。普通の人ならラストの選択はしない。


アルコール依存症などの関連で使われる共依存という言葉がある

共依存とは、自分と特定の相手がその関係性に過剰に依存しており、その人間関係に囚われている関係への嗜癖状態(アディクション)を指す。すなわち「人を世話・介護することへの依存」「愛情という名の支配」である。共依存者は、相手から依存されることに無意識のうちに自己の存在価値を見出し、そして相手をコントロールし自分の望む行動を取らせることで、自身の心の平安を保とうとする。
共依存 -Wikipedia

りんと大吉の関係が共依存でなくて何であろうか。中学時代から高校時代へのりんの変化を見ても分かる通り、2人は徐々に社会から孤立してきていることに気がつかず、2人が結びつくことでその傾向は加速度を増している。


コウキとコウキママ

もう一人の「異性」仲良し親子であるコウキとコウキママの場合と比べてみる。
正子に会いに行ったりんの話を聞いてコウキは次のように言う。

オレらみたいに親…?とか…
ダイキチとふたりで住んでる場合さあ…
いつまでも一緒にいたほうがいーもんなのか?
大学とかさあ…ヨソ行くのがいいのかな…


なんかそろそろ
母ちゃんには自由になってもらいたいってのがあって…
オレがいるとその…
(8巻 Episode43)

この直後に、コウキママの再婚話が持ち上がり、コウキがりんの家に逃げ込むことになる。
つまり、コウキ親子は2人とも、2人でいることからくる束縛をほどこうとしていた。
これが普通だと思う。先ほどの「深海」モデルで言うならば、依存関係に向かわなかったのは、2人がともに日の当たる方向に向かってアクションを起こし続けていたからだろう。
そして、お互いが衝突し、迷いながらも、それぞれ自分の道を探り続けたことが、りんの家とは大きく違う。
コウキママの、高校生の子どもがいて42で再婚、という選択は、かなりバイタリティがいることだ。8巻では、再婚相手との食事会から逃げてきたコウキが、「女としての母ちゃん」にはちゃんと向き合えなかった、という話をするが、これは、コウキママに「母親として」だけじゃない「女として」の外向きの顔がしっかり存在するということを意味する。これは大吉とは対照的で、メインキャラクターの中で、最もバランス感覚のある人ということになるだろう。
りんは終盤でコウキのことを何度も「兄弟みたいな存在」というが、そのときにりんが頭に描いた親はコウキママなんじゃないかと思う。りんがコウキに向かわなかった一つの理由は、コウキママという絶対に乗り越えられない壁が見えたからかもしれない。そして、りんの気持ちが大吉に向かうのをストップさせていたのも、コウキママの存在だろう。8巻ではコウキママに嫉妬する独白があるが、大吉−コウキママの線に赤信号が灯り始めてから、りんは本格的に大吉への思いを募らせることになった。
と考えると、りんを止められたのは、コウキではなく、コウキママ(が大吉を選ぶこと)だったのかもしれない。

作者の問題

ここまで、9巻までの漫画全体を俯瞰してきたが、正直言って、物語の中でのキャラクターの行動選択の理由や、様々な伏線、時間経過の巧みさも含めて、とても完成度が高い作品だと思う。最初に書いたように、この作品の中で、りんと大吉が、ああいう形でのラストを迎えるというのも理解できる。
ただ、それなら「作者は何を書きたかったのか?」という部分が本当によくわからない。8巻の感想でも書いたが、この漫画の中でのセリフや知識は、実用的な部分があると思うし、ストーリーの見せ方もとてもうまい。でもメッセージが全く分からない。
共依存関係にある特異な親子を描いて観たかった…。
もしかしたら、そういう執筆動機もあるかもしれない。
でも、主人公二人が閉じていくラストにして誰が喜ぶのだろうか。
りんと大吉の特異な関係は、9巻のラス前、Episode55までで描くことができているのだから、普通に考えれば、Episode56(最終話)では、この依存関係から抜け出す結末が描かれないといけない。
そうしないと、りんが可哀想すぎる。大吉が事故に遭って、泣きわめくりんをコウキが救う、とか、突飛なので構わない。「メッセージ」のためには、ストーリーの整合性を無視してもいいと思う。
大吉の子どもを産みたいとりんに言わせるラストは、どう考えても異様だ。一生「深海」に引きこもるという宣言にしか聞こえない。
同じく、何年にも渡るいびつな父娘関係(こちらもまさに共依存関係)を描いた桜庭一樹『私の男』という作品は、思い出しても「嫌な気持ち」が甦ってくるが、タイトルも装丁も登場人物名も内容もすべてが不穏な感じの物語だった。
うさぎドロップ』は、タイトルも絵柄もストーリーもすべてが普通の少女漫画風で、ラストまで読んでみたら実は『私の男』であるという、とてもタチの悪い漫画だと思う。
まだ、10巻(番外編)や、9.5巻の対談など読んでいない残りがあるので、それらを読んでもう少し作品理解を深めたい。


うさぎドロップ 9.5  映画・アニメ・原作 公式ガイドブック(Feelコミックス) 

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うさぎドロップ 10 番外編 (Feelコミックス)

うさぎドロップ 10 番外編 (Feelコミックス)

参考(過去日記)

→主人公の花は、9歳のときに親戚に当たる腐野淳悟に引き取られる。『うさぎドロップ』と全然似てないが、根っこが同じなのかも…。上野の駅ナカ書店にあった月影先生のポップ(リンク先参照)がものすごく印象的な一冊。

→深海生物といえば、硫化鉄のうろこを持ったSF巻貝スケーリーフット。りんを救うためには、しんかい6500や後継機のしんかい12000が必要なのかも…。