Yondaful Days!

好きな本や映画・音楽についての感想を綴ったブログです。

伊藤潤二『サイレンの村』

実家で再読。
発売中の文庫版『伊藤潤二恐怖博物館』は、これら初期の単行本をまとめ直したものなので、収録短編が同じものは、現在入手できないが、中身は以下のとおり。

  • サイレンの村
  • 煙草会
  • 記憶
  • 道のない街

平成2〜3年の作品ということで、ずいぶん昔になってしまうが、やはり面白い。
絵は格段に現在の方がうまいが、このときが下手というわけではなく、やはり魅力のある絵である。
上と同様「絵力のある一コマ」という視点で見ると「道のない街」以外の短編は、以下がそれにあたるだろうか。

  • サイレンの村 ⇒サイレンの「塔」の不安定なデザインと、その周囲を飛行する「魔物」の絵
  • 煙草会 ⇒登場人物たちが「悪魔的な」煙草をふかすシーン(それしかない漫画とすらいえる)
  • 黴 ⇒なかばサイバーパンク的ともいえるラストシーンの一コマ
  • 記憶 ⇒サイコ風味のラスト一コマ

特に、真人間しか出てこない「記憶」は、奇想天外なものが売りな他の作品に比べると、異質でありながら、上手な展開の話である。投げっぱなしの多い伊藤作品の中では、かなり完成度が高い(ということは、伊藤的ではない)作品に入ると思う。
一方で、「道のない街」(主人公は女子高生)は、やはり途轍もない。

  • 同級生の男の子が夢に現れる「アリストテレス事件」
  • その彼が、夢の中で切り裂き魔に襲われる
  • 家族による執拗な「のぞき」→耐え切れず叔母の家に向かう
  • 仮面を被る人たち+道のない街→道がないので、皆が互いに家の中を通る
  • プライバシーを守るのをやめた叔母との出会い→叔母の姿は・・・!
  • 再び切り裂き魔

これらのプロットが、まるっきりつながっていないわけではないが、必然性が薄い中で、どんどん展開していく。
改めてテーマを考えてみれば、アリストテレス事件、家族による「のぞき」、道のない街、すべてが「プライバシーの危機」に関することなのだが、だからといって社会的な問題の投げかけをしている作品ではない。プライバシーにかかわる、ぼんやりとした恐怖感・嫌悪感を、デフォルメしてかたちにした作品といったところだろうか。
後半部に、何の脈絡もなく登場する、頭が長く、目のたくさんある人間(妖怪)が印象的だが、これは他人をプライバシーを暴く・暴かれることについての、象徴的なキャラクターであろう。
そう思うと、伊藤作品に共通するのは、(そして絵的なインパクトで重点を置かれる部分は)恐怖感というよりは、もっと細かく、具体的な嫌悪感、根源的な不快感の部分へのスポットライトの当て方の巧さ、ということが言えるかもしれない。
伊藤潤二は、「富江」が印象的な漫画家ではあるが、未読の人は、是非、「富江」以外の作品群も読んでほしい、と改めて思った。