Yondaful Days!

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伊藤潤二の方程式(6)「ついていけない」が生む恐怖

このシリーズでは、伊藤潤二作品の魅力を、主にビジュアル面から取り上げてきたが、その他の部分にこそ伊藤潤二作品の神髄はあるのだ!ということを今回は言いたい。
そこで、「記憶」という作品を取り上げ、類似作品との比較から伊藤潤二作品のもうひとつの魅力について書いてみる。
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ポーの一族』や『トーマの心臓』で知られる萩尾望都の作品に「半神」という短編(16ページ)がある
小学館文庫の同名短編集の解説では、映画監督で脚本家の佐藤嗣麻子*1が、この短編に感動して、ロンドンの映画学校の卒業制作で初監督作品として「半神」を手掛けた経緯が語られているが、それほど人の心を動かす部分を持った作品といえる。

半神 (小学館文庫)

半神 (小学館文庫)

半神 (小学館文庫)

半神 (小学館文庫)

伊藤潤二の短編「記憶」は明らかにこの作品を下敷きにして、伊藤潤二流のサイコホラーに仕上げたものだと考えている。ともに短編(「記憶」は24ページ)で、いくつか大きな共通点があるので、二つを読めば誰もがそう思うのではないかと思う。


最初に「半神」のあらすじを説明する。
「半神」では、姉妹がどういう境遇にあるのかを(表紙を除いて)最初の1ページで示している。
4コマの使い方は非常にうまく、

  • 最初のひとコマで、「わたし」が妹の方だと混同させて
  • 2コマ目で、「双子」の「姉妹」なのに、二人は似ていないのだと驚かせ、
  • 3コマ目で、「妹はとても美し」く、「姉」である語り手の「わたし」は、醜いということがわかり
  • さらに、4コマ目で、2人の体は物理的にくっついていることがわかる

正面を向いた二人の姿を映す最初の2コマ。ここでの混同が、ラストまで読者を離さない「引っ掛かり」を作っている。


後半部。全16ページのうち、13ページ目以降は、「姉」(わたし)が鏡の前で自分を見つめるシーンからなる。
手術をして妹と切り離されることによって、「わたし」は変わっていく。
死にゆく妹は「わたしが一番嫌いな自分自身の顔」をしていた。
代わりに「わたし」は、日に日に元気になって行き、「あんなに嫌っていた妹」そっくりの姿になった。
このことに困惑する「わたし」が鏡に向かって涙混じりに独白するシーンでこの短編は終わる。

わたしはわからなくなる
だれ?あれは
やせて死んでいった妹は
ひきはなされた半身は
あれは
わたし
わたしだった……の……?
じゃ なに いまのわたしは…?
わたしの半身は
あのとき死んでしまったの…?
愛よりももっと深く愛していたよおまえを
憎しみもかなわぬほどに憎んでいたよおまえを
わたしに重なる影…
わたしの神…
こんな夜は涙が止まらない


このシーンを受けるような形で伊藤潤二「記憶」では、美しい20歳の女性が鏡を見ながら悩む姿から始まる。

私は本当に美しい…
でも…
この顔は本物なのだろうか
いつもそんな不安がつきまとう


その悩みは、ある「記憶」に由来する。
なぜか記憶がすっぽり抜け落ちている7〜14歳の頃について、「鏡を見る悲しげな自分」の映像のみが頭に焼き付いているのだ。そして、鏡の中の「自分」は、彼女の現在の姿とは大きく異なり、「醜い」。


1ページ目で設定が説明される「半身」とは異なり、この物語の基本となる設定は終盤に明かされる。
ネタバレになるので具体的には書かないが、この設定部分がこの短編の大きなポイントなのは確かだ。
しかし、伊藤潤二の「記憶」が、萩尾望都「半神」を踏まえ、さらに一歩先に行っていると言えるのはラスト1コマの唐突さがあるからだ。
デビッド・フィンチャーゴーン・ガール』もそうだったが、途中までは共感や同情の対象だった登場人物が、あるシーン以降はついていけなくなる…そういった違和感は嫌悪・恐怖につながる。通常の伊藤潤二作品が「異形」を得意とするならば「異情」とでもいえるかもしれない。
そういった心理的な唐突さ(ついていけない感じ)は、人によってはコメディと感じるかもしれないが、伊藤潤二には珍しく、「絵力(えぢから)」抜きでサイコホラーを重視した作品群(「シナリオ通りの恋」「いじめっ娘」等)に共通しているように思う。
大体の作品では絵のインパクトが強過ぎて、気が付きにくいが伊藤潤二作品の大きな魅力は、この鋭い心理描写によるところも大きいと思う。


「記憶」が含まれる短編集(「伊藤潤二傑作集」」はこちら↓

伊藤潤二傑作集 6 路地裏 (ASAHI COMICS)

伊藤潤二傑作集 6 路地裏 (ASAHI COMICS)


*1:夫は、同じく映画監督で、『ALWAYS 三丁目の夕日』や『STAND BY ME ドラえもん』『寄生獣』などで知られる山崎貴