ちょうど、社会派でも何でもないパズラー的ミステリが読みたいと思っていたタイミングで、少しイレギュラー感のあるこの本を読むことに。
帯を見て思い出したが、元々、ちょうど一年前、2023年から2024年にかけて中学、高校、大学のビブリオバトルの全国大会で、チャンプ本をすべて取った下村敦史『同姓同名』の著書だった。
ただ、同姓同名を題材にしたミステリは、それなりに過去にあった気がするし、『同姓同名』自体にはあまり興味を惹かれなかったので最新作のこちらを読むことにした。
ビブリオバトルの3世代3大会のグランドチャンプ本にも選ばれた『同姓同名』の著者が新たに仕掛ける、
多重推理しかも密室しかもデスゲームだけど……
下村ミステリはフツーじゃ終わらない!「私が犯人です!」「俺が犯人だ!」、全員犯人です!
社長室で社長が殺された。それに「関わる」メンバーが7人ある廃墟に集められる。未亡人、記者、社員2人、運転手、清掃員、被害者遺族ーー。やがて密室のスピーカーからある音声が流れる。「社長を殺した犯人だけ生きて帰してやる」。犯人以外は全員毒ガスで殺す、と脅され、7人は命をかけた自供合戦を繰り広げるがーー。
最初に書いておくと、今回は、「ダメでした」という感想です。
それでは何がダメだったのかを少し整理してみる。
出落ち過ぎる
結局この一言に尽きる気がする。
タイトルに命を懸けすぎていて、それに辻褄を合わせるために話が作られているように感じてしまう。
上に引用したあらすじ部分に、そういった問題が既に漏れ出てしまっている気がするが、そもそも「多重推理」しかも「密室」しかも「デスゲーム」というカードの使いどころが悪い。
まず 、「密室」「デスゲーム」は、これまでに類例が多いというハンデがあるにもかかわらず、冒頭で示される「社長を殺した犯人だけ生きて帰してやる」という脱出条件が全然ピンと来ない。この時点で、あれ?このタイトルに着地させるために無理な条件になっているのでは?と邪推してしまう。
さらに「多重推理」は、全く異なるタイプの推理が2種3種出るから意表を突かれるのであって、マイナーチェンジを延々と繰り返す多重推理は少し退屈だ。そもそも未読の人に向けてミステリの構成を明らかにしてしまうこと自体いかがなものか。「この本は叙述トリックが売りです」という引き文句と変わらない。
ただ、終盤に、デスゲームはブラフではなく、実際に生存者1名を除いて皆死んでしまったことが明かされる。「どうせ嘘だろ」と高を括っていた自分にとって、ここだけは襟を正し、どんでん返しを期待させる展開だったが、結局全体として尻すぼみの印象となった。
ここからは完全にオチに関わるネタバレ部分になる。
小説の中で進行していたのは、実際に起きた事件と、それを探偵が「リプレイ」した(捜査のための)再現という、時系列の異なる2件があり、それらが意図的に混ぜて語られてきたことが明かされる。これも、捜査のために探偵を集めてそんなことするか?と、最初の「犯人だけ生きて帰してやる」という謎ルール以上に、疑問に感じてしまった部分だ。
最後に、ただ1人の生き残りは、殺されたはずの社長その人だった、という大オチが待っていて、確かにミステリとしては恰好がつくが、「毒ガス」も「リプレイ」もそれをこじつけるための気がして、素直に驚けない。
さらにもう一度最初に振り返ってみると、この、かなり無理しているストーリーは、このタイトルを説明できるものだったのか?と考えると、及第点ギリギリという程度ではないだろうか。読み終えて、タイトルから期待した通りの傑作だった!という感想を持った人がどのくらいいるのか知りたいくらいだ。
つまり「タイトル負け」しているのではないか、という感想が先に立ってしまう。
例えば早坂吝『○○○○○○○○殺人事件』、柾木政宗『 NO推理、NO探偵?』のように、タイトルの強度が強く、それに負けないほどの内容(どちらもバカミスですが)を伴ったミステリも多い中では、やはり、このタイトルは羊頭狗肉に映ってしまう。
そうか、自分は、ミステリとしての完成度云々という以上に、このタイトルが許せなかったのだ。
ということで、何故面白く感じられなかったのか3項目くらいに分けて考えようと思っていたが、「タイトル負け」の一言で済んでしまう結果となりました。
ただ、タイトルで大きなこと言ってしまうミステリは嫌いではないです。
次は、同傾向の気がする、2024の大学生ビブリオバトルチャンプ本である七尾与史『全裸刑事チャーリー』を読んでみたいと思います。未読でしたが、この作者の『死亡フラグ』も気になっていた本ですね。(というか、大学生ビブリオバトルは、もう少し「さすが大学生!」的な本が勝つと恰好つきますね…)