Yondaful Days!

好きな本や映画・音楽についての感想を綴ったブログです。

シンプル・イズ・ベスト~チョン・ミョンソプ『記憶書店 殺人者を待つ空間』

韓国ミステリは、以前、キム・ヨンハ『殺人者の記憶法』を読んでおり、かなり良い印象を持っている。『殺人者の記憶法』は、いわゆる、「絶海の孤島」「雪山の山荘」的なミステリではなく、独白が多めの、私小説的、日記的なミステリで、『記憶書店』もそれに似る。

今回、また「記憶」かよ…と思ってしまう部分もあったが、映画『殺人の追憶*1から始まる、韓国ミステリの伝統なのか、もしくは翻訳タイトルとして「こっちが売れる」という判断なのかもしれない。

ただ、読んでみれば、内容に沿った良いタイトル。
物語自体も、日本のミステリのように、こねくり回さない、シンプルで満足度の高いミステリだった。

やや書き過ぎの「あらすじ」

他ジャンルと比べてミステリが読みやすいのは何故かと言えば、「何が物語のゴールなのか」が早い段階から(多くの場合、読む前から)明示されているからだ。
この本も、あらすじを見るだけで、ゴールがわかる。(以下、あらすじに続けて「このあらすじはネタバレは含んでいないけど書き過ぎだよね…」という文章を書くので、読まずに飛ばすのも良し…)

残忍な男によって、目の前で妻と娘の命を奪われたユ・ミョンウ。犯人は捕まらず、未解決のまま15年を迎えた。犯人が古書に異常な執着を持っていることを見抜いたユ・ミョンウは、犯人をおびき出すために古書だけを扱う〈記憶書店〉を開店した。そこに現れた4人の怪しい客。「この中に犯人がいる」と確信し、調査をはじめるが……。
家族を失った怒れる男のかつてない復讐劇が、いま始まる。

Amazonあらすじ)

ただ、個人的には、やや書き過ぎのように思う。ネタバレを含まないというルールにしたがってはいるが、この本の魅力の一つである、叙述の緊張感をすっ飛ばしてしまうからだ。

この本は、犯人である「ハンター」の独白から始まり、その後、主人公のユ・ミョンウとハンターの心理描写が交互に表れる。その中で、読者が過去のいきさつを把握していくのが、序盤の楽しさなのだが、あらすじを読むと、この楽しさが削がれてしまう。
...というようなことがいつでも生じうるのが「あらすじ」なので、自分は、基本的に、本を選ぶときは目を通すが、実際に本を読み始める前には、あらすじは読まない。(読み始めるまでの間に忘れているので、「読まない」のではなく、「直前には読まない」。)

わかりやすいゴールまでシンプルに辿り着くミステリ

話が横道にそれたが、反対に言えば、「終盤になっても読者がゴールを掴めないミステリ」は、ミステリとして失敗している。それが、一つ前に読んだ、あさのあつこ『彼女が知らない隣人たち』の失敗だと思う。
このあたりの話は、自分の書いた文章(2019年5月)で、非常に上手く整理していた部分があった。

最近、小説や映画を観る際に自分が意識しているのは、読者のフォーカス。つまり、読者が「クライマックス」だと感じるキーポイント(物語を引っ張る鍵)が事前にしっかり示せているか?それがいつ来るのか?全部解決しているか?
満足度200%のドイツミステリー~セバスチャン・フィツェック『乗客ナンバー23の消失』 - Yondaful Days!

フィツェック『乗客ナンバー23の消失』の面白さを説明している文章だが、これにしたがって言えば、『記憶書店』のキーポイントは、あらすじにも書かれているよう「犯人は誰なのか」「主人公は復讐できるのか」で、序盤に明確に示されており、非常にシンプルだ。
そして、実際に、このゴールに向かって一直線に物語は進み、展開のひねりも最小限(でもピリリと辛い)でエピローグまで進む。改行多めで行間も緩い250ページなのであっという間に読めるのも良くて、満足度は高い。


同じ内容を日本の作家が書けば、シンプル過ぎてつまらない、と思ってしまっただろうが、実際、端々に表れる異国の香りもアクセントになり、個人的には「韓国」を味わった気がしてよかった。
特に、物語の後半、あらすじにも書かれる「4人の怪しい客」のうちの3人に対して身辺調査を行う場面が出てくるのだが、それぞれの住む家*2に向かう交通手段や周辺の風景描写を読んで、ちょっとした小旅行気分を味わった。

シンプルということで言えば、日本では、ここまでシンプルなミステリを書こうとする人はいない気がする。訳者あとがきでも書かれているが、韓国では近年まで推理小説作家が少なかったというので、それゆえなのだろう。*3
中国・韓国のSFが注目されるのと同じことが、ここでも起きているように思う。


ということで、改めてミステリの「ド真ん中」にある良さを感じた一冊でした。
翻訳ミステリを苦手とするのは変わらないけど、国外の文化を知る楽しさもあったし、何といっても、すぐに読み終わるのが良かった。

これから読む本

調べてみると、韓国ミステリも、もう少し複雑で面白そうなものもあるじゃないか。
ちゃんと読んでみよう。
あと、自分の過去のブログを読んで気になったフィツェックのドイツミステリも。

誘拐の日 (ハーパーBOOKS)

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*1:『記憶書店』の中でも引用されている。実在の事件が元になっていることもあり、韓国の中でも特別な作品なのだろう

*2:ところどころに「半地下」が出てくる

*3:軍事政権下では、エンタメ目的で小説を書くという発想が無かったからと聞いた