Yondaful Days!

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中盤の「対話」シーンに驚き~潮谷験『時空犯』

私立探偵、姫崎智弘の元に、報酬一千万円という破格の依頼が舞い込んだ。依頼主は情報工学の権威、北神伊織博士。なんと依頼日である今日、2018年6月1日は、すでに千回近くも巻き戻されているという。原因を突き止めるため、姫崎を含めたメンバーは、巻き戻しを認識することができるという薬剤を口にする。再び6月1日が訪れた直後、博士が他殺死体で発見された……。

『スイッチ 悪意の実験』でメフィスト賞を受賞した潮谷験の怒涛の第二作!

思っていたより、まろやかな面白さだった。もともと最新作『エンドロール』の書評を見て気になった潮谷験だが、メフィスト賞作家ということで、もっともっと尖ったものを期待してしまった。
もちろん「ループものミステリ」という特殊ジャンルである時点で十分異色で、さらにあらすじでは伏せられている、「突拍子もない出来事」もあることはある。それでも、特に混乱せずに全くつっかかるところなく読める。そういうリーダビリティの良さは、語り口の巧さ故なのかもしれないが、「普通のエンタメ」作品っぽくて少し残念だった。

以下ネタバレ

上では「突拍子もない出来事」と書いたが、一番良かったのは、やはり、人間とは別の「知性体」と主人公が話をしてしまうシーン。
この、読んでいて「自分は何を読まされているんだ」感のある読書体験はほかに代えがたい。ところが、一応ミステリではあるので、『百年泥』みたいに攻め過ぎはしない。
結局そこがつまらなかった点、ということになるだろうか。
この、時間遡行が可能な(というか時間の概念が人類とは異なる)知性体との対話、という途轍もなく興奮する対話の最後に、主人公役の探偵(姫崎)が何を話すかと言えば、落ち着き払って犯人捜しのヒントを教えてもらう。


え!?
全人類未体験の、いわば歴史的な状況にも関わらず!


この風呂敷の閉じ方は無いと思ってしまう。
しかも、その後の犯人捜しも、それなりに理屈がしっかりしていて、そこもまた詰まらない。深水黎一郎『ウルチモ・トルッコ』(新題『最後のトリック』)などは、作中でも「前代未聞のトリックやるよ!」とハードルを上げまくって「何とか着地」したが、ああいうギリギリ感が自分にとっては一番楽しい。(それが納得のいかない終わり方であっても)
『時空犯』の印象は、タイトルやあらすじでは「4回転半飛ぶよ!」と言っておいて、結局飛ばずに「3回転半」と「4回転」を組み合わせて無難にまとめた感じ。

なお、キーパーソンである北神伊織博士。自分の中では、台湾の蔡英文総統のイメージ。
最後に、(ネタバレ予防のため冒頭しか読んでいなかったが)潮谷験を読もうと思ったきっかけの杉江松恋の『エンドロール』評を。やっぱり尖った内容を期待してしまう内容。
www.webdoku.jp


次は、『エンドロール』にしようか『スイッチ』にしようか。

参考(過去日記)

pocari.hatenablog.com
pocari.hatenablog.com