Yondaful Days!

好きな本や映画・音楽についての感想を綴ったブログです。

伊藤潤二『新・闇の声 潰談』

新・闇の声 潰談 (眠れぬ夜の奇妙な話コミックス)

新・闇の声 潰談 (眠れぬ夜の奇妙な話コミックス)

2006年11月に発売された、伊藤潤二の3年ぶりの最新作。
いつもどおりの短編集なのだが、パワーが落ちる。一読目では、ムムムっと思った。
本人によるあとがきもかなり弱気だ。

続刊がこんなに遅れた理由については、色々事情がありますが、一番の理由は私の体力の低下でしょうか。(略)
絵も未だに理想には程遠く、ストーリーの何たるかも、もっと勉強しなければなりません。

本人の言うとおり、絵も線が弱めだと感じたし、何よりもストーリーがピーク時に比べるとフォロワーが本人を真似てつくったような人工的な印象があったのだ。
基本的には、ワンアイデアで、そのアイデアもいつもどおり「奇抜」なのだが、いまひとつ突き抜けないのは、「理解不能感」というか「ついていけない感」「作者の脳みそを割って中身を見てみたい感」に欠けるのが原因だろう。ピーク時に比べると、いわば「想定内の奇抜さ」であることが、イマイチという感覚につながっている。
それほどまでに、ピーク時の伊藤潤二の作品は、「わけがわからない」。
手元にないので、うろ覚えだが、確か「道のない街」という短編だったが、まったく意味不明の展開を見せて、投げ出されて終わりという、想像を絶する話があった。(ストーリーについては実際に読み直してからもう少し具体的に書くかもしれない。⇒下エントリで触れています。)
通常のジェットコースターは、落ちる場所が見えているから心の準備もできるし、全体コースがある程度わかるから、ゴールが近いのもわかる。それに比べると、「道のない街」のストーリー展開は、スペースマウンテン的というのがふさわしいだろう。先が見えないし、どちらに曲がるかもまったく予想がつかない。いつ終わるのかもわからない。
〜〜〜
ただし、再読すると、初読時に感じたそういう「あら」はほとんど目立たない。やはり再読時は、ストーリーの「どんでん返し」に求めるものが小さくなるということかもしれない。
それよりも、改めて気づかされたのは、伊藤潤二作品の構図のうまさと、「インパクトのある絵」に懸ける作者の心意気。先日の『ギョ』で思ったことは、ほかの作品でも共通するようだ。
「双一の愛玩動物」における双一の感電シーン、「幽霊になりたくない」での“貪る”シーン、「潰談」での“潰死”シーン、どれもが一コマだけで額に入れて飾りたいくらいの、いわば「絵力(えぢから)」が溢れている。

古屋:乙一さんはデビュー以降、ライトのベルを中心に活動されてきましたよね。だからでしょうか、物語のつくり方として、奇抜な環境設定がまずあって、そこからいかに物語を転換させていくかとか、ラストでぐっとこさせるにはどうするか、といったテクニックを持っていますね。

乙一の作品について、『ZOO(1)』の解説(対談)で、古屋兎丸が上のように論評していたが、伊藤潤二は、「絵力(えぢから)溢れる一コマ」を描くために、ひとつの漫画を仕立て上げている、といっても過言ではないかもしれない。
ということで、初読時の印象はあまりよくなかったが、何度か読み返すと、やはり伊藤潤二の天才を改めて感じる作品集だった。