伊藤潤二恐怖博物館 5 路地裏 (ソノラマコミック文庫 い 64-5)
- 作者: 伊藤潤二
- 出版社/メーカー: 朝日新聞出版
- 発売日: 2007/11
- メディア: 文庫
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僕が伊藤潤二さんの作品群に夢中になった理由は大きく分けて二つあります。
まず、その恐ろしいまでの妄想力。
”なんでこんな変なこと考えつくの?”という驚き、ですね。
(略)
それと、すみません。実はこっちの方がより強い理由なのですが、伊藤さんの作品に出てくる女性たちに強く惹かれたからなのです。それはもう”伊藤家のお嬢さん”と呼びたいほどに礼儀正しく、常識をわきまえ、言葉遣いが丁寧で、適度な精神的強さを持った、実に人間として信頼できる女性です(富江は別として)
言われてみれば、そういった”伊藤家のお嬢さん”*1が、恐怖要素を盛り上げる、そういう部分は確かにある。しかし、これは「スイカに塩」理論の「塩」なのであって、本体である「スイカ」こそは、恐怖を絵で見せつける圧倒的な絵力(えぢから)だと思う。
この巻でいえば、「ファッションモデル」はその典型だが、”伊藤家のお嬢さん”そのものである森珠枝ちゃんと対照的に描かれるのは「恐怖」そのものを人のかたちにしたようなファッションモデル・淵。
山奥での映画撮影の休憩中に、駆け込んできた三宅の「山の中で珠枝ちゃんが… 淵に×××」という衝撃的な台詞も含めて、この話は、筋だけ説明するとギャグ漫画になりかねないが、一度読めば、あまりに印象的なモデル・淵の顔立ちが、(作中の主人公・岩崎と同様に)頭から離れなくなることを覚悟した方がいいかもしれない。それほどのパワーを持っている。
そのほか、この巻では、ストーリーよりも絵で見せる話として、「煙草会」「黴」がある。
特に前者。「ファッションモデル」には、まだ、しっかりとしたオチがあるが、「煙草会」には全くオチがない。では、どうやって物語を終わった感じにさせているかといえば、ラストのひとコマの迫力で押し切ってしまっているのだ。
「黴」は、オチが用意されているが、それよりも、(ストーリーとは無関係の)サイバーパンク的な世界観のラストひとコマが印象的だ。また、家の変化の過程が丁寧に書かれていることや、呂木先生というキャラクターへ抱いてしまう生理的嫌悪感も、全てはラストひとコマに向かっているように思える。
そう思ってみると、「ファッションモデル」も「煙草会」も「黴」もラストひとコマのイメージが先にあってそこから遡って話を作り上げたと考えるのが自然だという気がしてくる。(だから奇妙な話になるのでは?)
構図的なものも含めてできるだけ印象に残すひとコマこそが、伊藤潤二の醍醐味で、沢山の映像作家が彼の作品をドラマ化・映画化している理由なのだと思う。
そのほかの作品について。
他の話を思い出す話が多かった。
- 「路地裏」は、一連の路地裏もの。「中古レコード」など。
- 「落下」は、「薄命」のような、町で起きる奇妙な現象もの。空関連という意味では「首つり気球」
- 「相部屋」は、病院もので「富江(森田病院編)」
- 「旅館」は、奇妙なものに凝りだす父親が「うずまき」
- 「許し」は、全体的な骨格が「緩やかな別れ」
- 「道のない街」は、奇妙な街もので「地図の町」
- 「記憶」は、これは楳図かずお『おろち』の一篇を思い起こさせるが、ラストのはずしが素晴らしい。
それにしても「道のない街」の筋の読めなさはスゴイ。他の話はほとんど32頁のところを、この話だけ70頁も取っているから、中編とでも呼ぶべきか。その試みが成功しているかどうかは別として、これほど変な話も珍しい。
なお、恐怖博物館シリーズは、現在、伊藤潤二傑作集と名前とサイズを変えて出版されているようです。『恐怖博物館(5)路地裏』と同内容のものはこちら↓
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