Yondaful Days!

好きな本や映画・音楽についての感想を綴ったブログです。

人類の起源に挑むバイオレンス・アクション~佐藤究『Ank』

最近、上野動物園のパンダに関するニュースがあった。

野動物園(東京都台東区)は19日、雌のジャイアントパンダ「シャンシャン」(4歳)が展示室のアクリル板を壊したと公式ツイッターで明らかにした。影響で一般公開が約40分間中断した。シャンシャンにけがはなかった。
〔写真特集〕上野動物園のパンダ

園によると、同日午後1時前、展示室の窓の格子に取り付けているアクリル板をシャンシャンが割ったと、警備員から飼育員に連絡があった。確認すると、高さ約1メートル、幅約50センチのアクリル板の端がB5判大に欠けていた。園は破片を回収。シャンシャンの口内に出血など異常はなかった。
壊した理由について、担当者は「いたずら中に力がかかってしまったのではないか」と話している。
シャンシャン、アクリル板壊す 上野のパンダ、公開一時中断:時事ドットコム

こんな動物ニュースに見られるちょっとした「綻び」が後に怒る大惨事のきっかけだと、当時の自分は思いもよらなかったのだった…。
佐藤究『Ank』は、こんな作り話を妄想してしまうような、妙に現実味のあるSFだった。

2026年、京都で大暴動が起きる。「京都暴動=キョート・ライオット」だ。人々は自分の目の前にいる人間を殺し合い、未曽有の大惨劇が繰り広げられた。事件の発端になったのは、「鏡=アンク」という名のたった1頭のチンパンジーだった。霊長類研究施設に勤める研究者・鈴木望は、世界に広がらんとする災厄にたった1人で立ち向かった……。

文庫ながら600頁超という厚さも気にならないほど、次を次をと先を急いであっという間に読み終えた、いわゆる徹夜本。

冒頭から、2026年10月26日に起きた京都暴動(ライオット)の惨状の一端が明かされる。
それと並行して、京都暴動数日前のインタビューの形で、人の進化と類人猿の知能について説明がある。

  • 猿(MONKEY)と類人猿(APE)は異なる生き物
  • 生命進化の系統樹の頂点である人類に最も近いのが類人猿
  • 他の霊長類を圧倒する知能を持った大型類人猿は4種。チンパンジーボノボ、ゴリラ、オランウータン。

しかも、ウイルスが原因でないことまで最初から明らかにされており、読者は、京都暴動がどのように起きたのか、だけでなく、そしてその原因として、進化の過程に何かがあるという、サイエンスへの好奇心が膨らんでいくように誘導される。
最初から、自分は『星を継ぐもの』級を期待していた。*1

さらには主要登場人物である霊長類研究者・鈴木望サイエンスライター・ケイティの過去のエピソードも印象的で最初の200頁くらいは本当にあっという間だ。
特にケイティのエピソードが面白い。20歳の頃ドラッグに依存し、依存者のケアセンターにいる時に、70代のカウンセラー見習いと電話で話をすることになる。カウンセラーのルイは教養もあり会話は楽しく、人生の深い部分の相談にも答えてもらい満足して電話を終えたケイティは衝撃の事実を知ることになる。
ルイはカウンセリング用のAIだったのだ。
このAIを作ったダニエル・キュイこそ、物語の冒頭でお披露目*2され、鈴木望がセンター長を務める京都府亀山の研究施設KMWP(Kyoto Moonwatchers Project)の出資者。
京都大学の霊長類研究について、また、科学者今西錦司の名前は、作中でも言及があるが、自分もチンパンジー・アイちゃんの名前と記憶していたが、AIを用いた言語研究も含めて、このあたりの現実世界とのリンクが、小説のリアリティを高める。*3

さて、問題は残り300頁以上を残して、京都暴動が発生してしまうことだ。
しかも原因が警戒音(アラームコール)にあることも判明してしまった。
間延びするのではないか?

しかし、繰り返される阿鼻叫喚の「暴動」の状況は、西村寿行『滅びの笛』のような、アクション・バイオレンスものとして、映画を見るように読み進めていける。
また、後半に登場するパルクールの少年・シャガの活躍のおかげで、ラストのチンパンジー・アンクとの鴨川を背景にした追いかけっこは絵的にも素晴らしく、まったく飽きさせない。

そして終盤に近づけば近づくほど、ダメ押しのように次々と重ねられる自己鏡像認識やSiSat反復などDNAに関する解説。副題につけられたmirroring apeの意味。
すべての原因の推定については鈴木望がケイティにあてた録音の中に収められているのだが、最後になっても「暴走と制御」という重要な要素が現れる。
『QJKJQ』もそうだったが、過剰な暴力とその制御をどのように表現するか、というあたりに佐藤究の作品のメインテーマがあるのではないか。

恐れていた間延びは全くなく、600頁超をまったく飽きさせず読ませる。
解説で今野敏が「センス・オブ・ワンダー」という言葉でこの作品を称えているが、まさに第一級のSFと言ってもいいように思う。
チンパンジーの話は興味を惹かれる部分も多かったので、最後に参考文献として挙げられているものはいくつか読んでみたい。
そして『テスカトリポカ』も。

*1:人類の起源と最新知識との組み合わせという意味では山田正紀『ここから先は何もない』が近いか

*2:終わってみたら新施設のお披露目からカタストロフというのは、名探偵コナンの映画のいつものパターン。読みやすさの一つの理由かも…

*3:ところで、Wikipediaや霊長類研究所のHPを見ると、1976年生まれのアイちゃんは存命だとか。⇒チンパンジー・アイの紹介 | 京都大学霊長類研究所 - チンパンジーアイ