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「普通の価値観」を疑う4編〜村田沙耶香『殺人出産』

殺人出産

殺人出産


芥川賞を取ったばかりの村田沙耶香。彼女が文庫版解説を書いている山田詠美『学問』からの流れで、この本を読んだが、非常にテーマ設定が独特で面白かった。
収録されている4つの短編は非常によく似ている。
死、生、性、遠い昔から当たり前のように信じられている価値観が、技術の発展やブームで大きく変化する社会が描かれている。しかも、どの短編も、今とは異なる「新しい考え方」が先鋭的なものではなく、多くの人に共有されている世界が舞台となっている。
SF小説のサイエンス部分を除いたフィクションという感じで、変わった設定の小説を読みたい人には、特にオススメできる一冊だった。

昔の人々は恋愛をして結婚をしてセックスをして子供を産んでいたという。けれど時代の変化に伴って、子供は人工授精をして産むものになり、セックスは愛情表現と快楽だけのための行為になった。避妊技術が発達し、初潮が始まった時点で子宮に処置をするのが一般的になり、恋をしてセックスをすることと、妊娠をすることの因果関係は、どんどん乖離していった。 p12
(「殺人出産」)

現代では、精神的な問題でパートナーと性行為ができないという方が増えています。性的嗜好に合った相手が、家族としてふさわしい人間だとは限りませんし、その逆もしかり、ですよね。条件が合っていて家族として適している人物に、性的に興奮するとは限らない。
そもそも、従来の、夫婦でセックスをして子供を作るという考えが、古いんです。時代とまったく合っていませんよね。快楽の性行為と妊娠のための性行為とは、今では大きく乖離しているというのに、そもそもそれを一緒くたにするということがナンセンスなんです。現代人の実情にそぐわないのです。 p162
(「清潔な結婚」)

私たち十代の間では、今、カップルよりもトリプルで付き合っている子たちの方が多い。三人で付き合うという恋人の在り方は、十代を中心に、ここ五年くらいで爆発的に広がった。
(中略)
ブームのきっかけになったアーティストは麻薬で捕まって消えたけど、私が高校二年生になった今も、トリプルの流行は終わっていない。流行とは大人が言った言葉で、私たちの間ではこちらのほうが自然なことになりつつある。きっと、私たちの間にはずっと潜在的にあったのだと思う。どうして「二人」で付き合うのだろう?誰が決めたのだろう?という想いが。
外国はもっと進んでいて、どう成婚より先にトリプルの結婚、三人での婚姻を認めるべきだ、というデモが何度も起こっている。 p120
(「トリプル」)

医療が発達し、この世から「死」がなくなって100年ほどになる。老衰もなくなったし、事故死や他殺による死も、技術が発達してすぐに蘇生できるようになった。
人口は爆発するかと思われたが、意外にそうではなく、私たちは、「そろそろかな」と思ったときに、自分で好きなように死ぬようになった。 p186
(「余命」)


特に、「殺人出産」と「清潔な結婚」の設定は共通しており、どちらもセックスと妊娠を完全に分離して考える世界をイメージしている。
また、「トリプル」でも、トリプルを嗜好する高校生の主人公が、偶然、親友のカップルの性行為を目撃して吐き気を催し、あれは「不気味だ」、「正しいセックスではない」、と主張する。
さらに言えば、このことは、山田詠美『学問』の文庫解説での村田沙耶香の告白とも共通するものがあり、性的なものを改めて問い直す設定は、無理やり捻り出したというよりは、彼女自身が常日頃思っていることなのだろう。世の中の人が当然と思っていることも、技術やブームで大きく変わってしまうものに過ぎない、と疑ってかかる。そんな思考実験を進めることで、「性とは」もしくは「生とは」「死とは」という部分に焦点を当てることができる。


また、SFであれば、そういった思考実験の条件設定を緻密に構築するのに対して、そこは敢えて緻密にはせず、読者に違和感を抱かせるようにつくってある。どんなに疑問を抱いても「それが普通だから」で説明されてしまうことは、現代の世の中でも多くあり、むしろ、読者に「小説の世界だから自分と関係ない」という安心感を与えないためなのかもしれない。


とは言っても、表題作である「殺人出産」の設定は雑だと思う。

「産み人」となり、10人産めば、1人殺してもいい──。そんな「殺人出産制度」が認められた世界では、「産み人」は命を作る尊い存在として崇められてい た。育子の職場でも、またひとり「産み人」となり、人々の賞賛を浴びていた。素晴らしい行為をたたえながらも、どこか複雑な思いを抱く育子。それは、彼女 が抱える、人には言えないある秘密のせいなのかもしれない……。
Amazonあらすじ)

なぜ10人なのかとか、殺す相手を申請するタイミングのことだとか、全世界共通のルールなのか、とか、疑問点が多過ぎて、物語に入り込めない部分があった。ラストの展開も不快感が残るし、作品内で大流行している「蝉スナック」という食べ物も気持ちが悪い。そこまで計算ずくなのかもしれないが、自分としては、共感できないし、入り込めない作品だった。
また、4編を通じて、基本的に「問題提起」にとどまり、村田沙耶香自身の主張が少ないように感じた。「殺人出産」については、自分が十分読めていない可能性があるが、たびたび例に出すが、『学問』の解説で見せた熱量は感じられなかった。
その意味では、もう少し長い作品を読み、作者の強い気持ちに触れてみたいと思う。


次は、当然芥川賞を受賞した『コンビニ人間』を読みたいが、WEB本の雑誌の「作家の読書道 第125回:村田沙耶香さん」を読んで、もう少し他の変わった作品にも手を付けてみたいと思った。
なお、この記事の中で、同世代の女性作家の本をよく読む、ということで挙げられていた名前と生年を確認すると以下の通り。村田沙耶香の上下5歳ずつくらいの範囲の人ということらしい。世代も意識しながら読んでみたい。

また、この「作家の読書道」のインタビューの中で出てくる、学校の図書室にあった、初潮を迎える女の子が出てくる小説は全部読んで生理が始まるのを楽しみにしていた、というエピソードや、内田春菊ファザーファッカー』が好きだという発言を見る限り、相当変わっている人なのかもしれないと思う。
どの本も読みたいけど、三島賞を取っている『しろいろの街の、その骨の体温の』(2012)、昨年の作品でやはりSF設定の『消滅世界』(2015)が気になる。

消滅世界

消滅世界


なお、Wikipediaで知ったが、この『殺人出産』は、第14回センス・オブ・ジェンダー少子化対策特別賞を受賞しているという。
ジェンダーSF研究会が主宰というこの賞は2001年から今も続いており、受賞作がなかなか面白いので、これを見て読みたい本を見つけるのもありかも。
センス・オブ・ジェンダー賞受賞作一覧Wikipedia