Yondaful Days!

好きな本や映画・音楽についての感想を綴ったブログです。

ワタミ社長に頼りたい〜『もう、国には頼らない。経営力が社会を変える!』

もう、国には頼らない。 (NB online book)

もう、国には頼らない。 (NB online book)

コラムなどで、その言葉を見知ってはいたが(そして良いイメージしかなかったが)、この人の本を読んでみたいと思ったのは、速水健朗『自分探しがとまらない』での否定的な取り上げられ方を読んでからだった。

企業の経営者が従業員に自己啓発を強いる理由は一つだ。“ポジティブ・シンキング”を植え付け、安い給与で目一杯働かせること。
(略)
その代表が大手居酒屋チェーン和民グループ。その代表である渡邉美樹はテレビなどマスメディアにも数多く登場し、労働や教育についての講演も行っている人物だが、彼の持論は「夢を持ち続ける限り必ず夢は成る」というものだ。これは和民グループ全体を覆う企業カラーになっている。
(略)
こういった自分探し系の若者たちが「夢」などという言葉に乗せられて、労働者として搾取される姿を指して、労働社会学者の本田由紀は「<やりがい>の搾取」という言葉を使っている。(P169-170)

そんな問題意識で読み始めたものの、そういった自分のネガティブな見方が人間的にちっぽけなものに思えてくるほど、この人の実績と、その背後にある「顧客志向」の考えの徹底ぶりに驚くばかりだった。一例を挙げれば、介護について。

なぜ(車椅子よりも圧倒的に安い歩行補助器具のロレーター)がさっぱり普及しないのか。実は介護をする側の論理が裏に隠れているのです。ロレーターだとお年寄が動き回りますから、万が一お年寄に認知症が入っていたりすると、監視が困難になってしまいます。その点、車椅子のほうが見守りやすいというわけです。
この話はやはり、日本の福祉が陥っている本末転倒な話のひとつではないでしょうか。
介護するほうの事情なんてどうでもいい。福祉の主人公はお年寄りなのに・・・。P204

学校、農業、介護など、民間よりも国の裁量が強い業種のすべてにおいて、生産者保護の傾向が強いことを指摘し、本来の「顧客」を志向する原則に戻ることが、本書で一貫して述べられている。
勿論、顧客だけでなく、社員の幸せについても再三述べられており、その点では前述した「<やりがい>の搾取」の批判に対して、本人が自覚しているところもあるのかと思える。
しかし、ここで挙げられているいずれの分野でも、渡邉美樹が「改革」を始める際に、3割とか5割とか多くの人が辞めていることを考えると、顧客志向のあまりの徹底ぶり(辛くてもお客様のために!)についていけない人も相当数いることがわかる。当然、下に行けば行くほど、それこそバイトレベルでは、その精神が浸透しておらず、不満ばかりが募ることも想像できる。
彼が、現在学生の身分でワタミのバイトをやっていれば、それこそ身を粉にして働き、そのうえで、より「お客様のために」なるにはどうすればいいかを考えて経営の道に進むだろう。その点で、渡邉美樹の哲学と、彼のバイトの待遇には矛盾はない。
ただ、この両者を天秤にかけた場合、自分は、渡邉美樹よりもワタミバイトに共感する。*1
何せ、渡邉美樹みたいな人は、稼いだお金も、自分のためでなく「顧客」のために投資する(結局はそれが自分のためなのだが)生粋の「お客様」志向の人なので、お金に対する考え方(つまりは人生についての考え方)が全く異なる別人種のように思えるからだ。自分は、そこまで自分に厳しくなれない。そして、自分のような思いを持つ人が大多数なのではないか?
逆に、「夢」が何かについて自分のイメージが明確で、それが渡邉社長と近い人ならば、ワタミのバイトをやっていても「<やりがい>の搾取」を感じないかもしれないが、そういう人は違う職業に就いているだろう。
と考えると、渡邉社長が「安い給与で目一杯働かせよう」と思っていなかったとしても、大多数の従業員が、労働条件に対して不満を感じるのも当然である。
こういったワンマン社長の経営の問題について、よく知るわけではないが、彼の「哲学」には共感する部分も大きいだけに、こういった組織には、とびきり優秀なインタープリター(社長の哲学を常人に受け入れやすいように調整して解説する人)が必要なのではないだろうか。


最終章では、お客様に、地球環境のために「我慢する」という選択をお願いすることについても述べられている。教育や環境の問題は、単純な「顧客志向」では立ちいかない問題のはずであるが、この人だったら、何かやってしまうのではないか。自分と地続きではない人だからこそ、他力本願的に、そこに期待してしまう。
〜〜〜
ところで、例の賃金未払いの事件で騒ぎになった頃に、id:atnbと都内某所の坐・和民で飲んだ。*2社員教育の徹底を言うワタミだけに、サービスの高さに期待したが、良くも悪くも普通の居酒屋でした。最初のオーダーが来るのもものすごく遅かったし・・・(笑)。

*1:雑誌m9の小飼弾×赤木智弘対談も、若干後者に共感したことも含め、弱者に共感しやすいのが自分のダメさ・弱さ・甘さだと思う。本当は、ダメ人間に「おまえはダメ」といえる強さを持ちたい。

*2:なつかしやと同じ日です。