Yondaful Days!

好きな本や映画・音楽についての感想を綴ったブログです。

湯浅健二『サッカー監督という仕事』★★★★★

サッカー監督という仕事 (新潮文庫)
土日、静岡で著しく疲労したため、本日は休み。(予め申請していた有給休暇)
サッカーというスポーツは、技術がなくても、(相対的な)体力でそれを補えるスポーツだと思うが、今回、これまでの貯金を使い果たしてしまい、ひどい状態に。特に体重増について、多くの人から指摘を受けてショック。少し何か考えなくてはいけません。
 
そんな静岡行きの新幹線の中、モチベーションを上げるために手に取ったのが、この本。湯浅健二『サッカー監督という仕事』。全く興味がない人でなければ、サッカーというスポーツの楽しみ方の入門編として楽しく読める本。ジーコトルシエの比較など今年に入ってからの書き下ろしもついて540円というのは非常にお得。実際の試合の様子を例にとって説明する部分は、ある程度知識があるほうがより楽しめるが、それ以外は、スルッと読める。興味のある人は騙されたと思って読んでほしい。
この本の中では、いくつか繰り返される表現があるが、どれもなるほどと頷かされる。
一つ目は、選手に必要なものとして「クリエイティブなムダ走り」(ボールがないところでのフリーランニング)、端的に言えば「汗かきプレー」の重要性。常に考える=集中することが重要であり、これは結局、走るという行動となって現れる。
二つ目は、監督に必要なものとして、「人の心を動かす力」といえる"パーソナリティ"の重要性。チームを強くするためには、ときには、選手のダークサイドの部分の感情も監督がコントロールしていく必要がある。
三つ目は、チームに必要なものとして、義務(規制)と自由(解放)のバランス、組織プレーと単独勝負プレーのバランスの重要性。湯浅健二は「創造的なルール破り」こそがエッセンスであると説く。大前提のルールを守ることができるからこそ、そこからの解放(例えば、「かっこいい」プレー)が生きてくる。先日の日記(消えた少年たちの感想)で「役割」について少し触れたが、社会の中での基本的ルールとしての「役割」と、そこからの解放としての「遊び」というのも同じような趣旨でバランスが取れている必要があると思う。
といくつか引用したものの、そのほかにも、巧みな表現で、サッカーというスポーツのコアの部分が説明されている部分が沢山ある。引用していたら切りがないので、ここら辺にしておく。
ただし、1999年の浦和レッズを例に、悪いイメージが生んだ消極的なプレーが、さらに悪いイメージにつながる「悪魔のサイクル」に陥ったチームの「再生のプロセス」について語る部分。この部分は、サッカーに限らず普遍的な内容を持っていると思うので、そのまま書き出す。

では、自信を取り戻したり、それを深めるためにはどうすればいいのか。そのスタートラインは、目的を達成するため、「自らの判断・決断」からリスクにチャレンジし、成功を体感すること。逆に一番マズいことは、自分自身で「心理的な壁」をつくってしまい、チャレンジ自体にトライしないことだ。
「それでも、いつも成功するとは限らない」。そんな反論が目に見えるようだが、ここでいう「成功」とは、考え方次第である。まわりには成果がなかったように見えても、自分自身が、それを成功だと思えればいいということだ。そしてそのことで「自信」の基盤が、徐々に再生されていくのである。(P198)

Jリーグなど影も形もない1970年代に、大学卒業後、単身ドイツに渡って、プロコーチライセンスを獲得した湯浅健二氏だからこそ、文章に説得力がある。本文中のキーワードとしてもうひとつ「個人事業主」というのがあるが、むしろ、サッカー以外の世界でこれから必要とされる資質であろう。解説をゴーログの木村剛が書いていることも含め、サッカーの面白さを示す一方で、これからの日本社会での生き方も示す素晴らしい本だった。五つ星。