Yondaful Days!

好きな本や映画・音楽についての感想を綴ったブログです。

東野圭吾『手紙』★★★★

手紙 (文春文庫)

手紙 (文春文庫)

解説で井上夢人が言うように「重い」話である。
今回手に取った理由は『シンセミア』(1・2)の口直しという意味もあるが、作品の劇場公開が近かったと言うのが一番の理由だ。
自分は、この作品の劇場公開を、つい先日知ったのだが、こういったミステリものは、劇場公開などによって、ひょんなことからネタバレする危険性がある。例えばキャストだけを見ても、それぞれの登場人物の重み付けがわかってしまうから、キャストを見ることすら避けた。
ということで、社会的な内容を含んでいることだけは知りながらも、昔に何冊か読んだ東野圭吾のエンタテインメント性を思い出しながら、読み始めてみた。
すると、そういう期待はいい意味で裏切られた。ストーリーはいたってシンプルで、こじれるような展開は全く無い。それだけに作品のメッセージ性は高いといえる。「楽しませるため」に書かれたというよりは「考えさせるため」に練られたストーリーだ。

この小説が周到であるのは、告発する相手を我々読者自身に向けていることだ。作者は、物語の至るところに鏡を用意して待っている。読者はギクリとしながら、鏡の中で立ち尽くしている自分を見せ付けられることになる。
井上夢人・解説)

少し説明をすると、主人公・直貴には強盗殺人の罪で服役中の兄がいる。そういう兄の存在は、さまざまなかたちで直貴の前に立ちはだかるのだが、後半部に入り、直貴は、それまでの生き方を覆す、あるひとつの重大な決断をするに至る。
それは、非常に現実的な決断であり、通常、読者が小説に期待するカタルシスを犠牲にしている部分がある。また、その選択がベストでないことは、作中でも触れられている。自分自身も、その決断がいいのかどうかよくわからないし、小説のなかの世界として考えた場合、むしろ、そこで思い切らない方が「いい話」に収めることができたと思う。
しかし、そうしなかったからこその作品の意義があることは、井上夢人が指摘するとおりだ。
〜〜〜
作品内では、ジョン・レノンの「イマジン」が何度も登場する。
「イマジン」の描く、差別や偏見の無い世界と、直貴が対峙する「現実」世界がどう同じで、どう異なるか。直貴が何回か歌う「イマジン」に彼の考え方の変遷が現れている。
そして読者は、直貴のように答えを出すことを迫られていないながらも、やはり主人公の考えの変遷に沿って、加害者、被害者、第三者、さまざまな人の立場でいろいろなことを考えさせられる。
やはり、重い話である。