Yondaful Days!

好きな本や映画・音楽についての感想を綴ったブログです。

山岸涼子の方程式〜山岸涼子自選作品集『私の人形は良い人形』

山岸涼子のホラー漫画には独特の雰囲気がある。
例えば伊藤潤二の漫画ならば、もしくは楳図かずおの漫画ならば、読者は主人公の目を通して何らかの事件に遭遇する。
何が起きたのか?何が起きるのか?に読者の視点は行く。
しかし、山岸涼子のホラーは、たいていの場合、主人公の内面的な葛藤に焦点が行く。時に、主人公の精神状態が不安定で、これから起きること、今起きていることを受け入れられないか、起きたことを説明しても他の人に分かってもらえない。これは、事件が起きる前の「不吉な空気」を表現するのが巧い人だということもできるかもしれない。
また、普通、ホラー漫画(に限らず物語)を 読むときは、読者は「何かが起きる」こと前提で読み始めている。だから、「何かが起きる」ことを拒否する山岸涼子ホラーの主人公とは歩調が合わないため、意識して主人公寄りなるように読み方を改める必要がある。ただ一方で、自己の行動選択を全て親や他人に委ねているような、共感しにくい主人公も多く、物語への読者のコミットの仕方がかなり特殊になる。そこが、山岸涼子ホラーの一番のポイントであると思う。
この短篇集でいえば典型的なのが「汐の声」で、この話は筋だけ追うとあまり面白くない。しかし、読者は、主人公(霊感少女サワ)の主観的世界にはまり込んで読まざるを得ないから怖さが倍増する。また、「娘さんの幽霊を見ました…」と勇気を出して口にしたあと、それは撮影現場に来ていた女の子の見間違えであると指摘されるシーンなど、主人公が嘲笑を受けると、自分のことのように痛く感じる。
だから、「汐の声」は大したことが起きなくても、既に怖い話なのだ。
しかし、ちゃんとダメ押しで、絵的に怖いクライマックスがあり、4作品の中では一番、山岸涼子っぽくて大満足の作品。


表題作「私の人形は良い人形」も勿論怖い。
そもそも市松人形そのものだけでも怖く、全編に渡って不吉な感じが継続する。
それだけでなく、これも「絵的に怖い」シーンがあり、「不安が残るハッピーエンド」という全体的なバランスも素晴らしい。他の2作品「千引きの石」「ネジの叫び」も面白いが、山岸涼子の方程式に則った王道ホラーは「汐の声」「私の人形は良い人形」だと思う。