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催涙雨が降る夜〜山岸涼子『日出処の天子』(5)

日出処の天子 (第5巻) (白泉社文庫)

日出処の天子 (第5巻) (白泉社文庫)

今宵は銀河を渡って牽牛星織女星という恋人同士の星が
年に一度の逢瀬を楽しむ日なのだそうだ
しかし、雨が降ればそれも叶わぬ
また来年の今夜を待たねばならない
だから今日降る雨は催涙雨(さいるいう)というのだ

刀自古との婚儀を取りやめるように言おうと雙槻宮(なみつきのみや)を訪れた毛人に、厩戸王子は催涙雨の話をする。話を聞いて、もう二度と会えない布都姫のことを思い出し「来年になれば逢えるのなら羨ましいくらいだ」と言う毛人に、王子はこう畳み掛けるのだ。

いいではないか
会えぬとも思いが通じておれば…
通じていない相手もある


まさにその通りで、第5巻では、思いが通じる・通じない×会える・会えないの様々なパターンが出てくる。それらのうち主要なものを以下に記す。

布都姫⇔毛人

王子との雨乞い対決に敗れ、大王に嫁ぐことが決まった布都姫は、初めて「待ち」の姿勢ではなく、自ら動く。つまり石上への参拝を口実に、一晩だけ毛人に逢おうとするのだった。しかし、その意思は、王子に邪魔され、王子にそそのかされた駒に邪魔され、刀自古に利用される。毛人も布都姫に逢いたかった。両者の思いは通じていたにもかかわらず、会うことは叶わなかったのだった。

刀自古⇒毛人

今回の最大の衝撃は、刀自古がここまでの行動に出てしまったこと。その原因は、まず雄麻呂(毛人の従弟)にあった。雄麻呂の発言から、自分の「傷」について周りの皆が知っていると感づいた刀自古は自殺を試みる。それを防いだ毛人に対して、かねてからの気持ちを抑えきれず口づけをする。それによって、制御が効かなくなってしまったのだろう。白髪女から受け取った、布都姫⇒毛人の手紙を利用して、強引なかたちで思いを果たしてしまう。
しかし、真実を知ったときの毛人の怒りは凄まじく、刀自古の思いは通じなかったのだった。
毛人は激しく後悔し、自分を責める。それだけでなく、刀自古が身籠っていることが分かり、さらに以前に一度子どもを堕ろしていることが分かり…というダブルパンチ、トリプルパンチを受けて、むしろ、一緒に死のうと決意する。しかし、毛人が決意を実行に移す間もなく、馬子の策略によって婚儀は不意を衝いて進められ、刀自古は厩戸王子と結婚することになる。
この巻以前は、相思相愛の「兄妹」に見えた二人だが、布都姫を巡って起きた事件によって、お互いの思いは完全にすれ違うことになる。

厩戸王子⇒毛人

刀自古と同様、騙し討ち的に毛人を「奪った」もう一人の人物は厩戸王子。「あの女とわたしは同類だ 道ならぬ恋をしているという点で」と本人が言うほどで、この巻での刀自古と王子の役回りはいわば相似形となる。
王子は、大姫との結婚が決まり、婚儀の披露目前の半ば儀礼的な「通い」の際に、結局、大姫のもとへではなく、(精神は)毛人の寝室に行ってしまう。

わたしは清童ではなくなった あんな形で…

漫画的にも、ベッドシーンに2コマほど費やされていながら、毛人は「王子と二人でいる夢を見たけど思い出せない」と本人が気づいていない状況にあり、やはり毛人を「奪った」かたちといえる。毛人は王子のことを嫌いではないが、やはり両想いの関係ではないのだった。
そして、いびつな三角関係のうち、全く関わりの無かった王子と刀自古が結ばれ、子をもうけるという展開は、この後どう展開するのか。(二人が初めて出会ったコマでの、刀自古の精神的なうろたえが歪んだ空間に反映された感じが最高↓)

大姫⇒厩戸王

これまで書いたように、毛人への思いが通じない刀自古と王子、そして思いは通じているのに会うことが叶わない毛人と布都姫だが、最も可哀想なのは大姫(額田部女王の娘)だろう。もともと大王と結婚することを夢見ており、仕方なく王子と一緒になることを決めたにもかかわらず、王子は全く振り向かない。
しかし、王子が大姫を振って毛人の元へ向かった屈辱の晩の翌日。婚儀の場で直接目を合わせて次のようにひとりごちるのだった。

女ひとりを踏みにじったそなたの卑劣な不実を大声で叫んでしまいたい
ああ…それなのに わたしはいえぬ
なぜ…みじめだからか?王子に顧みられなかった女だと皆に笑われるからか?
いえ…それよりも いってしまえば わたしは永久にこの王子の妃にはなれない

なんと…そういうことなのだ
わたしは
わ わたしは
この王子が…
好きなのだ
この冷たい人でなしを愛してしまっているのだ

しかし、その思いは空しく、結婚後も一向に寝室に来る素振りが無い。我慢も限界に近づこうかというときに、刀自古が厩戸王子の妃になるという知らせを受け、怒り、結婚直後に刀自古の懐妊を知る。涙を流して「わかりました。わたしにも考えがあります」と王子に縫った服を裂く後ろ姿は辛いものがある。
大姫のルックスは、直球美人の刀自古や、ぶりっ子の布都姫とは全く異なり、母親の額田部女王の面影を残しつつ、可愛らしさもある、という絶妙なバランスになっており、そこら辺も応援したくなるところだ。5巻の最後では、何とか大姫にも王子の子どもを…と焦る額田部女王が、王子に家宝の笛を贈る話が出てくるが、今後、大姫と王子の仲に進展があるのか楽しみ。

その他のあらすじ

この巻では、新羅高句麗百済の話が出てくる。およそ4世紀ころから7世紀ころまで朝鮮半島は「三国時代」と呼ばれる時代にあり、その対立関係から、大王の元には高句麗から新羅への出兵依頼が来ている。新羅出兵については、大伴糠手と大王が、蘇我の力を削ぐような策略を巡らせているようなので、そこにも期待したい。(なお、調子麻呂は百済出身だが百済から追い出され、淡水や実母のいる新羅に来た経緯がある)