Yondaful Days!

好きな本や映画・音楽についての感想を綴ったブログです。

レイ様まじ天使(笑)〜野尻抱介『南極点のピアピア動画』

南極点のピアピア動画 (ハヤカワ文庫JA)

南極点のピアピア動画 (ハヤカワ文庫JA)

今年は、人から勧められた本を読むことが今までで一番多かったかもしれない。この本もそんな一冊。
時代性がよく表れた本なので、2012年中に読んで本当に良かった。
あらすじは以下の通り。

日本の次期月探査計画に関わっていた大学院生・蓮見省一の夢は、彗星が月面に衝突した瞬間に潰え、恋人の奈美までが彼のもとを去った。
省一はただ、奈美への愛をボーカロイドの小隅レイに歌わせ、ピアピア動画にアップロードするしかなかった。
しかし、月からの放出物が地球に双極ジェットを形成することが判明、ピアピア技術部による“宇宙男プロジェクト”が開始される・・・・・・
ネットと宇宙開発の未来を描く4篇収録の連作集


ひとことで言えば「ニコニコ動画初音ミクをモチーフにした近未来SF」ということになるだろうか。
自分は、ネット大好き人間にもかかわらず、動画系はほとんど見ることがない。中毒性が高いものであり、自分との親和性が高いことが自明なので、避けているといった方がいいかもしれない。

そういう門外漢の自分にとって、これまで全く、ニコニコ動画を中心にしたカルチャーというよりムーブメントの一端に触れることができたという点だけでも、この本を読んだ意味はある。だが、この本の面白さは当然それだけじゃない。

メーカーズ・ムーブメント

アピア技術部を中心とした小隅レイのファンたちが、どのようにホラ話を現実化していくか、という部分は、全編に共通するが、特に最初の表題作「南極点のピアピア動画」に詳しい。
キーワードは、オープンソースのものづくり。*1

ハードウェアもソフトウェアと同じように、オープンソース化できる。それにはハードウェアもソフト同様、コマンド一発で組み立てられなきゃだめだ。ハードウェアのすべてを情報化して、その情報があれば誰でも同じ物が作れるようにだ。それができたとしたら、どうなる?  p28

設計は不要。オープンとなっている設計図をダウンロードして、それをニコニコ工場で実体化するだけでロケットができてしまうどころか、自己増殖機械で、作業自体がどんどん高度化していく。この発想は、クリス・アンダーソンMAKERS―21世紀の産業革命が始まる』で描かれた思想と全く同じである、というところが面白い。つまり、『MAKERS』で書かれているように、3Dプリンタなどの機器によって、オープンソースのものづくりのムーブメントは始まっているのだ。

MAKERS 21世紀の産業革命が始まる

MAKERS 21世紀の産業革命が始まる

起承転…?序破急?な展開

4篇からなる連作短編集で、目次でそれぞれのタイトルを見れば内容の想像はつくのだが、ここでは4編目のタイトルは伏せる。

  1. 南極点のピアピア動画
  2. コンビニエンスなピアピア動画
  3. 歌う潜水艦とピアピア動画
  4. ??とピアピア動画

「南極点〜」ではロケット、「コンビニエンス〜」では軌道エレベータ、「歌う〜」では潜水艦という、巨大機械を使ったプロジェクトのために、ピアピア動画と小隅レイを旗印に集まった無数の人たちが協力して、「無駄な技術」を駆使する様子が爽快なのだが、クジラ調査が目的だった「歌う〜」が驚愕のラストを迎え、そしてヱヴァQ以上の急展開のまま、最終章に突入するのがいい。
3編目まででも、十分「胸熱」な展開だが、4編目のホラ話度は飛び抜けている。

希望的未来像

その4編目は、プロジェクト半ばで物語は終わりを迎える。題材としては世紀末的な空気を漂わせているにもかかわらず、とにかく希望に満ちた世界であるというのがいい。現代文明は「線形領域の終端」にあり「技術水準が非線形の飛躍をする、その近く」にある、という話を“あーやさん”から聞かされれば、なるほど、まだ未来は明るいな、と信じてしまう(笑)
ネットを経由した不特定多数の善意の協力によって、社会が前に進むという話は、電車男のときからの伝統なのかもしれない。実際にそういう場面があったとして、自分が物語の中に携われるのかどうか、それとも外側から見ているだけなのか、という違いは大きい。他人や社会の役に立とうという気持ち(もしくは「レイ様まじ天使」と面白がれる気持ち)の部分と“手に職”の部分の両方が大切なのだろう。
自ら起業していたとしても好きなことができるわけではなく、会社員であれば、なおさらだ。無駄な好奇心を途切れさせずに好きなことに向けて、斧を研いでいくことが大事なのかもしれない。

補足

4編のあらすじや、用語集についてはニコニコ大百科が詳しかった。さすが!(小隅レイの名前の由来もここで分かりました)

*1:双極ジェットを利用した有人飛行プロジェクトのアイデアは主人公が思いついたにもかかわらず、すでに米国の会社が同じアイデアからロケット募集をかけていたという展開は面白い。前時代のSFならアイデア出しから設計、組み立てまで主人公(の属するチーム)だけでやっていたはずだ。