Yondaful Days!

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上半期ベストの「読みやすいSF」~アンディ・ウィアー『プロジェクト・ヘイル・メアリー』


上半期読んだ小説では「ベスト」と言える、万人にオススメできる本でした!

地味な序盤

今年は、アトロク由来の本を何冊読んでるんだ?と感じるほどに、TBSラジオ「アフター6ジャンクション(通称アトロク)」で紹介されて読む本が多く、この本もその一冊。
しかし、ラジオで聞いた複数の人からの絶賛評とは異なり、序盤は「先が気になって気になって仕方ない!」というようには熱中しなかった。


さて、この本を紹介する際に「作中のことを一切話せないほどネタバレ厳禁」というものがあるが、それは確かにその通りで、解説にもこうある。

できれば本書は、内容についてなんの事前情報もなしに読んでいただくのがいちばんいい。というのは、冒頭で目覚めた主人公(本書の語り手でもある)は、自分が誰で、どこに、なぜいるのかがわからず、そこからさまざまな化学的手段やふとしたきっかけを通して状況を解明していく…その過程の面白さが、というに上巻前半の読みどころであるからだ。(解説:山岸真

ただ、本の表紙には宇宙船が書いてあるし、作者が映画『オデッセイ』の原作(『火星の人』)を手掛けた人ということも知っている。目覚めた主人公グレースがいる場所が、絶海の孤島だったり、雪山の山荘だったりするわけもなく、何かの任務を持って宇宙船に乗っているということは分かっていた。
映画化するにあたっても、ここまでの情報は抑えようがないし、宇宙船内で生きている人がたった一人である、ということまでは出すだろう。


自分が何のために船内にいるのか、を思い出しながら船内で活動を始めていく。
そう書いてみると、上巻前半の流れは地味な展開で、そこが「先が気になって気になってたまらない!」という一気読みタイプの本でないと感じた理由だ。

ところが、この本の凄いところは、地味な展開も「とても面白く読ませる」ところで、ほとんど淀みなく物語は進んでいく。
もちろん、「プロジェクト」に携わることになり、それを進める過程と、宇宙船で目覚めてからの活動の二つの時間軸の話が並行して描かれる構成が巧いことが飽きさせない理由の一つだ。
しかし、「飽きさせない」理由の最も大きなものは、「アストロファージ」に由来する地球の危機と、燃料としての「アストロファージ」というSFのメインのアイデア部分にある。そして、それがギリギリ「わかる」範囲で展開するのが心地よいのだと思う。

中盤以降

ところが上巻後半以降は怒涛の展開で、ここから自分もエンジンがかかってきた。

これは…これは異星の宇宙船だ。異星人がつくった船だ。宇宙船をつくれるほどの知性を持つ異星人が。
人類は孤独ではない。ぼくはたったいま、われらが隣人と遭遇したのだ。
「うっそだろう!」
p159


やっぱりこの物語の最大の魅力はここにある。
グレースが、たった一人で宇宙船に乗って淡々とミッションをこなしていくとしたら、盛り上がらないなあ、と思っていたところで知的異星人種属と出会うという展開。
そして、このあと、上巻の最後には、その異星人=エリディアンのロッキーと科学的な議論を行うことが出来るまでになるのだから面白い。
ロッキーの言葉は解読できない最初の時点では「♪♬」というように音符で表現されるが、解読されたあとも特徴的なしゃべり方(特に「質問」)となっていて親しみがわく。
序盤の、ロッキーの睡眠に関するやりとりから抜粋。(ロッキーの言葉は赤字)

「必要ない」
きみは観察する、質問?」と彼がまたたずねる。
「ノー」
観察する
「きみは、君が寝るのをぼくに観察して欲しいのか?」
エス。欲しい、欲しい、欲しい
暗黙の了解で、ひとつの言葉を三回くりかえすのは最高の強調ということになっている。
「なぜ?」
きみが観察するほうが、ぼくはよく寝る
p275

エリディアンはお互いに寝姿を観察し合うという、文化の違いが分かるシーンだが、ロッキーの積極的な物言いが、なんとなく「可愛らしさ」を醸し出す。
このあたりの印象は翻訳にも左右されるだろう。
訳者によっては、「観察して欲しいッピ」*1として、それがしっくりくるかもしれないので、映画でエリディアンの言葉が「音的に」「翻訳として」どう表現されるのかはとても気になる。
また、これは映画化される中で一番のポイントになるが、ラストまでを通じて感じるロッキーの魅力が、その外見を目の当たりにしても同様に感じることが出来るだろうか、という点は気になる。
グレースの第一印象は「バカでかいクモ」(p227)で、顔はなく、五角形の甲羅みたいなところから五本の脚が放射状に出ている。
漫画家の御茶漬海苔が描く異界のキャラクターに蜘蛛のかたちをしたものが多いことから、実際にこの描写を忠実に再現しようとすれば怖くなってしまう気がする。自分は何となく、グラディウスの敵ボスのビッグコア(名前は今調べた)を黒っぽくしたものを思い浮かべていた。

dic.pixiv.net


上巻の最後は、ロッキーがグレースの船を訪れることになるという、さらなる胸熱展開で終わるが、もう一つの時間軸では、核融合爆弾で南極の氷を溶かしてしまうという、強力な「環境破壊」がプロジェクトチーム主導で行われ、地球にこれから起きるであろう寒冷化が非常に厳しいものであることを身をもって知ることになる。
このあたりの「地球の絶望的な未来」を前提としている世界観が、小説を要所要所で引き締めている。

ストーリーの流れ

さて、下巻も含めて全体のストーリーの展開について改めて考えみたとき、『プロジェクト・ヘイル・メアリー』は、「ルビンの壺」っぽいのではないか、とふと考えた。

dic.pixiv.net


つまり、入口が広く、途中は一本道で狭く、出口が広い。


記憶喪失から始まる入口は広く、無限の可能性がある。
状況がわかると、物語は、ひたすらただ一つのミッションをこなすものとわかり、展開の幅は狭くなる。ここはある種「作業ゲー」っぽいところで、冒頭に書いた通り地味な展開だ。
これはロッキーとの出会いという大きなイベントがあっても大きくは変わらない。同じアストロファージに悩まされる恒星系の惑星に住む者として、故郷のために協力してミッションをクリアする、というある種一本道の話だ。
しかし、前述のとおり、「一難去ってまた一難」という流れと合わせて、二軸のストーリー展開が巧く機能して、飽きさせない展開となっている。
そして、物語の終わりは、当初のミッションの通りの一本道かと思いきや、ラスト20頁くらい(体感)で途轍もなく大きな広がりが生じる。この物語の意外な「転回」には本当に驚いた。


そもそも最終盤の別れのシーンはこんなに感動的じゃないか!

きみはぼくに会いたくなる、質問?ぼくはきみに会いたくなる。きみは友だち

「ああ、そりゃあ会いたくなるさ(略)きみはぼくの友だちだ。ふん、ぼくの親友だよ。でももうすぐ永遠にさよならだ」
永遠ではない。ぼくらは惑星を救う。そしてぼくらはアストロファージ・テクノロジーを持つ。互いに訪問する
微苦笑を浮かべる。「それをぜんぶ50地球年以内にできると思うかい?」
たぶんだめ。どうしてそんなに短い、質問?
「ぼくはあと50年くらいしか生きられない。人間はあまり長くは生きられないんだよ。忘れたのか?」
おお」しばし沈黙する。「では、ぼくらはいっしょにいる時間を楽しむ。そして惑星を救うために帰る。そしてぼくらはヒーロー!
p238

あとは「お互いが故郷の星に無事に帰る」以外の展開が残されているとは思わなかった。
いや、望まない展開としては、トラブルが起きて宇宙で命を落とすというのがあるかもしれない。
しかし、物語は、そのどちらでもない「第三の道」でラストを迎える。
実際にトラブルは発生し、グレースはそれを解決した!
が…。

頭を抱える。
ぼくは故郷に帰れる。ほんとうに帰れる。帰って、残る人生をヒーローとしてすごすことができる。銅像、パレード、その他もろもろ。そしてエネルギー問題がすべて解決した新世界秩序のもとで暮らすことができる。アストロファージのおかげで、安くて、供給豊富で、再生可能なエネルギーがあまねくいきわたる。ストラットの居所を突き止めて、くそ食らえといってやることもできる。
だが、ロッキーは死んでしまう。そしてもっと重要なことだが、ロッキーの仲間たちも死んでしまう。何十億もの人々が。
(略)
というわけで選択肢はつぎのようになる。オプション1:故郷に帰ってヒーローになり、全人類を救う。オプション2:エリドへいって異星人種属を救い、その後まもなく餓死する。
p277

これ以降は全部泣きながら読んでた。
そして最終章。エリドの星で知る、太陽の明るさの回復=太陽系でのアストロファージの排除=プロジェクトの成功の知らせは、地球の危機からの脱出の物語の締め方としても最高だと思う。

地球はどれくらいひどい状況までいったのだろう?生きのびるために、みんな協力し合ったのだろうか?それとも戦争や飢饉で何百万人もの犠牲者が出たのだろうか?
かれらはビートルズの回収に成功して情報を読み、対策を講じた。その対策には金星に向かう探査機も含まれていたはず。ということは、地球にはまちがいなく進歩したインフラが残っていたということだ。
ぼくは、かれらが協力し合ったと信じている。子どもっぽい楽観主義にすぎないかもしれないが、人類はその気になればすごいことができる。なんといっても<ヘイル・メアリー>をつくったのだから。あれはけっしてたやすいことではなかった。

ヘイル・メアリーが出発する前に、グレースは「独房」*2で、ストラットから知らされる「これからの地球」の話は、気温低下による戦争と飢饉、疫病の流行の予測は、多かれ少なかれ当たったに違いない。そんな絶望的状況の中でも「人類はその気になればすごいことができる」という「不確定」な希望を残すラストは、グレースが地球外にいる、この状況でないと不可能であると思う。
そう考えると、ラストシーンから遡って、さまざまな設定を詰めていったのかとも思うが、すべてが巧くハマり過ぎていて本当に上手い小説だ。


さて、ストーリーを改めて俯瞰すれば、過去と現在の二軸の自分が向き合う中にストーリーが生じているし、別の見方をすれば、グレースとロッキーの二人(?)の物語でもある、ということで、ルビンの壺のたとえは、言い得て妙かもしれない。
そして、「ルビンの壺」の構図で、ライアン・ゴズリング演じるグレースと向き合うのはどのような形の生物なのか(グラディウスビッグコアなのか)を考えると、映画は本当に楽しみ。


ということで、ラストの意外過ぎる「展開」というか「転回」が素晴らしく、そして涙が止まらない、忘れられない作品となりました。
しばらく上下巻のSF小説を読むことはない気もしますが、アンディ・ウィアーの、この読後感はよかった(ハードSFを読んだあとの「ぐったり感」は無かった)ので、この人の小説なら読んでみたい気がします。

とすると、『火星の人』『アルテミス』に食指が動きますが、実は、映画『オデッセイ』は未見。「火星でジャガイモを育てる映画」ということだけ知っていますが、そう言われると、『プロジェクト・ヘイル・メアリー』の序盤と同様、あまり面白そうな内容に感じない(笑)ので、余計に観てみたいです。
ということで、優先順位は(1)映画『オデッセイ』(2)『アルテミス』かな。

オデッセイ(字幕版)

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  • マット・デイモン
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参考(過去日記)

今年は珍しくSF小説をたくさん読んでます!(ほとんどがアトロク関連)

pocari.hatenablog.com
pocari.hatenablog.com
pocari.hatenablog.com


なお、シン・ウルトラマンとの比較で考えると、この小説の終わらせ方は、地球が危機を免れるのを、光の国で知るという感じでしょうか。
pocari.hatenablog.com

*1:2022年4月ころに爆発的に流行った漫画『タコピーの原罪』のタコピーという宇宙人の喋り方。自分はあの漫画のラストは好きではないです。

*2:この物語のラスト近くで明かされる「グレースは自らの意思で宇宙船に乗ったのではなく昏睡状態にして無理やり連れてこられた」ということ。しかも「記憶障害」もその過程で「つくられたもの」であるということは、かなり衝撃的な事実で、これにも驚かされた。