Yondaful Days!

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最高の書き出しとラストの大ジャンプ〜佐藤正午『ジャンプ』

ジャンプ (光文社文庫)

ジャンプ (光文社文庫)

新作『鳩の撃退法』が気になった佐藤正午。代表作である『Y』も『ジャンプ』も未読なので、まずは、リンゴのジャケが気になる『ジャンプ』から読み始めた。
まず、書き出しがカッコいい。逆説的だが、天久聖一『書き出し小説』の投稿みたいに、それっぽい。

一杯のカクテルがときには人の運命を変えることもある。
しかも皮肉なことに、カクテルを飲んだ本人ではなく、そばにいる人のほうの運命を大きく変えてしまう。
これは『格言』ではなく、個人的な教訓だ。

そして書き出しだけでなく、『その女アレックス』に続いて、これもラストの展開が素晴らしい本。


だが、この本の見せ方、仕掛けは『その女アレックス』とは全く異なる。
『その女アレックス』は、いわば「影踏み」(逃げ水)で、影を踏もう踏もうと追いかけても、スルリスルリと逃げてしまう。
追う先があるので、読者は影を追いかけようと気を集中する。
それに対して、『ジャンプ』は、影を見せない。終盤に至っても物語が一向に収束しない*1ため、読者は話を追うのを諦める。いわば投げっ放し小説なのだが、それでいて、ある箇所を超えると急に世界が逆転する。
その「ジャンプ」感が売りなのだろう。


この小説の裏表紙に書かれたあらすじは以下の通りだ。

その夜、「僕」は、奇妙な名前の強烈なカクテルを飲んだ。ガールフレンドの南雲みはるは、酩酊した「僕」を自分のアパートに残したまま、明日の朝食のリン ゴを買いに出かけた。「五分で戻ってくるわ」と笑顔を見せて。しかし、彼女はそのまま姿を消してしまった。「僕」は、わずかな手がかりを元に行方を探し始 めた。失踪をテーマに現代女性の「意志」を描き、絶賛を呼んだ傑作。

読み終えてから見ると書き過ぎともいえるのだが、小説を最後まで読まなければ、“現代女性の「意志」を描き、”というのが何を指すのかはサッパリ分からない。それどころか、残りが僅かになっても欠片も出てこないので、JAROに電話しようかという気にさえなってくる(笑)ほどだった。
そこから一気にひっくり返すのだから、本当に巧みな小説だと思う。
ミステリというのとは少し違うが、小説を読んで驚きたい人にはオススメです。


以下ネタバレ。





結局、巧いのは、書き出しのカクテルのエピソードや、表紙にもあるリンゴというアイテムまで、全てが、主人公のガールフレンドである南雲みはるに目が向くように仕組まれていることだ。
勿論、失踪したのは南雲みはるで、失踪の原因は彼女にしかわからない。焦点は、南雲みはるが「何を隠しているのか」だと思い込んで最後まで読み進める。すると、「何を隠しているか」以上に「誰が隠しているか」が重要だったことが分かり、突如、登場頻度の多くない第三のキャラクターが浮かび上がるという構図になっている。
一方で、フェアかどうかという観点で見れば、読者に全てが隠されているわけではない。色々な部分で伏線は張られている。Amazonで書かれている以下の紹介文は書き過ぎだと思うが、記述の通りで、文庫版のP148という物語序盤〜中盤にあたる、新宿のフルーツパーラーのシーンでの三谷は、確かに怪しい。

おもしろい箇所がある。一人称で小説を語る三谷が、読者に対してある隠しごとをする。ひとりの人物について述べるとき、彼の語り口調は途端に歯切れが悪く なり、いかにも描写をあいまいにしたがっているのが明らかだ。もちろん著者の意図的な仕掛けで、ぼかす理由は後に判明する。彼の隠しごとは、ガールフレン ドの失踪と大きく関係していた。その判明が小説のクライマックスだ。


また、主人公・三谷に全く共感できない部分が序盤に登場するが、これもラストへの伏線であったことが全てが判明したあとで分かる。つまり、ガールフレンド・南雲みはるの失踪に対して「他の男が関わっている」と勘繰り、しかもその推理を彼女の姉に打ち明けるシーン(P101付近)だ。しかもしつこい。何故、主人公を嫌いにさせるようなエピソードを挟むのか全く分からなかった。さらに物語が後半になっても、三谷は、南雲みはるの親友に「新しい男」についての疑いをを話す。(P261)
しかし、こういったシーンにこそ、三谷の、みはるに対する後ろ暗い部分が現れていたことに最後に気が付く。


失踪から5年という相当長い年月を経た物語の最後でひっくり返るのは、誰が人生の主体なのか、という部分だ。三谷は、仕事仲間であった早苗との結婚生活に不満を持っているわけではないながらも、目の前から文字通り姿を消した南雲みはるに未練が残っている。自分が選ぶ可能性のあったという女性としての、南雲みはるに対して、だ。
しかし、そうではないことに気づかされる。南雲みはるは、(失踪という形をとったが)自分の人生を選び、早苗も自分の人生を選び取った。この構図の中では三谷は選ばれる側の人間だったのだ。
自分一人のように思ってしまう「人生」という舞台は、多くの人が行き交う、まさに人間交差点であり、自分が選ばれる対象になっているということに、改めて気づかされる。


こういったひっくり返され方をしたのは初めてだったかもしれない。先入観オチということでは、年齢による先入観で引っ掛けたあるミステリに似ているかもしれない。
次は、最新作『鳩の撃退法』の前に『Y』を読んでおきたい。
なお、文庫解説は山本文緒*2で、自身の目の前から前の配偶者が姿を消してしまった話を書いているのも興味深い。


Y (ハルキ文庫)

Y (ハルキ文庫)

鳩の撃退法 上

鳩の撃退法 上

鳩の撃退法 下

鳩の撃退法 下

*1:家族や恋人がコンビニ(ゴミだし)に行ってそのまま行方不明になるという冒頭のシチュエーションがほとんど同じ沼田まほかる『九月が永遠に続けば』は、むしろ『その女アレックス』に近い。

*2:この人、女性だったんだ!と何度も驚いてしまうが、今回も驚いた(笑)