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読みやすい俳句入門〜金子兜太『俳句のつくり方が面白いほどわかる本』

俳句のつくり方が面白いほどわかる本 (中経の文庫)

俳句のつくり方が面白いほどわかる本 (中経の文庫)

コンパクトでありながら、読みやすく、俳句を勉強中の自分にはピッタリの本でした。
はじめに、俳句の歴史をおさらいしたあと、俳句の技法について一通り説明し、題材毎に分類した俳句を鑑賞したあと、実際に俳句をつくる上での入り口(投句、句会、吟行、結社、インターネット等)について紹介する、というタイトル通り、非常に分かりやすくバランスのとれた構成。
紹介されている俳句が、いくつかの古典以外は、門下生の作品なのは、読者がイメージを共有できることを大事にしたということなのでしょう。ただ、そのせいか、逆に自分の好みに合わない字足らず、字余りが頻発します*1が、初心者に向けてハードルを下げるという意図は成功していると思います。
それ以外に、二つ収穫がありました。

季語

「季語は人間と自然の間を結びキーワード」ということを言い始めたのは松尾芭蕉のようです。その頃は、まだ“約束”というイメージが強かったのですが、高浜虚子が「季語があることによって自然との共感を深めていく。俳句は自然を歌える特有の文芸なのだ。ここが他の文芸と違うのだ。俳句の独自性なのだ。」と、自然との関係を深めることの意味を強調します。なお、当初使われていた「季題」という言葉は、その後、「季語」と言い換えられ、一般的になりますが、高浜虚子ホトトギス一門は、今も「季題」を使うようです。
こうした歴史的経緯からしても、

  • 季語(季題)を、非常に重んじ、人間ではなく、俳句の中では自然を主役に捉える俳句
  • 自然とのかかわりの中で、人間の生活を中心に据えた俳句

の二つに流派?が分かれるようですが、金子兜太は、基本的に後者の作風のようです。
弟子たちに言う言葉がなかなか興味深いです。

無季の言葉を使ってもかまわない。だけど、季語の含蓄の深さに対抗できるような無季の言葉でなければだめだ。そうでなければ自然が季語並みに歌いきれないよ p57

二つのイメージ

季語の説明以外で、面白かったのは、切字の説明の部分です。

菜の花や月は東に日は西に 与謝蕪村

切字の「や」で大きく切ることで「菜の花がいっぱいの地上の風景」と「太陽が沈みかけている大きな空の風景」という二枚の絵が重なり合う効果を出していると解説されていますが、確かにその通りです。
短い字数の中に、二つのレイヤーの重なりを示す、そういう難しいことが出来ている句が沢山あることに気付かされました。
「絵」を大事にした俳句が、俳句のメインストリームならば、表紙に「写真を見ながらすぐ句作ができる」とある、この本は、俳句入門として実は王道を走っているのではないかと思えてきました。興味あります。

カラー版 初めての俳句の作り方

カラー版 初めての俳句の作り方

余談

東京てふ蜂の巣湧きたつ梅雨晴間 間瀬ひろ子 p109

東京を蜂の巣に喩える印象の伝え方の妙が作中でも褒められていますが、やはり、チャットモンチーの『東京ハチミツオーケストラ』を思い出します。

ハチの巣みたいだ東京 働きバチの行列だ
私はまだ柔らかな幼虫 甘い甘い夢を見てる

歌詞も俳句と同じですよね。イメージの重なり合いが、心に残る歌詞になります。

耳鳴り

耳鳴り

*1:字足らずは、基本的に避けたい。字余りは、中七ならOK、上五、下五はできるだけ避けたい、というのが個人的な感覚です