Yondaful Days!

好きな本や映画・音楽についての感想を綴ったブログです。

いい匂いのする小説〜大沼紀子『真夜中のパン屋さん』

好きな人にはパンをあげるといい
おいしいパンは、その人を笑顔にしてくれるから

真夜中のパン屋さん 午前0時のレシピ (ポプラ文庫)

真夜中のパン屋さん 午前0時のレシピ (ポプラ文庫)

本との出会い

JR盛岡駅のフェザン(駅ビル)の一階に「さわや書店」という書店があります。
11月の出張時に訪れたさわや書店は、ところ狭しと林立するポップや壁新聞的なものなど、只事ではないほどのスタッフの熱意に溢れていて、これは何か買わないとバチが当たるぞ!と思ってしまうほどの熱量に覆われていました。そこで一冊文庫本をと思って買ったのが、この『真夜中のパン屋さん』です。


今改めて見ると、「絆」で括ってしまっている、かなり乱暴なコピーですが、「真夜中のパンまつり」というゆるふわギャグと、何より「2011年さわやフェザンはこの一冊」という文字に一番惹かれました。ステマステマと騒がれる昨今ですが、「さわや書店」セレクトは信頼できるブランドに違いないと、完全に思い込まされていたのです。
で、借りたら読むけど買ったら読まないという悪習のために、しばらく放っておかれたこの本ですが、読み始めたらあれよあれよと一日で読み終えてしまいました。それほど面白かった。勿論、元々が売れている本だということもあるのでしょうが、やっぱり「さわや書店」セレクトは間違いないのです。

都会の片隅に、真夜中にだけオープンする不思議なパン屋さんがあった。

謎多き笑顔のオーナー・暮林と、口の悪いイケメンパン職人・弘基が働くこの店には、
パンの香りに誘われて、なぜか珍客ばかりが訪れる……。
夜の街を徘徊する小学生、ワケありなオカマ、ひきこもりの脚本家。
夜な夜な都会のはぐれ者たちが集まり、次々と困った事件を巻き起こすのだった。  

家庭の事情により親元を離れ、「ブランジェリークレバヤシ」の2階に居候することになった
女子高生・希実は、“焼きたてパン万引き事件”に端を発した失踪騒動へと巻き込まれていく…。
期待の新鋭が描く、ほろ苦さと甘酸っぱさに心が満ちる物語。
Amazonあらすじ)

読みやすい分かりやすい美しい

一冊前に読んでいた本が、読後感に強く影響を与える場合があります。『真夜中のパン屋さん』がまさにそれで、この前に読んでいた本*1が難解だったこともあり通常の数倍分かりやすく感じたのだと思います。
面白さ、分かりやすさの核にあるのは何なのかを考えてみます。この本は、さわや書店のポップがそうであったように「心温まる」部分や「絆」を感じさせる部分が一番の売りで、ネグレクトなどの問題を、おざなりにせずに取り上げつつ、前向きな着地を見せているのは読んでいて心地がいいものでした。
しかし、それ以上に、全体のバランスと構成が面白さのポイントだったように思います。例えば、アニメのようなカバーイラスト*2は親しみやすく、6つの短編は40〜60頁とちょうど読みやすい長さにまとまっており、登場人物も多過ぎず、バランスがいいです。
構成について言えば、まずは、一話一話が完全には独立しておらず、ゆるく繋がる短編集というのはよくありますが、『真夜中のパン屋さん』は、最終の第六話で、これまで出てきた登場人物全員がしっかりと存在感を持って登場しており、無駄が全くありません。
また、各話で別々の人間に焦点があたり、その人物が最初と最後に語り手になる、というルールが一貫していて、ラスト2話に「真夜中のパン屋」ことBoulangerie Kurebayashiの二人が来るところなども美しいです。各話の主役で主要登場人物となるのは以下の6人。

  • 第一話:篠崎希美(高校2年生)
  • 第二話:水野こだま(小学1年生)
  • 第三話:斑目裕也(脚本家)
  • 第四話:ソフィアこと嶽山大地(オカマバーのオーナーを経てホームレス)
  • 第五話:柳弘樹(Boulangerie Kurebayashiの店員)
  • 第六話:暮林陽介(Boulangerie Kurebayashiのオーナー)


また、6編それぞれにつけられた、パンの製作過程の副題も上手いですし、こういった構成上の工夫があったからこそ、読み易く、かつ、読後に温かい気持ちになれるヒット作品になりえたのでは無いかと思います。

何よりパン屋さん

そう、舞台がパン屋さんであることは大事です。
この小説のテーマは、“順風満帆に生きられない困った人たち”の助け合い。中心にいるべき人物だった暮林美和子が死んでしまったからこそ生まれた、疑似家族的な居場所が、真夜中のパン屋さん。そこでの哲学は、パンを通して語られます。そして、パンを通して語られるからこそ、単なる説教ではなく、実感を伴う、というよりは「いい匂い」がする言葉として、するりと心に入ってくるのです。

気付くと希美は毎日のように、朝早くから起き出して二人の仕事ぶりを眺めるようになってしまった。特に意味はないつもりだが、パンが出来ていく過程を見ていると妙に落ち着くのだ。なかったものがあるようになっていくのは、なんだか不思議で目が離せなくて、少しばかり楽しいような心持ちになる。p54

(優しく捏ねるの「優しい」って何?)
バカかお前。優しいなんて、簡単なことだろ。
(略)
相手を思えばいいだけだ。この上ない愛情を持って接すればいいだけ。触れる瞬間も触れている瞬間も。
(略)
手を放すその瞬間も愛することだよ。 p81

大好きよ。だってパンは、平等な食べものなんだもの。道端でも公園でも、どこでだって食べられる。囲むべき食卓がなくても、誰が隣りにいなくても、平気でかじりつける。おいしいパンは、誰にでも平等においしいだけなんだもの p273

この小説の最終話(第六話)は、始めは接点がなかった美和子が、自分に傾いたきっかけについて、暮林陽介自身が思い至るという、ちょっと変わったミステリになっていますが、当然そこもパン絡み。とにかく全てがパンの甘い香りに満ちていて、それだけでも十分幸せになれるのですが、内容もちゃんと面白いので、老若男女問わず、広い世代にオススメの小説です。

*1:川上弘美『蛇を踏む』です。文章は非常に平易ですが、内容を掴みにくい。文学作品を読んだ気にはなれますが・・・。

*2:表紙は漫画家の山中ヒコさんとのこと。読書中は、さわや書店のカバーかけて読んでいたので、脳内イメージは、このカバーではなく、よしながふみでした。ただ、西洋骨董洋菓子店とは、キャラクターがあまり被らないので、あれのイメージで別人。