Yondaful Days!

好きな本や映画・音楽についての感想を綴ったブログです。

この種の連作短編集では近年ベスト~松井玲奈『累々』

本当の私は誰。結婚、セフレ、パパ活、トラウマ……。不穏さで繋がる全5編。大きな話題となったデビュー作『カモフラージュ』の衝撃を超える、著者の新境地といえる意欲作。人間の多面性を切り取る、たくらみに満ちた自身初の連作短編集。今作は、日本での発売と同時に、台湾の出版社・尖端出版より、中国語繁体字版も発売。


タイトルと表紙(有持有百さん)が既に面白そうな松井玲奈さんの本。

タレント活動がメインの人の書く本には興味があって、最近では、NEWSの加藤シゲアキと元SKE48松井玲奈が双璧、でも未読、という状態が長く続いていた。
が、ちょうど最近、アトロクの松井玲奈登場回で新作について触れた部分があり、前作『カモフラージュ』を読まないまま次の小説が出てしまったか…と思ったのと、番組での宇多丸、宇垣美里・両名の褒め方が印象に残ったので、今度はすぐに読むことにした。
ふたり曰く

  • 男女問わず、多彩な登場人物の視点
  • 連作短編集ならではの「仕掛け」が巧い

「仕掛け」については、ちょうど番組の中では、松井玲奈が「推理小説は最後から読み、最初に犯人を知って読み始める」という衝撃の話が出ていたこともあり、宇多丸が「それで、よくこんな仕掛けを…!」と驚きのコメントを。
それに対して、松井玲奈は「連作短編なので、どこから読んでも大丈夫なんですよ」と返していたが、この本に感銘を受けた一読者からすると「絶対にそれはない」。
最初から読むのが一番はまるような構成になっているし、連作短編集ならではの構成の妙という点では近年読んだ中で一番の大ホームランだと思う。*1


直前に読んだ『ジャクソンひとり』と同様に、激務で体調面がベストではないときに読んだにもかかわらず、ここまでヒットに感じる、というのは、今まで自分が読んだ作品の範疇での「どストライク」だったからなんだろう。
(改めて思うと『ジャクソンひとり』は、恋愛が絡まないゲイ4人が主人公の小説ということで、登場人物の関係性を掴みにくかった。『累々』がストレートだとすると、『ジャクソンひとり』は見慣れない変化球(ナックルボール?)だった。)


さて、「仕掛け」に触れる前に、5話の中で一番、「よくこんなキャラクターを描写できるなあ」と思った登場人物について書く。
それは、3話「ユイ」に出てくる、パパ活女子を買うパパ側の「星野さん」だ。
3話は彼の視点で話が進むが、彼の恋愛に対する考え方は独特だ。
中学時代に、当時発売されていたありとあらゆる恋愛シミュレーションゲームを攻略し、頭の中では恋愛マスターになっていた彼は、高校入学後に出会った初恋相手に声をかけることすらできない。
しかし、恋愛マスターなりのメソッドを使って、学力で上位に入るなど地道にレベルを上げて攻略を進めていった結果、ついに彼女から告白される。が、そこで興味を失ってしまうのだ。彼の好んだ恋愛シミュレーションゲームは、告白される場面でゲームが終わってしまう、というのがその理由。
相手が自分のことを好きになるまでの「過程」のみに興味がある彼にとっては、実際の恋愛は不毛(つき合うことに興味がなく、実際につき合ってしまうと別れるのが大変)と感じる。未婚のまま年40代になった彼にとって、こちらに興味のない女性を振り向かせるのを攻略の目的とし、ゴールに至ればすぐに関係を解消できる(男女の関係なしの)パパ活に嵌まる理由としてこれ以上ないと思う。

ここから完全ネタバレ(「仕掛け」の話)






さて、「仕掛け」の話だが、面白いのは5話構成の4話や5話で「どんでん返し」が来るのではなく、「星野さん」登場回の3話で大波が来るところ。

1話の主人公はプロポーズを受けた24歳の女性が、子育てに奮闘する同い年の友人女性との話しながら結婚や人生に思い悩む話。読みやすいだけでなく、元SKE48の女性タレントが書く小説として、非常に腑に落ちる内容で、彼女自身も色々考えているんだろう、と思う。ちょうど、『ジャクソンひとり』のインタビューで、安堂ホセが、一人称で書くと登場人物の意見を作者の意見だと誤解される、という話をしていたが、まさに、松井玲奈に重ねながらこの話を読む。


ところが2話の主人公である獣医の石川は、去勢手術をするたびに自分の「もの」が切られる夢を見る、という話から始まる。そんな彼と「セフレ」の女性とのラブホテルでの会話がメイン。女性タレントが男性主人公の性欲について書くということで、少し驚きがあった。


そして3話の主人公は先ほどの「星野さん」。これを読んでしまうと、むしろ2話の「石川」の思考の方が、女性タレントが書く文章としてしっくりくる。なぜ、この絶妙に「本当にいそうなおじさん」を書けるのか…と感動。
そう、そんな風に感動しているときに「仕掛け」が来る。しかも2段階で。
具体的に書くと、ここで明らかにされる驚きの事実は以下の二つ。

  • 1つ目:星野さんのパパ活相手の女子大生のセフレは、2話の主人公である石川だった
  • 2つ目:その女子大生は、1話の主人公である小夜だった

この2段階の「仕掛け」が嵌まるのには絶対に必要な条件があって、それは、名前が出た瞬間に前話で出ていた登場人物だとわかること。
それを確実にするために、わざわざ石川には「パンちゃん」という特徴的なあだ名がつけられて、タイトルにもなっている。結果として3話で「パンちゃん」という言葉が出た瞬間にそれがわかるようになっている。
第二の仕掛けは、第一の仕掛けの連想から気がつきやすいが、これも「小夜」が1話のタイトルになっているので気がつかないということはない。
それ以外にも細々としたアイテムやエピソードに繋がりが見え、改めて話作りが巧い。


さて、ここで驚いておいて、次の4話「ちぃ」で、美大生の恋愛の話が来ると、別の登場人物の話なのか…と思ってしまった自分も馬鹿だが、当然4話も小夜=ユイが「ちぃ」ちゃんと呼ばれていた頃の話だ。そして、これはとても辛い恋愛の話で、かつ、彼女の恋愛観、人生観に大きく影響した学生時代の話。


そして5話で小夜=ユイ=ちぃの結婚式の話になり、結局1~5話まで彼女の話だったのだが、ここでは1話~4話までの登場人物が全員集合となるのも楽しい。

...と考えると、当然『累々』は1話から順番で読むように出来ているんだと思う。


いやー、松井玲奈すごい。短編それぞれでも面白いのに、「仕掛け」を最大限に機能させるための周到な構成。この才能は、何か賞をとってもおかしくないほどでちょっと驚きました。『カモフラージュ』も、エッセイ集『ひみつのたべもの』もちゃんと読まないといけない。

ひみつのたべもの

ひみつのたべもの

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*1:書き終わって日記を読み直してみると、昨年、相沢沙呼『medium』を読んでいることに気がついた。確かに、あれも連作短編だが、大ネタ過ぎるので対象外としたい笑