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知らずに読んだら超弩級のラスト〜小野不由美『魔性の子』

魔性の子 (新潮文庫)

魔性の子 (新潮文庫)

後藤さんは俺なら高里が理解できるはずだと言いました。俺には理解できます。高里は故国喪失者です。
高里は神隠しにあった間のことを覚えていない。それでもそこが彼にとって気持ちのいい場所じゃなかったか、と言ってました。俺と同じですよ。同じ幻想に捕まってる。
ここは自分のいるべき世界ではない、という幻想です。世界と自分とが敵対したとき、世界を恨むことができない。少なくとも俺はできませんでした。どうして、と思いましたよ。どうして上手くいかないんだろう。それはきっと、俺がこの世の人間じゃないからだ。だから馴染めないんだ。そもそも無理なんだ、って。
p216:広瀬の言葉


Amazon評では、十二国記はこれを最初に読むべきという書き方をしている人がいる。
実際、新潮のシリーズではEpisode「0」としてこの本が位置づけられているし、十二国記の中で同じ主人公が登場する『風の海 迷宮の岸』よりも先にこの話を、というわけだ。
しかし、読後の感覚から言えば、Amazonなどでの物言いとは違い、「順序」よりも、「この話が十二国記の一部であることを知っていて読むか、知らないで読むか」で印象が大きく異なる本だといえる。*1
ということもあり、もう「知らないで読む」側には回れない自分としては、Amazonのアドバイスとは逆に『風の海 迷宮の岸』よりも後にこの本を読んで正解だったのではないかと思う。


確かに、この本の本領が発揮されるのは「知らないで読んだ」ときだろう。
というのも、(十二国記を知っていれば当然の)ラストが予想外過ぎて、呆然とするであろうからだ。プロレスで、リング中央に投げてもらう気で受身体勢の準備は万端だったのに、突然リング外に放り投げられた気分だ。予備知識が無ければ、それほど異様な終わり方をする作品だと言える。


一方で、「既に知っている」側として読むと、十二国記にリンクする話が最小限に抑えられており、不親切で、消化不良。とにかく、いつ明かされるんだいつ明かされるんだ?という期待を持ち続けたままラストシーンまで突入してしまう感じで、(展開を知っているだけに)ストレスが溜まってしまう。
しかし、泰麒によって無事に王が選ばれたあとの戴国が、なぜ『月の影 影の海』の中では、混乱が続く国となっていたのか、の理由が分かってそこはスッキリした。物語の順序という意味では、『風の海 迷宮の岸』よりも時系列的に後の話なので、むしろ、今回の順序の方で読めて理解が深まった。


ただ、どちらの側で読むにしても、この物語には、自分が嫌いな要素がある。
自分は、無駄に犠牲者の多い作品は好きではないが、この話での無駄死に人数(戦国時代ではなく現代日本が舞台の作品にもかかわらず…)は凄まじく、ラストまで嫌な気分で読み進めた。だからこそ「知らないで読んだ」ときの、投げっ放され感は相当なものだろうと想像する。


ということで、どちらのスタンスで読んでも、さっぱり爽やかに終わる物語ではない。
ただ、最近、相次いで日常世界から非日常世界へ行って戻ってくる「異界往還」をテーマに持った小説を読んだが、広い意味ではこれもその一つであり、予定調和に終わらない超弩級なラストを持った小説だったということは言える。

魔性の子 十二国記 0 (新潮文庫)

魔性の子 十二国記 0 (新潮文庫)


以下ネタバレ

十二国記の話で言えば、この巻では以下のようなことが明らかになった。

  • 泰麒が、蓬山に行ってから1年経ってすぐに蓬莱(日本)に戻ってしまった。(角を無くしてしまったのが原因)
  • 廉麟(れんりん)が、泰麒のために、蓬莱に妖魔(傲濫)と人妖(白汕子)を遣わした。(ここは白汕子が育ての親という『風の海〜』の設定と少し異なる。)
  • ラストでは延王が迎えに来て、泰麒は蓬山に戻る。


さて、この本の核は、ずっと高里の味方をしていた広瀬先生(教育実習生だが)の、ラストでの心の変化ということになる。冒頭に掲げた台詞は中盤で登場するが、最後に、高里の一番の理解者だった広瀬が「祟られる」以外の最も効果的な方法で裏切られる、そこがこの小説の見どころ。マゾヒスティックな人には溜まらない展開かもしれない。広瀬の正論(自分のいるべき世界はここにしかなく、そこから逃げてはいけない)で締めるのが普通の物語だが、そうでないところに彼の悲劇がある。


そして、この話が十二国記のエピソードとして読まれると、読者側からも軽視されてしまう、という点で二重に可哀相な広瀬。
泰麒は彼の分まで頑張って欲しいと願うばかり…。

*1:そういう意味では、今この文章を読んでいる人は、「知らないで読む」側には、しばらく回れないことになる。記憶が早々に薄れない限り