Yondaful Days!

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圧倒的!今年一番の映画体験でした~『ボーダー二つの世界』


映画『ボーダー 二つの世界』予告編|10/11(金)公開


この映画を観ようと思ったきっかけが思い出せません。
9月頃に、何かの煽り文句を読んで、「これは観に行かなくてはいけない映画だ!」と確信し、『ジョーカー』か『ボーダー』か…という気持ちで公開を待っていたように思います。
観るタイミングに恵まれず、もうあきらめていたのですが、たまたま時間の取れた平日夜に映画を探したときに、ちょうど良い上映開始時間という理由で観ることを決めたのでした。
昼にネットでチケットを取り、ギリギリまで仕事をやってから、席に座りました。もちろん、半ば意図的であったとはいえ、ここまで内容について知らずに映画を観るのは初めて。知っているのはスウェーデン映画で、デルトロや小島秀夫が絶賛しているフィクションということくらい。
しかし、上映開始直後から、あまりに印象的すぎる映像に、どんどん惹きつけられていったのでした。

率直な感想

ここから感想に入りますが、鑑賞直後に、ここまでパンフレットを読みたくなった作品は初めてです。
ほとんど息もつかないままに2時間画面にくぎ付けになった後、作り手はどのような意図でこの映画を撮ったのか、賛辞の声は、具体的にこの映画のどの点を評価しているのか、不安になるくらい「言葉」を欲しくなりました。そういう意味では、何も「言葉」を持たずにこの映画を観たのは良かったし、観終えたあとも、関連情報についてほとんど触れずにこの感想を書き始めているのも、とてもスリリングです。


この映画の、最大のポイントは間違いなく「顔」です。
ここまで顔が意味を持ってくる作品は無いかもしれません。何度も大写しにされる主人公ティーナの顔。最初から最後までそこに惹きつけられます。
人の顔から受ける印象は、受け手の人それぞれなのでしょうが、一般的な美醜の感覚で言えば圧倒的に「醜」だと思います。
もちろん、太った体全体もマイナス要素なのですが、性別が不詳で、特徴的すぎる鼻筋とゴツゴツした顔のつくりは、何度見ても慣れません。
最終的にはその表情の中に、自分も彼女の優しさを見出すようになったのですが、初めは、怖さを感じてしまいました。


そしてティーナとかなり似た顔だちで、しかもその表情にどうしても邪悪さを感じてしまうヴォーレ。
ティーナも通常の人間からかけ離れた外見ではありますが、同居人ローランドとの暮らしや、友人との付き合いを見て、「人間らしさ」を感じ、映画が進むにつれて、彼女に親しみを覚えていきました。
しかし、ヴォーレは、顔のつくりだけでなく、表情や喋り方が「悪」を感じさせます。
さらには、食べ物(彼は採集した虫を食べる)。何をどのように食べるかということは、顔の印象に大きく影響することを思い知らされました。顔と口は当然不可分なので当然といえば当然ですが。
また、ヴォーレは、手の爪の汚さも、虫を食べる様を思い出させ、「人を外見で判断してはいけない」という心の中のポリコレ基準から大きく外れて、ヴォーレの外見から漂ってくる全てがおぞましい存在のように思えてきます。


ローランドは、ティーナが家に連れて来たヴォーレを見て「連続殺人犯か?」と茶化しますが、的確な表現だと思いました。
観ている自分もローランドと同じ気持ちだったからこそ、中盤、2人が仲良くなり、一種、「幸せ」な生活が描かれる中盤の展開には、本当に混乱していまいました。


序盤にティーナがひとりで森の中の湖に裸で入る場面があります。彼女が女神のような外見であれば、幻想的な光景が映し出される場面となるシーンです。
確かに大自然の森の中の湖の景色は美しい。しかし、そこにいるのはティーナです。
通常の映画であり得ない、まず観たことのない絵ですが、それでもティーナそのものも大自然の一部として捉えることで、何とか「美しい映像」として受け入れます。(もちろん、ここでも、自分が「顔や造形が優れていること」を美しさに求めているのだという「気づき」に戸惑っています)


しかし、これにヴォーレが入ってしまうと駄目です。やはりヴォーレは怖い。
ティーナだけであれば、人間として愛することのできた感覚が、ヴォーレが画面に入ることで相当に実を結びにくくなります。
ある意味、クライマックスと言える、湖の中での二人の戯れからセックスシーンに至る流れは、ふたりの男女の役割が逆ということも相俟って、そして一番の「衝撃映像」もあり、映画の中でも最も混乱する映像でした。
ヴォーレの口から、二人が「何」であるかを知らされ、彼らが虐げられてきた歴史が語られる場面ですら、やはりヴォーレへの嫌悪感は拭えなかったのでした。


だから、終盤でヴォーレが「邪悪な存在」であることに、物語上のお墨付きが与えられる流れには、とても安心しました。
それは、彼のことを外見以外で「嫌う理由」が出来たからです。
その意味では、児童ポルノ被害者の供給元の謎が解明される後半は、ある意味では普通の物語に戻っていくので、安心して観ることが出来ます。
ティーナが、「ボーダー」の先、つまりトロルの世界に行くのではなく、人間の世界に生きることを決めたのに合わせて、物語自体も通常のものに戻っていくのです。


物語のラストに登場する赤ちゃんは、ティーナではなくヴォーレ側の存在、つまり、「二つの世界」のうちトロル側の世界の存在を象徴するものです。
ティーナは人間に踏みとどまりましたが、これからも「二つの世界」の中で生きていくことになります。
とはいえ、ティーナがそうだったように、あの赤ん坊が過酷な子ども時代を送ることになることが確実なわけで、「ハッピーエンド」ではなく「何となくハッピーに見えるオープンエンド」として映画は終わります。

…と、何となくラストは「腑に落ちる」風に書くことも出来るのですが、安心を得るためには、これが映画の中の世界の話であることを改めて確認しておく必要があります。
それは、北欧にトロルが棲んでいるかどうかということではなく、彼女の「顔」が本物かどうか、ということです。
というのは、自分の心がザワザワしたのは、ティーナがトロルだったからではなく、ティーナの外見の圧倒的な「醜」を、そしてそこから来る怖さを感じたからなのです。
もし、「そういう外見」の女優さんを選んでティーナを演じてもらったのなら、心の中のザワザワは残ったままでしょう。
パンフレットが欲しかった理由の一つはそこにありました。
(さて、ここからはネットで調べた結果です)

特殊メイクでした…(映画.comの記事)

さて、ネットで調べてみると、やはり特殊メイクだったということで安心しました。

生まれつきの醜い容姿に悩まされる主人公のティーナと、彼女と似た容姿を持ちティーナを惹きつける旅行者ヴォーレを演じたのは、フィンランドの実力派エバ・メランデルとエーロ・ミロノフ。ふたりには分厚い特殊メイクが施され、それぞれ役作りのために20キロずつ増量。カンヌ映画祭での2ショットとは似ても似つかない姿で熱演した。
デル・トロ監督が絶賛の「ボーダー」 驚異の特殊メイク、ビフォーアフター画像公開! : 映画ニュース - 映画.com

あれほどアップの映像が頻出し、表情の変化や、肌の表面の様子に全く違和感が無かったので、もしかしたら本物なのかも…と思っていたので、謎が解けて安心しました。
何より、リンク先のメイク前の2人が美形で、そこにほっとしたのですが、そうすると、容貌の美醜が自分の気持ちに与える影響について改めて考えさせられます。

小説と比べたときの映画の強さ(I-Dの記事)

『ボーダー二つの世界』を撮ったのはイラン出身のアリ・アッバシ監督。
I-dのインタビューで、アッバシ監督は、小説と比べたときの映画の強さ、映像の持つ力について語っています。

一方で、こうした「読者にゆだねられているもの━━見えざるものに、形を与えることが、映画という媒体の持つ強さでもあると思うんだ」と監督は語る。それを、アッバシ監督は、「あからさまな明示性」と呼ぶ。
そう思うようになったのには、生まれ育ったイランの環境が影響している、とアッバシ監督は言う。あらゆることが検閲の対象になる(「そう、キスすら!」)イランのカルチャーシーンにうんざりしていた監督は、「すべてを見せる」ことで生まれる力に惹かれるようになる。
(略)
『ボーダー 二つの世界』には、「ショッキングすぎる」と話題になったシーンがあるが(日本ではノーカット完全版で上映される)、ふたりの性愛を描く“あからさまな”シーンについても、「見るのと、読むのとでは、感じるものに違いがある」とアッバシ監督は言う。
小説では想像するしかなかったものまですべてを映像化し、観客に「見せる」。ここで、観客に突き付けられるのは、究極の他者性だ。小説を読むときと違って、観客は、ぼかしたり、勝手に美化したり、自分の馴染んだものにひきよせて好きに思い描いたりすることは許されない。映画は、どうだ、見てみろ、受け容れられるか、本当に受け容れられるのか、他者というのは、「多様性」というのは、こういうことだぞ、と迫ってくる。
『ボーダー 二つの世界』アリ・アッバシ監督が語る、映画/文学にできること・できないこと - i-D

これはまさにその通りでしょう。
自分が小説で読んだ場合、児童虐待事件の真相と、彼らの出生の秘密というストーリー上の核となる部分に一番目が行くことになったと思います。
しかし、映画で観た『ボーダー』の印象は、圧倒的に彼らの「顔」でした。
小説では、上の文で述べられるような「他者性」は得られず、自分の経験の中から手持ちの材料でイメージを拵えることになるのでしょう。
手持ちの材料を増やすために映画を観たり、実際の経験を積んだりすることも大切で、ということは、つまり小説を深く味わうためには、実経験、もしくは(映画のような)疑似経験は出来るだけ多い方がいいのかもしれません。

映画の中でのヴォーレの位置づけ(LEEの記事)

LEEの記事は、かなり深くまで入り込んでネタバレしている記事で、その点はどうかと思いますが、ヴォーレについての監督の説明が興味深いものでした。

――一瞬たりとも目が離せない不思議な物語でした。中盤でヴォーレが人間を敵対視する衝撃の展開がありますが、どうしてもヴォーレを憎めず、ヒドいことをしても嫌いになれませんでした。アリ監督「実は、僕が個人的に最も共感できるのがヴォーレなんだ。思い入れが強いキャラクターで、彼がどんなことをしようとも、愛して欲しいと思っていたから、その反応は嬉しいな。ヴォーレには、ティーナが彼の側か別の側かを選び難いような行動をさせたい、という意図もありました。人から酷い扱いを受け、それが積み重なっていけば、相手を傷つけるという行動や芽生える憎しみの感情は、ごく自然なことですよね」
神秘的な性愛シーンに魅入られる!北欧ミステリー×ダークファンタジー 『ボーダー 二つの世界』の監督にインタビュー | LEE

「個人的に最も共感できる」キャラクターとして描かれている存在とは全く想像できませんでした。
確かにヴォーレが持つ憎しみの感情は、至極当然で、単純に「悪」として排除してしまうのは危険なものなのかもしれません。おそらく、小説で読んでいれば、自分もヴォーレに共感していたかもしれません。
しかし、映画での彼をすぐに応援できる気持ちにはなれませんでした。この点は、今後、原作小説を読むことがあったら、一番気になるポイントです。

――ティーナは初対面でヴォーレに“何か”を嗅ぎ取り、興味を持ちます。そこから惹かれていくわけですが、“同族”としての“生理的・本能的”な共感や親しみが強かったのでしょうか。それとも純粋に男女が劇的な恋に落ちる激情が走ったのでしょうか。
「脚本の段階で、それについても話し合いました。確かにティーナは同族である匂いを感じ取ったには違いない。でも同時に、互いが未知の存在であり、それゆえ怖いという感覚も覚えたハズ。誰かに惹かれるとき、その感情の組み合わせは、これ以上ないほどのものだよね!? 気になるが怖い、という。でも黒人と白人と黄色人種が惹かれ合うことに何ら不思議がないのと一緒で、同族か否かはそれ以上、大きな意味はないと思います」「この物語におけるヴォーレの役割は、ティーナに“初めて愛される経験を与える”存在、且つ真実までの道のりへと導く存在でもある、ということなのです」
神秘的な性愛シーンに魅入られる!北欧ミステリー×ダークファンタジー 『ボーダー 二つの世界』の監督にインタビュー | LEE

ここで、監督は「誰かに惹かれるとき、その感情の組み合わせは、これ以上ないほどのものだよね!? 気になるが怖い、という。」と説明しますが、これは言われるまで気づかなかった部分でした。
自分自身の恋愛感情を考えてみたときに「怖い」という気持ちは入る余地が無かったからです。しかし、映画の中でティーナがヴォーレに惹かれていった理由のひとつにそれは確実にあるし、その微妙な感情の動きが、ティーナの魅力を引き出していたように思います。
もしかしたら、自分にもそういう気持ちがあるのかも…。折に触れ、自分の中の「怖い」を検証してみようと思いました。


知らない世界から自分の考えや感情を体験すること(web diceの記事)

web diceの記事は、インタビューというより監督の語り下ろしという感じの、なかなか読み応えのある内容です。

私が興味を持っているのはパラレルワールドのレンズを通して社会を見ることで、ジャンル映画製作はそのための完璧な手段である。そのことで、映画がより私を刺激するものとなった。自分の問題の個人的なドラマの中ではなく、自分以外の体、そして知らない世界から自分の考えや感情を体験することに私は魅力を感じる。芸術を完全に創造する上で、自己とのつながりを切ることで面白い発見があると思う。
ジャンル映画を超える!衝撃の傑作北欧ミステリー『ボーダー 二つの世界』|『ぼくのエリ 200歳の少女』原作者×新鋭アリ・アッバシ監督作品 - 骰子の眼 - webDICE

I-Dのインタビューで書かれたのと同様「自己とのつながりを切ること」の重要性が説かれているのが面白いです。
芸術作品の創造についても鑑賞についても、自己を切り離して、一旦「他者性」を回り道することで、思索が深まっていくということだと思います。
この夏、日本を騒がせ続けた「あいちトリエンナーレ」の騒動は、多くの人が回り道をせずに解釈のショートカットをすることで生まれたと思っているので、ちょうどタイムリーな指摘となりました。

総括

圧倒的な映像体験だったので、多くの人に観てもらいたい映画となりました。
今年観た映画では『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』『スパイダーマン:スパイダーバース』が1位2位と思っていましたが、それを超えていると思います。もしくは別次元枠です。
映画『ぼくのエリ 200歳の少女』、および、『ボーダー二つの世界』の原作小説は何とか年内に観て・読んでみたいと思います。
最近読んだ本もスウェーデンのものだったし、スウェーデンづいているので、この国についても少し勉強してみたいですね。

モールス (字幕版)

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MORSE〈上〉―モールス (ハヤカワ文庫NV)

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MORSE〈下〉―モールス (ハヤカワ文庫NV)

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人を見捨てない国、スウェーデン (岩波ジュニア新書)

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スウェーデンの小学校社会科の教科書を読む: 日本の大学生は何を感じたのか

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