Yondaful Days!

好きな本や映画・音楽についての感想を綴ったブログです。

記憶の中の小説VS映画~蜷川幸雄監督『青の炎』

この映画は、ずっとPrimeVideoのウォッチリストに入っていたが、そうなってしまったら、よほどの機会がないと観ないことになる。というのがパターンだ。(本は図書館の者は読むが、買ったら読まないのと似ている)
しかし、Twitter上で邦画オールタイムベスト10で、この作品を挙げている人がいて、半分アイドル映画と思っていた自分を恥じて、ちゃんと見てみることにした。


原作の貴志祐介『青の炎』は、読んだのが昔過ぎて、 「貴志祐介の初期の作品は名作ばかり 」という印象の内の一作という程度で 内容は明確に覚えていない。
ただ、海辺を走る映画だということは覚えていた。今となっては『月と蟹』の方の内容を思い出せないが、道尾秀介『月と蟹』で鎌倉を走るシーンが出て来て、『青の炎』のことを思い出した。
だから実際に見て、あれ?あれ?ああああ、そうだった…と思ったのは、「脚」で走る映画ではなく、「自転車」で走る映画だということ。
しかも、それがただの自転車ではなく「ロードバイク」(作中ではロードレーサー)だったことに、欲しい高額商品の上位にロードバイクが挙がる、現在の自分としては運命的なものを感じる。
ということで、ロードバイクのシーンを目で追ってしまうのだが、海沿いの狭い対面通行道路を走るシーンで右側通行なのは本当に勘弁してほしいと思った。今でこそ道路交通法改正で自転車は左側通行が義務付けされたが、自分が免許をとってから30年間の疎らな運転経験から考えてもあんなに怖い自転車には出会ったことが無い。
だから、最後のシーンでやっと左側通行をしているのを見て安心したが、それも束の間あんなことに…。


この小説のテーマは「青春×完全犯罪(殺人)」ということになるだろうか。
ただ、小説自体を読んだのが、これまた20年近く年なので、何とも言えないが、映画では、完全犯罪の緻密さに欠ける部分があったように思う。2件の殺人のうち、特に2件目(コンビニ強盗)は、緻密な計画の上で実行した1件目と比べると相当粗く、観ていて相当肝を冷やした。


併せて、物語のつくりも粗い部分があったのではないだろうか。
この映画のヒロインは松浦亜弥ということになるだろう。ヒロインなのに、主人公(ニノ)にも観客にも媚びない。でも主人公を気にかける感じをうまく演じている。(ただ、眉毛が気になって仕方がなかった…。今が2022年だからか。)
ただ、ラストまで通して観ると、もう少し彼女に何か役割があったのでは?という感じが否めない。同じことが、ニノの妹役の鈴木杏にも言え、小説の方では、もっと明確に「妹を守らなくては」という気持ちになるストーリーだったような気がするが、少しその要素が減っている感じがした。

また、ラストも唐突だし、逮捕一歩手前の容疑者に対して、一日の猶予を与える警察も甘過ぎる。(普通に考えれば証拠隠滅の恐れがある)
全体的に、映画化する際に拾い損ねた部分が多かったのではないか、と昔読んだ記憶の中の『青の炎』の傑作度合いと比較して思ってしまった。


とはいえ、この映画の見どころは、やはり主演の二宮和也(ニノ)なんだろう。
けだるい、本気で楽しめない、心に昏いものが宿っている雰囲気が、学校生活の中でうかがえる。また、家では(伊藤潤二の漫画『地下室』で冨江が入っていたような)水槽で寝ちゃったりする感じも全く不自然に見えない。
テープレコーダーへの日記的な独白の録音も含めて、同級生からは見えない「彼の世界」に彼だけが生きていることがよくわかる。
これしかないと追い詰められた感じも本当に上手いし、その気持ちが「走る」ことに表れたロードレーサーのシーン。江ノ電に並走するシーンも恰好いい。


その他のキャストでは、やはり義父役の山本寛斎。ファッションデザイナーなので、Wikipediaを見ると、映画出演はこれ一作のようだが、嫌な役として上手い。亡くなったのは2020年(76歳)ということで最近か。(監督の蜷川幸雄は2016年没:80歳)

まさかと思って調べたら、母親役の秋吉久美子は1954年生まれで、映画公開の2003年は49歳。
ということは、撮影時は、今の自分と同じくらいの年齢か。古めかしい化粧をしているからなのかもしれないが、とても同い年には見えない。というか、平成の映画に見えない。


なお、やっぱり舞台は記憶通り鎌倉だよな、と思っていたら終盤突然、恐竜博物館が出て来て、「鎌倉と思っていたのは幻想で、全部福井だったのか…」と驚いてしまったが、福井県立恐竜博物館でどうしても撮りたいと主張した監督・蜷川幸雄のアイデアだという。

漫画『南鎌倉高校女子自転車部』を読んだりする中で、自転車といえば鎌倉という思いを勝手に持っていたが、もしかしたら、頭の片隅に小説版『青の炎』の残滓があったのかもしれない。
ロードバイクを手に入れることがあったら、いずれは鎌倉まで行ってみたい。