Yondaful Days!

好きな本や映画・音楽についての感想を綴ったブログです。

「坂馬鹿」たちに鼓舞される小説~高千穂遙『ヒルクライマー』

近藤史恵さんの一連の自転車ロードレース小説の関連でAmazonのオススメにこの本が出てきたときは、「同姓同名の人がいるんだな、しかも作家で…」と思ってしまった。
しかし、確認すると「クラッシャージョウ」「ダーティペア」の高千穂遙本人。1951年生まれというから現在70歳、この本が出版された2009年は58歳だ。
本人が「自転車で山に登る面白さに取り憑かれた」ということも知り、むしろそちらに興味津々で読み始めた。

本格自転車山岳レース小説、待望の文庫版を電子化!

「なぜ坂に登るのか?」 
世はまさに空前のロードバイク・ブーム。そして中でもヒルクライムレースは、山国という日本の国土の特異性もあり、多くのファンを惹きつけてやまない。されど……。
自転車で山に登る……容赦のない疲労困憊……いったい何が楽しいのか?なぜ重力の法則に逆らい、何の報酬もない苦行に耐えなければならないのか。しかし、死ぬほど苦しくても、彼らはペダルを漕ぐのを止めない。長い坂を登りつめた果てに何があるというのか? 
ヒルクライムの面白さに取り憑かれた作家が自らの体験を元に、愛すべき“坂バカ”たちのドラマを鮮烈に描き尽くした、日本初の本格ヒルクライムレース小説。本書はスポーツ冒険娯楽小説であると同時に、坂バカたちそれぞれの人生の疲れと痛みが、歓喜に満ちた癒しに変わっていく過程を描いた、魂と肉体の再生の物語でもある。
「なぜ坂に登るのか?」 
それはロード乗りが必ず一度は取りつかれる問いだ。読んでから登るか、登ってから読むか? 答えは挑んだもののみに与えられる。


小説冒頭は、神音大作が40歳のときに、栂池のヒルクライムレースに出会い魅了される様子が描かれる。
あらすじにも書かれた内容だったので、サラリーマンの大作が主人公かと思いきや、メインの主人公は、その5年後、親友の形見として自転車を譲り受けた19歳の松尾礼二。

面白いのは、彼が推薦で大学に入った陸上を辞めて(ということは大学を退学して)フラフラしているところで自転車に出会っていること。
陸上→自転車は『サクリファイス』の白石誓(チカ)と同じだが、チカが、自らが目立つ個人競技でなく、他人に勝たせるロードレースに惹かれたのと、礼二の考え方は正反対。
礼二は個人競技が好きで陸上をしていたのに、大学で駅伝をさせられて嫌になって辞めたのだという。だから自転車競技でもチームで行うロードレースではなく、個人出競うヒルクライムに惹かれる。
5年前にヒルクライムに出会った大作は、この時点で一流の選手となっている。

ということで、軸は、陸上の素質も訓練も十分な礼二が、ロードレースを始めてからぐんぐん実力を上げていく話なのだが、メインはレースよりも練習の様子。そして礼二の成長に周囲(SB班=坂馬鹿班)が奮起して、それぞれのレベルで成長を遂げていくところ。


で、読み始めるまで想像しなかったが、周辺の地名が出てくる出てくる。
京王線沿線も多く登場するし、多摩川も練習コースの起点となる。
週末ランニングをしていると、自転車乗りが絶対にいるコンビニというのがいくつかあるが、その中の一つであるローソンの稲城鶴川街道店は以下でいう「尾根幹」の起点に当たることも分かった。(尾根幹は、ランニングのお気に入りコースである「よこやまの道」と並走するコースで気になる…)

五人が走っているのは都道南多摩尾根幹線、通称、尾根幹だ。鶴川街道が稲城で分かれたところからはじまり、多摩市を経て、町田市の小山までつづく。距離はおよそ13キロ。アップダウンが繰り返される厳しいコースだが、自転車にとっては、比較的走りやすい道路である。
「冬の練習は、ここの往復を中心にする」と決めたのは阿部だった。尾根幹は近隣のロードチームや京王閣に所属する競輪選手の練習場所としても、よく知られている。p248

上記は一例だが、練習コースはバラエティに富み、巻末に略図もあり、それだけで楽しい。
ランニングで奥多摩や宮ケ瀬湖まで行くことはないが、自転車であれば、そのくらいまでは簡単に行けるのだな、ということが改めて分かり、そのことにワクワクした。


また、「趣味で自転車」ではなく、実力を上げたいと思っている人たちの自転車生活の様子もよくわかった。自宅にローラー台を持ち込んで部屋の中でも自転車に乗ったりとか、メンテ含めて自転車一台に100万円くらいかかるとか。
作中では、主人公が当初は無職だったこともあり、お金がかかるという話題は取り上げられており、弱虫ペダルの高校生たちが、費用をどうしているのかも気になるところではある。

物語の最後には、大作がヒルクライムに魅せられた栂池の大会で、2人の主人公である大作と礼二が対決する、という美しい構造で、スッキリ終わって自転車に乗りたくなる。もっと広げていえば、何かに本気で挑戦したくなる、そんな一冊だった。

だめな点

女性の台詞に「~だわ」「~よね」が多用されることに古さを感じながら読んでいた。

しかし、それ以上に、「男は黙って我が道を進んでいるだけで、いつか妻や娘はそれを理解し「男の道」を支えてくれる」という夢物語で無事解決という終わり方には「昭和か!」と思った。
わざわざ、「自転車か家族か」の選択で自転車を取った男によって「捨てられた」娘と妻という視点で物語を組んでいるのに、肩透かしを食らった気分だ。
また、男性視点のキャラクターは、礼二(19歳、無職)と大作(45歳、サラリーマン)を中心に、阿部(27歳、プログラマー)や、下丹田(42歳、美容師)と多彩なのに、女性視点のキャラクターは、大作の娘のあかり(高2)以外はキャバクラ勤務の美奈のみ、というのもバランスが悪い。
しかも、物語のキーとなるあかりは、大作の娘で、礼二の彼女、という役割のみで生きていて、高校生らしさは皆無。登場シーンは礼二とのベッドシーンが多いことも疑問。
これは女性が読むと苦痛を感じるかもしれない…というあたりも含めて、近作であり、時代の空気を反映してよりアップデートされた表現になっているはずの『ペダリングハイ』には期待したい。