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「かわいそう」でも「たくましい」でもない~上間陽子『裸足で逃げる』

裸足で逃げる 沖縄の夜の街の少女たち (at叢書)

裸足で逃げる 沖縄の夜の街の少女たち (at叢書)

  • 作者:上間陽子
  • 発売日: 2017/02/01
  • メディア: 単行本

それは、「かわいそう」でも、「たくましい」でもない。この本に登場する女性たちは、それぞれの人生のなかの、わずかな、どうしようもない選択肢のなかから、必死で最善を選んでいる。それは私たち他人にとっては、不利な道を自分で選んでいるようにしか見えないかもしれない。
上間陽子は診断しない。ただ話を聞く。今度は、私たちが上間陽子の話を聞く番だ。この街の、この国の夜は、こんなに暗い。
――岸政彦(社会学者)


『裸足で逃げる』は、刊行当時に、荻上チキのsession22で関心を持った後に、有隣堂ビブリオバトルのイベントで、友人が発表し、チャンプ本を獲ったと伝え聞き、「読む本」候補としてずっとリストに挙がっていた本。
今回、その友人が、NHKジャーナルのミニ・ビブリオバトルで改めて紹介するのを聞いたのが「最後の一押し」になって、読んでみた。
内容については、ある程度予備知識があるため、紹介では

  • それまで、小説ばかりを読んでいたが、ノンフィクションもこんなに面白いんだと扉を開けてくれた本
  • DVやシングルマザーの労苦以上に美しい文章に心を奪われる本

という話が印象に残った。(うろ覚えです)


上間陽子さんは1972年生まれという同世代の研究者で、琉球大学教育学部研究科教授の立場から、未成年の少女たちの調査・支援に携わっている。
この本では、6人の少女が取り上げられているが、調査を元にしている本としては、格段に読みやすい。
6人はいずれも未成年のときから風俗業界で働き始め、シングルマザーという共通点があるが、驚いたのは、働き始める年齢が早いこと。そもそも中学生のときに妊娠していたりするので、ある程度子どもが大きくなってもまだ未成年という人も多い。

6人の中で最も印象に残っているのは「カバンにドレスをつめこんで」の鈴乃さん。
彼女は、恋人からのDVに苦しみながらも高校生のときに産んだ女の子をその後一人で育てていく。
産まれた赤ちゃんには重い脳性麻痺があり、彼女は赤ちゃんの世話をしつつキャバクラで働き始めるも、そのあとがすごい。定時制高校に入り直し、塾で3年勉強したあと看護師専門学校3年間を経て看護師になる。
ちょうど、先日見た映画『37セカンズ』で、脳性麻痺の主人公女性と、彼女を一人で育てた母親との具体的なエピソードを思い出したりもして、読んでいて泣いてしまった。(一言だけれど、相模原の事件に言及するところもあり、そこも泣いてしまった)


特にすごいと思ったのは、彼女のケースでは、妊娠中に恋人から受けたDVがそもそも早産そして脳性麻痺の原因となっているにもかかわらず、話がそちらに向かわないところ。彼女自身、「理央(娘さんのこと)のおかげで、自分はいろいろなことを知ることができた」と娘が障害を持って生まれたことを前向きに話しているが、書き手の上間さんも(彼に怒りを向けるのではなく)同じ気持ちにならなければ、この本はできなかっただろう。


これは、たぶん、上間さんの一番の長所なのだろうと思う。
ビブリオバトルでの紹介のときに小説と比べて語られる部分があったので、意識して読んだが、似た内容の本として、プロ棋士になれなかった奨励会の人たちを追った大崎善生『将棋の子』を思い出した。『将棋の子』も、作者の大崎善生が作中に登場し、オムニバス形式で似た境遇の人たちに話を聞いていく本で第23回講談社ノンフィクション賞受賞作だが小説に近い。
しかし、『裸足で逃げる』は、調査対象の少女たちへの寄り添い方が、それとは大きく異なる。小説であれば作者が面白さを抽出して付加するだろうが、それはしない。フィールド調査をまとめたものであれば、分析や問題提起がメインになるだろうが、この本の中ではそこへの言及は極端に少ない。
あくまで主役は少女たちで、上に例を出した鈴乃さんのようなスーパーマンではなく、「ダメな女の子」であっても、方言交じりの会話文が多めの文章もあって、それぞれの人たちの人柄がそのまま伝わる文章になっている。


もう一つ例を出すと、「さがさないよ、さようなら」で、3年間「援助交際」をしていた春菜の話は、彼女に売春行為をさせていた元カレにまだ気があるという話で終わる。(上間さんは彼女とはその後連絡が途切れてしまう)
普通に考えたら、そんな男やめておけ、ということになるのだが、そうならないのが、『裸足で逃げる』の特徴だと思う。

この辺は、シノドスの対談で岸政彦さんが述べている感想の通りで、通常なら、岸さんが書いている通りの反応で「失敗」してしまうだろう。

僕がいつもすごいなと思うのは、上間さんのアドバイスって具体的なんですよね。「お前にも尊厳があるんだ!」なんて絶対に言わない。「この交差点まで逃げてきてね」、「このファミレスは24時間やっているからここに来てもいいよ」とか、その子がすぐ実行できそうな方法を提示するんですよね。今、被害にあっている子に対して、「お前には尊厳がないのか」、「お前も個人として自立するべきだ」なんて言っても、それができないから悩んでいるわけなので。

僕も昔、失敗したことがあって、「なんで別れないんだ!」と説教してしまったんです。「そんなやつと付き合ってたらダメだ」と言えば言うほど、逆に頑なになってしまうんですよね。それは「その男と付き合っているお前がバカなんだ」というメッセージになってしまう。

岸さんが語るように、相手の気持ちに寄り添うには、具体的な言葉がけや話の聞き方などのテクニックが必要なのだろうが、何よりも大切なのは、他者に対する想像力なのだろう。(このあたり、ブレイディみかこさんが語る「エンパシー」というのと近いのかもしれない。実はブレイディみかこさんは未読なのですぐに読みたい。)

これに関して、荻上チキのSession22出演時の質問メールに対する上間さんの回答が素晴らしい。

荻上 こんなメールをいただいております。 「『裸足で逃げる』の話は沖縄に限定される話でしょうか。また、私たちはこの本を読んだ後、何をすべきでしょうか。」 
上間 まず、沖縄に限定される話ではないと思います。まだ語られていない体験はどこにでもあります。特に暴力を受けた経験は、受けた方は自分が悪いと思っていたり、その体験がいたたまれなかったり、悲しかったりするので、なかったこととして封印することも多いのです。

二つ目の質問ですが、私はこの本を読んだ方に直接の支援者になって欲しいとは思いません。むしろ、自分の体験を思い出したり、自分にもそんないたたまれない時があったかもしれない、と豊かに考えること。それが、彼女たちを想像することにつながっていくと思うんです。そして、自分の経験をだれかに語りたくなるようになるといいなと思っています。もちろん制度の課題もあります。でも制度をつくるためにも、自分の想像力を拡張し、他者とのつながり方、みんなが健やかに生きられる方法とはなんであるかを考えることは必須だと思います。

先ほど書いたように、本の中での言及は少ないが、日本では「子どもの貧困」が大きな問題になっており、特に沖縄では、その問題が顕著であるという。
2020年3月現在、新型コロナウイルス関連が世界的な問題になっているが、国内でもっとも影響を受けるのは沖縄のような観光を主要産業としている地域だろう。
今回のような騒動の中、自分や家族の問題を考えるのと合わせて、遠く離れた地域の様々な世代で、それぞれの問題が生じていることに思いを馳せながら日々を過ごしていきたいと思ったのでした。
そういった「想像力の拡張」が「制度の改善」につながると信じて。



次は、上間さんと共に調査をしている打越正行さんや、シノドスでの対談が良かった岸政彦さんの本、またブレイディみかこさんのベストセラーが読みたいです。

ヤンキーと地元 (単行本)

ヤンキーと地元 (単行本)

断片的なものの社会学

断片的なものの社会学

  • 作者:岸 政彦
  • 発売日: 2015/05/30
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)


参考

synodos.jp
synodos.jp
www.tbsradio.jp
→上間陽子さんの声はとても素敵です。荻上チキさんとの対談は、シノドスの書き起こしもありますが音声配信をお勧めします。

参考(過去日記)

pocari.hatenablog.com