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読書感想文の課題図書、侮りがたし!〜いとうみく『二日月』

二日月 (ホップステップキッズ!)

二日月 (ホップステップキッズ!)


小学3年生の娘が読んでいた『二日月』を読ませてもらった。
あらすじはこんな感じで、小学3年生の主人公・夏木杏に新しくできた妹の話。

あたしの妹、1歳の芽生。
まだ歩けないし、立てないし、ハイハイも、おすわりもできないし。
そういうことができるようになるかもわからない。
だけど、芽生はあたしのそばにいる。
あたしはいつも、芽生のそばにいる。
(そうえん社あらすじ)

妹の芽生(めい)は、出産時のアクシデントが原因で、入退院を繰り返し、体もなかなか大きくならない…。
そんな重い設定が入っていることと、表紙の柔らかいイメージから、自分はファンタジー要素が入ってくるのかと勝手に思い込んでいたが、全くそんなことはなく、重い要素を重いままに伝える誠実な内容の物語だった。


この本は青少年読書感想文全国コンクールの課題図書(小学校中学年向け)に当たっているということで、それを意識して書くが、『二日月』は読書感想文が書きやすい本ということになると思う。大きな事件が起きるタイプの本ではないから、「本のあらすじ」よりも「自分が何を感じたか」に焦点を当てやすいからだ。
逆に、この本で何を書けばいいのかと悩む小学生は、他のどの本を読んでも、読書感想文を書くのは難しいように思う。
ただ、そういう風に悩む小学生がいれば、自分は「言葉」に注目してもらう。

いちばんいっちゃいけないこと

まず、主人公の杏は、言葉の中には「言っちゃいけないこと」があることを意識している。
母親がせっかく一か月の入院から退院してきたのにもかかわらず、芽生の面倒ばかり見て、自分をかまってくれない。そのとき、杏は「芽生なんて、生まれてこなきゃよかったんだ!」と言って、父親にほっぺたをぶたれる。

(ママ、ごめんね)
そういってママに抱きついちゃえばいい。そうしたらママは絶対、ギューっと抱きしめてくれる。ゆるしてくれる。
だけど、あたしはいえなかった。動けなかった。
芽生のことをあんなふうにいっちゃったから。いっちゃったことばは、とり消せない。消しゴムで消すみたいにかんたんには消せない。
あたしは、いちばんいっちゃいけないことをいった。だからパパは、怒ったんだ。 p57

一番最初の場面で、「人を傷つけることを言ってはいけない」という大原則が示されるが、これだけでは、言っていることが正し過ぎて、読書感想文を書くのは難しいだろう。
物語は、この大原則を中心に、どのように自分の気持ちに向き合い、どのようにそれを言葉として外に出すかということに広がっていく。

自分の言葉として口にだすこと

この本のクライマックスはとても分かりやすい。学芸会直前に学校を休んでしまった主人公・杏が、見舞いに来た親友・真由に、いかに自分が「最低のお姉ちゃん」であるかを打ち明けるシーンだ。
実際には、読者の驚きはその直前、学校を休むきっかけになった母との会話シーンにある。
母が見に来てくれるということで楽しみにしていた学芸会。妹の芽生(めい)の面倒は誰が見るのか、と何気ない質問に対する母の答え「芽生もいっしょに学芸会を見に行く」という言葉にショックを受けた杏は、あわてて笑顔を作る。
ここで、読者は、杏が何で動揺しているのか分からず困惑するのだが、その直後の、杏の長い独白の中で、その理由がわかる仕掛けになっている。

あたしはおどろいただけ。
芽生を学校につれてくるなんて思わなかったから、いままで一度だってなかったから。
……うそつき。
わかってる。もうわかってる。
あたしは、芽生を学校につれてきてほしくない。
友だちに障がいのある妹がいることを知られたくない。
ちがう、ちがう、ちがう!
そんなことない。そんなはずない。そんなふうに思っちゃダメ。
いろんな思いがいっせいにふくらんでいく。
ふくらんで、ふくらんで、ふくらんで、バチンとあたしのなかではじけた。
あたし、芽生をみんなに見られたくない。
芽生のことを、はずかしいと思ってるんだ。 p186

少し前には「芽生はやっぱりかわいそうなんかじゃない。絶対に、絶対。」(p155)と強く心に言い聞かせていた杏が、本当はこんなことを考えていたとは思わなかったから、読者も動揺する。
この後、そんな心の内を、初めて真由に打ち明ける。
直接自分の言葉として出す、というのが、この物語の中では意味がある。
物語の前半、みんなと同じように行動できない低学年のナオトに向けた3人の言葉に杏は傷つくシーンがある。傷ついた一方で、杏は自分の考えを自分の言葉で口に出すことが出来ずに後悔している。

...迷惑だよ。
...かわいそう。
...なりたくてなったわけじゃない。
みんなのことばが、あたしのうえに落ちてきた。迷惑ってことばだけじゃない。藤枝君がいった「かわいそう」も、真由のことばも、いやだった。不快だった。
他人に好奇心であれこれいわれたくない。思われたくない。見られたくない。同情も、あわれみも、いらない。
けど…。
いちばん最低なのは、あたしだ。
なにもいわなかった。いえなかった。なにもできなかった。 p83


自分の気持ちに蓋をせず、それを口に出すことが必要な場面がある。
たとえば、自分の言葉によって、相手を変えることができるかもしれない。
事実、杏のお母さんは、公園の砂場で芽生のことを「キモイのがきた」と言っていた子どもたちを教え諭すことができた。
まずは、自分の気持ちを抑えずに、言葉にしてみる。自分に素直にならなくてはならない。

思いをすべて言葉にすることは、自分に素直になることと違う

この物語の着地が素晴らしいと思うところは、真由への打ち明け話の翌日の杏の気持ちの持ち方だ。

つぎの日、あたしは学校へ行った。ママにはやっぱりなにもいわなかった。真由はもっと素直になっていいっていったけど、思いをすべてことばにすることと、自分に素直になることは、同じじゃない。
自分のことばで人を傷つけるのは、やっぱりいやだ。
…芽生を学校につれてこないで。
…友だちに見られるのははずかしい。
そう思った。いまだってどこかでそう思ってる。だけどそれはいっちゃダメだって、あたしは思う。p196


この話が多くの人に刺さるのは、「それはいっちゃダメだって、あたしは思う」だけで止めないから 。
「いまだってどこかでそう思ってる」、これをちゃんと言える。
自分の心の中には「最低のお姉ちゃん」である「あたし」も存在している。
自分のダメな点を素直に認めることは、誰にとっても大事なことだ。
どんな境遇の人にも「最低な自分」はいる。それを素直に認めることは誰にも出来ることではない。
同時に、それをすべて言葉として出していいわけでもない。

ダメな自分も、嫌いな人も毎日変わっていく

杏と同じように、他の登場人物にも色々な面があることが示されているのも良いところだと思う。
クラスメイトの中では、差別的な言動が目立つ春菜ちゃんも、最後には、芽生を抱っこして可愛がってくれるところが感動的だ。「ダメな人」では終わらない。
真由も藤枝君も春菜ちゃんも、それぞれに良いところもあれば悪いところもある。それだけでなく、毎日変わっていく。それがラストの藤枝君の言葉(タイトルの由来)に表れている。

「二日月?」
「そう、肉眼ではじめて見える月のこと。昨日は新月だっただろ。そのまえはつごもり。光があたらなくって、月がかくれて見えなくなる日だよ(略)
でも、月っておもしろいよな。満ちて、欠けて、それをくりかえして。太陽みたいにいつも同じじゃないところが好きなんだ。オレ。」p206

「人を傷つけることを言ってはいけない」という大原則を中心にして、「でも、それを心の中で思ってしまうことがある」「言葉にして傷つけてしまうこともある」「そういうことを言っている人に対してかける言葉もある」「嫌いな人にも好ましい一面がある」「人は変わっていける」…色々なことを教えてくれる、この物語に多くの小学生が、そして大人も触れてくれるといいなと思います。


ということで、課題図書侮りがたし!と思いました。同じく今年の課題図書では、高学年向けの本から、書店店頭で見かけて気になっていた『Wonder』を読んでみたいですね。

ワンダー Wonder

ワンダー Wonder

参考(過去日記)

過去に感想文を書いたもので、課題図書になっているものを調べてみました。

⇒参考:過去の課題図書 第51回〜第60回(2005年度〜2014年度)