Yondaful Days!

好きな本や映画・音楽についての感想を綴ったブログです。

吉田修一『パレード』★★★★★

パレード (幻冬舎文庫)
何だこのラストは?どんでん返しとは少し違う。とにかく、「それ」があるため、ネタバレせずに感想を書きにくい小説だ。(今回の感想も、ストーリーについてのネタバレは無いように十分配慮したつもり。)
ラスト数頁を読み終えるまでは、僕も「面白い青春小説だった。」というような感想を書こうと思っていたが、読み終えて愕然としてしまった。衝撃的な本を読みたい人は、以降の感想を読まずに、すぐさまamazonで、この本をレジに入れてください。
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巻末の解説で、作家の川上弘美は、「こわい」を連発しながら、ストーリーに触れずにその「こわさ」を説明しにくいもどかしさを訴えているが、まさにその通りだ。
通して見ると、この小説には『シガテラ』と共通する怖さがある。
つまり、「あなたのお気楽な生活は何に支えられているの?」「誰かの悪意が簡単にそれを壊すことが出来るんじゃないの?」という目を背けたい現実をあらわにし、読者の首筋に刃物を突きつけるような緊張感を与える。
しかし、比べてみると、『シガテラ』では、毎回毎回、引き金を引きそうで引かないという「焦らし」で恐怖を煽るが、『パレード』では、ラスト数頁に至って、思いもよらないところから不意打ちを食らう。すぐ近くにあるのに、それまでその存在にさえ気づかなかった引き金が、こめかみに当てられた引き金が、気づいた時には、もう既に引かれている。
また、『シガテラ』のそれが、人間の深層心理に対する恐怖*1であるのに対して、『パレード』のそれは、都市生活*2という非人間的なシステム(ルール?)に対する恐怖(というより嫌悪感)の部分が大きいと思う。
先日の日記で同じ作者の書いた『パーク・ライフ』を取り上げたとき、都市生活の「空しさ」がテーマになっているのでは?と書いた。さらに、話の内容に喚起されて「通勤電車文化」なるものをでっち上げて書いたりもした。(実際には、「一蘭」での個人的な体験も大きかったのだが・・・。)
この『パレード』を読むと、『パーク・ライフ』のそのような読み方は、作者の狙い通りだったようだ。
僕は、上野のラーメン屋「一蘭」のことを、日記の中で冗談ぽく「都市生活者への悪意を感じる」と揶揄したが、これに近い思いを、作者は、嫌悪感に近い切実さで抱いているように思える。烈しくはないが圧倒的な負の感情を感じる。それほどまでに都市生活に居心地の悪さを感じてはいない自分は困惑してしまう。小説の中では、父親に背中を押されて東京の大学に入ったものの、生活に慣れずに卒業後田舎に帰ろうとしている良介に、作者は自身を重ねているのだろう。
読み返さないと咀嚼できない衝撃的な小説だったため、感想としてまとまらないが、吉田修一には、現代社会へのコンプレックスにも似たねじれた感情があることはよくわかった。他の小説はどうなのか、もう少しこの人を追ってみたい。

参考

*1:今週のラスト頁の柱にも書いてあったように、こんなことやっちゃいけないだろうな、ということを思うのは自由。一歩踏み出してしまえば犯罪。自分に関しては思いとどまれるモラリティがあればいいが、他人が思ったり、行動することをそう簡単には止められない。そこから来る怖さが『シガテラ』のほとんどのエピソードに共通していると思う。

*2:現代日本社会でも可。東京に限らず、里山のような田舎に対しての都市。