Yondaful Days!

好きな本や映画・音楽についての感想を綴ったブログです。

全頭検査が何故必要ないか

BSEについては、全頭検査か否かがよく問題になるが、インテリに見える人達が何故、「反」全頭検査を主張するのかがイマイチ理解出来なかった。が、今回の安井至東大教授の文章を読んで、やっとその意味がわかった。(http://www.yasuienv.net/BSEFukuoka.htm
ことの発端は、最近出た福岡伸一『もう牛を食べても安心か』という新書なのだが、書評を見るといろいろな意見がある。
例えば、勝谷誠彦は「明日の一食を安心して食べるために今の一食を抜いてでも買うべき本である。」とべた褒めである。(3/3の日記:http://www.diary.ne.jp/user/31174/)この意見は、後述する安井至教授の意見とは正反対なのだが、米牛肉の全面輸入解禁に反対する、という点で二人の意見は一致している。
また、宮崎哲弥も、この本の主張の一つである、全頭検査の継続に賛成する。

狂牛病の病原体もまた、この循環メカニズムに乗じて体内に侵入し、伝染した。生命の根幹の脆弱(ぜいじゃく)性を突く恐るべき病だ。しかも未解明の点が多い。だからこそ牛の全頭検査は継続されるべきなのだ。

自分自身は、この本を読んではいないが、読後に感想を書けば、おそらく、上と同じような意見になるはずだ。中村靖彦『狂牛病−人類への警鐘−』のときがまさにそうだった。
しかし、安井教授は福岡伸一氏を「メディア派」とさんざんにこき下ろす。
主張の核の部分は、むしろ安井教授と同意見である群馬大学の中澤港助教授の意見がわかりやすいので、そちらから引用する。

狂牛病の原因はまだ完全にはわかっていないし,20ヶ月未満でも発病する場合もあるのだから,“現在の検出法では検出限界以下になってしまって検出できない可能性が高くて無駄だからそこの検査はやめよう”という食品安全委員会提言は間違っていて,むしろ検出感度の高い方法を開発するという方向にいかねばならないという議論はまったく正しいと思う。しかし,それは資源が無限にあって,新興感染症がnvCJDだけならば,の話である。現実には,資源は有限だし,多くの新興感染症は,ヒトが環境を人為的に改変したり,それまで接しなかった環境に触れることによって起こるというメカニズムを考えれば,たとえばエイズとか薬剤耐性結核とかMRSA感染みたいな,nvCJDよりもよほど感染力が強い新興感染症への対策と,どちらを優先して進めるべきかという意思決定をしなくてはならないことは自明だろう

安井教授、中澤助教授が主張するように、大事なのは「リスク」の分析・管理であることは間違いない。(総合的に見れば)低リスクな狂牛病のために、限られた資源(お金+限られた地球の地下資源)を使うのは無駄だ、というのだ。安井教授が使っている狂犬病のたとえがわかりやすい。*1
さて、結局、この全頭検査の問題には、どう対処すればいいのかと言えば、安井、中澤両氏とも「全頭検査はとりやめるが、米国産牛肉の輸入解禁は待て」というのが最善の策と考えているようだ。僕自身も、BSEの問題は、全頭検査をやめる=米国産牛肉の輸入解禁という図式が出来上がっており、そういう意味で全頭検査の継続に固執していたが、それこそ、何が危険かを冷静に考えてみるべきなのだろう。実際、アメリカのBSE検査は相当に眉唾もののようだ。

2004年度に食肉加工され、一般食品や飼料向けに供給された3,600万頭の牛の内、検査されたのは17万6,468頭に過ぎない。少なくとも、都会的な“クイック検査”により狂牛病感染の可能性があると診断された3頭に関しても、米国農務省は、詳細検査の結果感染を否定している。しかし、政府による検査は非公開で行われているため、疑わしいものである。独立した科学者や研究所による検査は全て拒否されている。農務省が狂牛病感染の可能性について警告するたびに食肉市場は大混乱に陥るので、業界団体は政府に感染疑惑について一切発表しないよう圧力をかけている。

政治的な動きだけで、今後の方向性を決めてほしくは無い問題である。
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ところで、福岡伸一氏は「メディア派」と叩かれているが、安井教授は、その特徴を以下のように挙げている。

(1)リスクを総合的に(比較しつつ)見ることはしない、
 =だからBSEのリスクは重要
(2)安全・危険の二元論である、
 =未知だから、今後とも、BSEは危険
(3)安全を確保するのは、行政の責務、
 =だから、全頭検査は続けるべき

よく考えれば、原発ダイオキシンも犯罪報道も、全部がこの要素を持っている。そういったテレビ報道に安易に流されないためにも、個人的には、もう少し勉強が必要だなあと痛感している。

参考(過去の日記)

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(3/12補足)
トラックバックしていただいたid:hirofmixさんのリンク先http://square.umin.ac.jp/massie-tmd/bse.htmlや、コメントしてもらったid:atnb日垣隆の意見も参考にすると、「特定危険部位の除去」の徹底が重要だということがわかってきました。
米国では徹底されていないようなので、18日に来日するライス米*2国務長官に押し切られないように十分注意する必要がありますね。
ところで、安全と安心という言葉が、何となく曖昧に使われます。安全というのは技術でカバー出来ますが、安心というのは、そういった技術に対する信頼がまず必要です。しかし、安心のために「過剰」な安全を求めれば、どこまで行ってもキリがありません。
安井教授が言う「悟り」が必要だ、という意見に全面的に賛成します。

安心するには、信頼できることと、ある種の悟りが必要だが、現在の日本にもっとも不足しているのが、この信頼と悟りだ。

関連して読みたい本
食のリスクを問いなおす―BSEパニックの真実 (ちくま新書)
安全と安心の科学 (集英社新書)
「環境科学 人間と地球の調和をめざして」http://www.yasuienv.net/KankyoKagakuKyoukasho.htm

*1:中国では、感染症による死者が2002年で2228名。多い順に、狂犬病(490名)、ウイルス性肝炎(426名)、結核(372名)だという。日本でのペットの増加と狂犬病予防注射の実施率からすれば、狂犬病への対処の方がリスク的に見れば重要、というのがその主張。

*2:ライス、こめ!!