Yondaful Days!

好きな本や映画・音楽についての感想を綴ったブログです。

広瀬弘忠『人はなぜ逃げおくれるのか』★★★★

人はなぜ逃げおくれるのか ―災害の心理学 (集英社新書)
魅力的なタイトルだが、タイトルと内容がそれほど一致しない。
プロローグでは、「正常性バイアス」(ある範囲までの異常は、異常だと感じずに、正常の範囲内のものとして処理する心のメカニズム)を取り上げて、本文とのブリッジ役を果たしているが、本文中では、それほどメインのテーマにはなっていない。疑問形でのタイトルは、新書を売るための手段の一つなのだろう。*1

閑話休題
災害心理学の専門家の立場から、避難行動、情報伝達、援助行動などを、社会システムや心理的な動きに関係づけて説明した本。具体例が非常に多く、それだけでもためになる。以下要約。

地震の話題が多く、東海地震の直前予知が可能であることを前提とした「大規模地震対策特別措置法(大震法)」(1978)が、批判的に何度も取り上げられていた。「東海地震対策要綱」(2003)で、政府は大きな方針転換をすることになるが、高コスト化、複合化*2する現代の災害に対しては、自然とうまくつきあうという考え方で、地震災害そのものに対する地域社会の脆弱性を一つ一つ段階を追って除去していくことが大切だ。(1章)
危険は、実際よりも過小に評価される傾向があり、避難行動が着実に行われるためには、個々人の災害に対する正確な認識が必要となる。(2章)
災害警報については、早期警報が重要だが、空振りの多発は信頼性低下を招き、警報自体を避難行動を促さない無意味なものにしてしまう(オオカミ少年)という点にまず注意すべき。また、警報は、いくつものルートから伝えられないと、誤報と勘違いされるおそれがあり、その点では放送メディアの役割が重要になる。その際には、伝達の仕方として、広域放送と狭域放送の併用を考えていく必要がある。(3章)
災害時のパニックは滅多に起きない。パニックという言葉が被害の原因として用いられようとするときには、災害や事故の原因究明を放棄して、防災上の失敗をごまかそうとする不純な動機があるのでは、と疑ってみる必要がある。一方でパニックが発生するには4つの条件があり、パニックを防ぐには、4つのうちいくつかを除去してやればよい。(4章)
災害時には、危険を察知して俊敏な行動が取れる人間が優先的に助かる。しかし、災害のもたらすダメージは、経済的に貧しい人びとにより重く、豊かな人びとに軽いというのが現実で、災害後の社会を生きのびるには外部からの支援が重要になってくる。(5章)
災害時におけるボランティア活動の重要性は、ますます高まっており、行政は、人びとの善意を、ボランティア活動として汲み上げるシステムを、さらに充実させる必要がある。(6章)
災害からの復興には、「被災社会システム」の活力と「環境社会システム」から投下される人的・物的な援助量が、災害規模を上回って存在することが必要である。また、被災社会をまとめる優れたリーダーの存在も欠かせない。(7章)
 
「災害後」について説明した5章以降では、被害の不平等感の話が印象に残る。広島で被爆して生き残った人の語った「もう一度ピカが落ちて、みなが同じようになればよい・・・」(P191)という言葉には、非常に重いものを感じる。
「災害前」について説明した4章以前では、災害についての情報を隠蔽せずに公開し、専門家と一般市民との間で災害がもたらすリスクに対する認識を共有する、いわゆるリスク・コミュニケーションの必要性について改めて気づかされた。
ということで、下地はできたので、リスク・コミュニケーションについてもう少し勉強すべく、中西準子の本をついに買ってきた。楽しみ。

*1:山田真哉『さおだけ屋はなぜ潰れないのか? 』、小浜逸郎『なぜ人を殺してはいけないのか』等

*2:現代の災害は、自然と人為が重層的に相互に連関しあって起き、その影響も広範囲に及ぶ。